第9話 冷酷な侯爵様

「……毒の出どころはわかったのか」 


 数少ない使用人たちを食堂に集め、アルフィーは冷ややかな表情で言った。


「はい。やはりあの差し入れの焼き菓子に混入されていたようです」

「そうか」


 深刻な面持ちで報告すると、レイは直角に頭を下げた。


「……申し訳ございませんでした。王宮の使いだからと見逃しました」

「も、ももも申し訳ございません、ミリー様に菓子を持たせたのは俺で……っ」


 続けて、青ざめた料理長が頭を下げる。

 ミリーに持たせた焼き菓子は、王宮の使いが王子殿下からの差し入れだと持って来たものだった。何度か書類を運んで来たその使いを、王太子の使いだと屋敷の者たちは信じてしまっていた。


第二、、王子殿下からの差し入れだろう。嘘は言っていないな」


 くっ、と自嘲気味に笑うアルフィーに、その場の空気が凍る。


「……使いの者ですが、オサール伯爵家の元使用人だそうです」

「はは。ゴリゴリの第二王子派じゃないか」


 レイの報告を受けると、アルフィーの乾いた笑いが食堂に響く。


「証拠はないからそれ以上の追求はできない……か?」

「はい……。第二王子殿下のテリトリーなら、なおさら深追いできません」


 ふう、とアルフィーの黒い瞳に影が宿る。


「どうやら僕は腑抜けていたようだ。屋敷内だからって安心はできない。その使者と関わった全ての使用人をクビにしろ」

「アルフィー様!」

「何だ」

「……いえ……」


 意見しようとしたレイに、有無を言わせぬ表情でアルフィーが見る。

 噂に相応しい冷酷な表情で、アルフィーは続けた。


「ミリーも護衛をクビだ。ソワイエ伯爵家に帰らせろ」

「お待ち下さい、アルフィー様……!」

「話は以上だ」


 声をあげるリゼを振り返らず、アルフィーは食堂を後にした。


「せっかくこの屋敷に光が差したと思ったのに……!」

「……」


 肩を落とす使用人たちをレイは黙って見つめていた。


***


「お腹すいた……」


 宛てがわれた部屋のベッドで目を覚ましたミリーは、部屋を抜け出して一階まで下りてきていた。


「あ、料理長さん」


 厨房まで辿り着き、見つけた料理長に声をかける。


「どう……したんですか?」


 そこには涙を流すリゼの肩に手を置き、慰める料理長の姿があった。


「ミリー様!? 目を覚まされたのですね!? お側におらず申し訳ございません!」


 涙を拭い、慌てて駆け寄るリゼに、ミリーは心配そうに視線を落とした。

 ミリーが口にした毒は幸い命に別状はなく、医者の処方した薬で落ち着いた。安静にと寝かされている間に使用人たちが食堂に招集され、多くの者がクビを言い渡されたのである。そのうちの一人が料理長だった。


「あの……何があったんですか?」


 ただならぬ二人の空気に、さすがのミリーにも笑顔はなかった。


「ミリー様、謝って済むことじゃないが、俺が菓子を渡したばっかりに危険な目にあわせてすまなかった」


 辛そうな表情で頭を下げる料理長に、ミリーは慌てて両手を振る。


「そんな! 料理長さんは悪くありません! 悪いのは毒を盛った人なんですから! それにわたし、身体を毒に慣らしているので大丈夫なんですよ!」


 ふんすと腕の力こぶを見せるミリーに、料理長の眉尻が下がる。


「あんたは優しいな。そんな嘘で慰めてくれて……」

(あれ? 嘘じゃないんだけどな?)


 ミリーの家は代々騎士として主要な役割を担ってきた。主を守るため、幼い頃から少量の毒で身体を慣らしてきたのだ。

 しかしミリーのことを普通の令嬢だと思い込んでいる料理長とリゼは、二人を気遣う嘘だと思っていた。


「今回のことで多くの者がクビになった。俺もクビになったんで、ここを出て行きます」

「え!?」


 いきなりのことに驚くミリーに、リゼが涙ながらに話す。


「せっかく……アルフィー様がまともに食事をとってくださるようになったのに……。あなた以外にアルフィー様のお食事を任せられる人なんていないのに……これじゃあ、また栄養剤に逆戻りだわ」

「仕方ないだろう。侯爵様の信用を失ったんだから」


 涙を拭う料理長とリゼの良い雰囲気にミリーはもちろん気づかず、首を傾げる。


「……侯爵様はそんなことでクビにする方じゃないと思います。お優しい方だもの」

「ミリー様……」

「きっと何か理由があるはずです」


 湿っぽい空気を払拭するように、ミリーが明るく言った。


「そうだ、料理長さん! わたしと一緒に軽食を作ってくださいませんか? 侯爵様にご飯が大切なこと、もう一度訴えてみます!」

「俺はいいが……食べてくださるだろうか?」

「侯爵様はお優しい方なので、きっと食べてくれますよ!」

「ミリー様がそう言われると、本当にそうなりそうですね」


 二人に笑顔が戻り、ミリーは安堵した。


(料理長さんのお食事は今まで食べたどんなものより美味しいんだもの! 侯爵様は手放しちゃいけないわ!)


 ぐうう、とお腹を鳴らしたミリーは、自身が空腹だったことを思い出す。


「先にミリー様の腹ごしらえですね」

「う……すみません」


 ぷっ、と笑った料理長にミリーが顔を赤くする。


(ミリー様はやっぱりここに必要な方だわ……アルフィー様には思い直してもらわないと……)


 ミリー自身も護衛をクビになったことを、リゼは口に出せずにいた。

 しかし、ミリーならばもう一度アルフィーの心の氷を溶かしてくれるかもしれないと期待した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る