第5話 光差し込む

(僕は……! 今、何を……!?)


 自身の手を見つめ、アルフィーはわなわなと震えた。


(これは、ソワイエ家の策略か!?)


 きゅるるとお腹を鳴らすミリーに、アルフィーが思考の渦から抜け出す。


「……十分な食事を用意したつもりだが?」

「うう……すみません。わたし、燃費が悪くてですね……」


 顔を赤くして俯くミリーに、アルフィーはサンドイッチを差し出す。


「ほら」

(なんて良い人……!!)


 ミリーは顔を輝かせると、ぱくりと食いついた。


「んなっ!?」


 アルフィーの手から直接食べるミリーにおののく。


(こいつは、警戒心とかないのか!?)

「ん~、美味しいっっ!」


 頬に手を当てて、満面の笑みをこぼすミリーに、アルフィーも毒気を抜かれていく。


「君……泣いているのか!?」


 サンドイッチを頬張りながら涙を流すミリーに、アルフィーはぎょっとする。


「だって……呆れられても、こんなに美味しいお食事を与えてくださって……」


 涙で潤んだミリーの瞳がアルフィーを捕らえる。


「侯爵様は、やっぱりお優しい方です」

「んあ!?」


 ドッ、と心臓が大きな音を立てて、アルフィーからは変な声が出てしまう。

 ミリーはそんな彼に気づかず、残りのサンドイッチにぱくりと食いついた。

 二口で平らげたのに、ミリーの口元は綺麗なままだ。


「あの……侯爵様……」


 じっと見つめるミリーの瞳が「おかわり」を求めていた。


(何だ……何だ!? この可愛い生き物は!?)


 猫や犬に餌を与えるような――親鳥が雛に餌を与えるような。アルフィーは何ともいいようのない気持ちに、頬を紅潮させた。


「……ほら食え」

「……! ありがとうございます!」


 差し出されたサンドイッチに顔を輝かせ、ミリーがまた食いつく。

 嬉しそうに食べるミリーに、ついにアルフィーの口元も緩んだ。


「はあ……バカバカしい」


 皿のサンドイッチをもう一方の手で持ち上げ、ぱくりと口に入れた。


「……美味いな」

「でしょう!?」


 ぐいっと距離を縮めるミリーに、アルフィーの顔が真っ赤になる。


(何だ……これ)


 先ほどから煩く鳴り響く心臓の音に、アルフィーは戸惑った。


「あ、そうだ! これからはわたしが先に毒見をしますから、お食事、ご一緒になさりませんか?」

「!」


 ぽややんとしながらも核心を突くミリーにアルフィーは目を瞬いた。


(わかって言っているのか……?)


 アルフィーは、しばしば命を狙われてきた。自身の食事が信頼ある料理長の手により作られていることはわかっているし、レイが毒見をしてくれていることも知っている。

 それでも、どうしても、そのほとんどに手を付けることはできなかった。


「料理長さんのお食事は本当に美味しいですから、侯爵様にももっと食べて欲しいです!」


 にこにこと笑うミリーに、アルフィーは自身を取り巻くどす黒い空気が軽くなるのを感じた。


「……そうだな。君の美味しそうな顔を見ていたら大丈夫な気がする」


 アルフィーの言葉にミリーが嬉しそうにはにかむ。


(……こんな女、会ったことがない)


 アルフィーの手がミリーの頬に伸びる。


「侯爵様?」

「……毒見をするなら、僕が君に手ずから食べさせてやるから」


 ミリーの頬を両手で覆うと、その温かさから心に光が灯ったように感じる。


「はい! よろしくお願いいたします!」

「……君は僕に『あーん』されるの嫌じゃないのか?」

「とっても美味しかったです!」

「……そうか」


 ぽややんと笑うミリーは、アルフィーの心の変化に気づいていない。そして「あーん」も意識していない。


「改めて、僕を守ってくれ、ミリー」

「……! はい!!」


 ふわりと笑顔を見せたアルフィーに、ミリーはきりっとした表情をしてみせた。


「ふ……」


 その飾らない表情や態度に、惹かれ始めていることを、アルフィーは認めるしかなかった。思わず笑いがこみ上げる。


(侯爵様、笑ってくださった! お兄様、第一歩です!)


 そんなアルフィーの気持ちに気づかないミリーは、使命感で燃えていた。


「……アルフィー様が、お食事をとられた!?」

「アルフィー様が笑った!?」


 追いついたリゼは部屋の前でレイと鉢合わせた。

 アルフィーがミリーにサンドイッチを食べさせたくだりから、そっと中をうかがっていたのだ。

 主人の変わりように、二人は顔を見合わせた。


「……これは護衛なんて期待していませんでしたが、別のことでミリー嬢は嬉しい変化をもたらしてくれるかもしれません。王太子殿下はもしかして、そのことを見込んでミリー嬢を派遣されたのかもしれませんね」

「……でも距離が詰まりすぎるのも問題よ。ミリー様は殿下のいい人なんだから。アルフィー様が落ちてしまう前になんとかしないと」


 ひそひそと話し合う二人はそっとミリーとアルフィーに視線を戻す。


「……もう手遅れでしょう」


 アルフィーは再びミリーにサンドイッチを食べさせていた。自らの手でミリーの口に運び、美味しそうに食べる彼女を優しい眼差しで見つめている。


「ああ……」


 見せたことのない彼の表情に、リゼも察した。


「アルフィー様には幸せになってもらいたい……」


 それをミリーが叶えてくれるなら願ったりだが。


「王太子殿下には婚約者がいるわ。秘密の関係と隠すぐらいなら、いっそアルフィー様が奪ってしまえばいいのでは? 愛人よりも侯爵夫人のほうがミリー様だって幸せになれるもの!」

「……ソワイエ家の狙いもまだわかりません。侯爵家に取り入ろうとしているとアルフィー様も警戒されていましたが……」


 すっかりミリーに絆されたアルフィーの顔を見、レイが溜息を吐く。


「私がアルフィー様の分まで警戒しておきましょう」

あの、、アルフィー様が心を開いたご令嬢なんだから大丈夫じゃないかしら?)


 主人を大切に思う二人だが、ミリーに対しての思いは真逆に分かれたのだった。

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