第6話 毒見とは

「ごちそうさまでした!」


 二人で食べ進めたサンドイッチは、ほとんどミリーが平らげてしまった。それに気づいたミリーの顔が曇る。


「あ……侯爵様のお食事が」

「一緒に食堂に行くか」


 ふっと笑みを浮かべ、アルフィーがミリーの頭をポンポンと撫でる。


「……! はい!」

(僕が食事をとるのがそんなに嬉しいのか)


 満面の笑みを向けるミリーに、アルフィーの心がぽかぽかとする。

 二人は部屋を出ると、一緒に食堂に向かった。



 いきなり現れた主人に料理長やメイドたちが大慌てになったが、レイとリゼが取り仕切り、テーブルがセッティングされた。

 コースはさすがに無理なので、余り物――それでも高級食材――によるリゾットがアルフィーの前に置かれた。


「美味しそうですねえ」


 護衛と称するミリーが一歩後ろでごくりと喉を鳴らした。


「君、まだ食べられるの?」


 ぷっと笑いながらアルフィーはリゾットをスプーンですくった。


「ん」

「え?」


 差し出されたスプーンにきょとんとするミリー。


「毒見、してくれるんでしょ?」

「はい!!」


 照れくさそうに目だけ逸らしたアルフィーに返事をすると、ミリーはスプーンをぱくりと口に入れた。


「おい、しいっっ!!」


 両手で頬を挟み、噛みしめるようにミリーが目を閉じた。


「そうか」


 そんなミリーを見たアルフィーがリゾットをまたすくい、今度は自身の口に入れる。


「…………! 侯爵様がお食事をされる姿を見たのは何年ぶりだ!?」


 食堂の脇でワゴンを持つ料理長がリゼに興奮しながらもひそひそと話しかける。


「ミリー様のおかげですわ」


 リゼは紅茶を用意しながら、嬉しそうに二人に目をやる。

視線の先のアルフィーが、リゾットを口にすると、ミリーに顔を向けた。


「こっち来て」


 きょとんとするミリーの手を取り、膝の上に彼女を座らせた。


「「「!?!?!?」」」


 その場にいた使用人からどよめきが起こる。


「あの、侯爵様、これは?」


 動揺を一切見せないミリーがアルフィーを見つめる。


「このほうが毒見しやすいでしょ」


 横座りになったミリーの背に手を回し、もう一方の手でスプーンを差し出す。


「んむ。もぐもぐ。でも、お行儀が悪くないでしょうか?」


 差し出されたリゾットをしっかりと頬張りながらも、ミリーが首を傾げる。


「この方が僕を守りやすいだろ?」

「なるほど!」

((何でそれで納得できるんですか!))


 なぜか納得するミリーに、使用人たちは心の中で突っ込んだ。


「なあリゼ、この数時間の間で何があったんだ? てかあの二人、付き合ってんのか?」

「まだです。残念ながら」


 料理長の言葉にリゼが半目になる。


「てか、あのお嬢様、王太子殿下の恋人とか言ってなかったか?」

「それもこれから計画を練ります」

「ふうん。まあ、あんな侯爵様を見るのは子供のとき以来だからな。いいんじゃねーか?」


 リゼと料理長の間に共闘心が芽生える。


「あなたたち、仕事をしなさい」


 そこに眼鏡のフレームを人差し指で持ち上げながら、レイがやって来る。


「あいつ、ピリピリしてないか?」

「ミリー様をまだ警戒されているのよ」

「ふーん、真面目だねえ」


 散り散りになりながら、二人はひそひそと話す。


「レイは、アルフィー様の一番近くにいて、お命が狙われたことにも責任を感じていたから……」


 表情を曇らせたリゼに料理長が肩をポンと叩く。


「俺はあのお嬢様に期待するぜ。きっといい方向に行くさ」

「うん……」


 二人の目には、楽しそうにリゾットを食べ合うミリーとアルフィーの姿が映っていた。


 食事を終えた二人は、紅茶をいただく。

 ミリーもアルフィーの膝から降り、左横の椅子に腰掛けていた。


「あ、そうだ侯爵様、わたし、侯爵様の部屋に寝泊まりします」


 思い出したかのように告げたミリーの言葉に、アルフィーがぶーっと紅茶を吹く。


「侯爵様!? 大丈夫ですか?! 熱かったですか?」


 瞬時にナフキンを手に口元を拭ってきたミリーの動きに驚きつつ、アルフィーは彼女を優しく押しのけた。


「大丈夫だ。それより、何だって?」

「侯爵様を護衛するために、同じ部屋で寝ます! あ、寝ていても殺気や気配には気づけるよう訓練してきたので安心してください!」


 色々突っ込みどころがあるが、アルフィーはこほん、と咳払いをして姿勢を正す。


「君、男女が同じ部屋で寝るなんて、意味をわかって言っているのか!?」

「?」


 こてん、と首を横に倒すミリーに大きな息を吐く。


「……君が襲われるぞ」

「わたしは強いので大丈夫です! それよりも侯爵様に何かあってはいけませんから!」


 顔を赤らめ、ぼそっと呟いた言葉の意味はもちろんミリーには伝わらない。


「あ、そ……」

「なので今日の夜から」

「却下」


 前のめりになるミリーにアルフィーは眉を寄せて言った。


「え?」

「屋敷内は安全だから、君が部屋にまで詰める必要はない!」

「でも……」


 立ち上がったアルフィーにミリーが食い下がる。


「君が僕のものになってもいいという覚悟があるなら話は別だけど」

「……専属契約ですか」

((違う!))


 ミリーの返答に、またもや聞き耳を立てていた使用人たちの心の声が突っ込んだ。


「そればかりはわたしの一存では決められません」

「…………じゃあ、却下」

「ではせめて、お近くの部屋に配置してください!」

「レイ」


 ミリーの頭に色恋ごとはなく、あるのは護衛という任務のみ。アルフィーはそれを理解した。


「僕の隣の部屋、空いてたでしょ」

「……! よろしいので……?」

「うん、手配よろしく」

「かしこまりました」


 アルフィーの執務室と寝室は続き部屋になっている。そのフロアには他にも部屋があるが、空き部屋だ。近くに人を置きたくないアルフィーに配慮されたものである。レイでさえ一つ下の部屋だった。


「なあ、侯爵様は確実に意識しておいでだが、あのお嬢様、にぶすぎやしないか?」

「……ぽやーっとしたお方だとは思っておりましたが、まさか恋にまで疎いとは……」


 散ったはずのリゼと料理長が扉の隙間から様子を覗き見ていた。二人はひそひそと話を続ける。


「なあ、あんな鈍い子が本当に王太子殿下の恋人なのか?」

「……侯爵家に派遣されたことといい、もしかしてソワイエ伯爵家からいいように利用されているのでしょうか? 可愛らしい見た目ですし……あわよくば権力に擦り寄れるように」

「そうだなあ。あれが演技だとしたら末恐ろしいよ俺は。その線が濃厚じゃないか?」

「では、ますますこの家に嫁いできてもらった方がミリー様は幸せですね!」


 リゼと料理長はお互い見合うと、うん、と頷いた。


 


 


 

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