第8話 立華とショッピング

 夏休み一日目。私は例年と同じく朝から本を読んでいた。そして本の世界に入り浸っていると、いつのまにか夜が更けてしまった。

 結局、一日中本を読んでいた。読書以外にしていたことといったら、家事くらいだ。

 我ながら惨めな高校生活だ。でも、思い返してみると、毎年こんな感じだった。いつものことだ。明日も明後日も、それどころか夏休みが終わるまでこんなかんじなんだろう。

 そう思っていた。しかし、翌日――夏休み二日目、家で朝から読書をしていると、立華から電話がかかってきた。


「な、なに?」


 なぜか胸が激しく波打っている。


『あ、モカちゃん、今日ヒマ?』

「ひ、ヒマだけど……」

『あ、じゃあさ、服、買いに行かない?』

「服? い、いいけど」

『よし、じゃあ、一時に北山駅に集合でいい?』

「う、うん」

『じゃ、決まりね。じゃあまた後でね!』


 そこで電話は切られた。

 夏休みに誰かと遊ぶなんて初めてだ……。

 私は急いでバッグに財布などを詰める。バッグに必要なものを詰めた後は服の着替えに取りかかる。


「うーん、どれがいいかなぁ……。どれもたいしてオシャレな服じゃないけど……」


 複数の服を眺めて、どれにしようかと迷う。

 って、私は初デート前の女子かよ……単なる友達とのショッピングなのに……。アホらし。

 私は適当に服を選んで、化粧を始めた。

 化粧を終わらせてお昼にスパゲッティーを食べた後、家を出る。駅に着くと、立華は既にスマホを操作しながら待っていた。


「ごめん。待った?」

「待ってないよー。さっそく行こっか」


 私たちは駅から五分ほど歩いて、ここらへんでは一番大きいショッピングモールに入っていった。私と立華は二階にある服屋に直行した。


「うーん、どれにしようか迷うなー」


 立華が目をキラキラと輝かせながら、うろちょろと服屋の中を回る。服を買うのに迷ったためしがない私とは対照的だ。私はいつもスパッと買う服を決めてしまう。だって、どうせ私なんて何着てもブスだし……。


「ねぇねぇ、モカちゃん、これなんて夏っぽくてよくないかなー」


 立華は、パイナップルが所狭しと刺繍されたブラウスを持つ。

 たしかに夏っぽい。立華にも似合いそうだ。ていうか、何着ても立華には似合いそうな気がする。


「いいんじゃない」

「そっかー。じゃあこれ買おうかなー」


 そんな会話をしていると、女性店員さんが営業スマイルで私たちのほうにやってきた。


「それを買うならこれもどうですかー」


 店員さんが白のハイウエストショートパンツを立華に手渡す。


「そうだねー、このブラウスと合うかも……」

「試着されてはいかがですかー」

「うん。じゃあ、そうしようかな……」


 立華が試着室へと入っていく。私と店員さんが試着室の傍で一分くらい待っていると、立華が出てきた。



「どうかな?」


 不安そうに立華は言うが、よく似合っていた。夏にぴったりの清涼感溢れるコーディネートだ。


「似合ってると思うよ」

「そっか。よかった」

「よくお似合いですー。あ、こちらもどうですかー」


 店員さんが別の服を勧めてくる。


「あ、それもいいですねー」

「これもどうですかー。似合うと思いますよー」

「あ、それもかわいい」


 店員はこんなかんじで立華にあらゆる服を勧めてきた。立華は店員が持ってきた服の試着を繰り返す。

 店員がどんな服を持ってきても、立華は見事に着こなしていた。美人はなに着ても似合うんだな……。いいな……。これだけどんな服も似合うと、服を買うのが楽しいだろうな……。いいな……。


「うーん、どうしようかなー。どれを買おうかなー」


 一通り試着した後、立華は顎に手を添えて思案する。しばらくして、


「もういいや、全部買っちゃおう」

「え、お金は大丈夫なの?」

「うん。大丈夫。お父さんがたくさんお小遣いくれたから」


 経済力の違いを痛感する。私はわずかなお金しかもらえなかったのに……。


「モカちゃんはなんか買わないの?」

「え、私、どうしようかな……せっかく来たんだし、なんか買おうかな……」

「じゃあ、私が一緒に選んであげるよ」


 そう言って立華は私の手を引いて、服屋の中をぐるぐると回る。

 立華の手は温かくて肌触りが良くて、いつまでも触っていたくなるような手だった。


「あ、これなんてどう?」


 立華が立ち止まり、レモンがあちこちにプリントされた白地のワンピースを持ってくる。


「え、私、そんなかわいい服似合わないよ」

「そんなことないって」

「似合うと思いますよー」


 店員が一瞬苦笑いしていたが、すぐに元の営業スマイルに戻った。

 その一瞬浮かべた表情で、似合わないんだとわかってしまった。


「悪くないけど、私はこれにするよ」


 赤と白のストライプ柄のスウェットを手に取る。地味だが無難な服だ。


「えー、そう? 似合うと思うけどなー。まぁ、モカちゃんがそれがいいっていうんならいいけど……」


 もの足りなさそうな表情を浮かべる立華。

 私たちはレジに行って服を買い、店から出て行った。


「次どこいこっかー」


 二階をぶらぶらしていると、卒然と立華が立ち止まる。立華の視線の先には、水着売り場があった。


「あ、そうだ。水着買わない? そんでさ、海いこうよ!」

「海……?」


 立華と海か……。

 水着を着た立華の姿を思い浮かべる。その立華の姿はスタイル抜群で、美しかった。次いで、頭の中で水着を着た自分をその立華の隣に置いてみる。私はただでさえ顔もスタイルも悪いのに、隣の立華のせいで余計悪さが際立って見えた。

 絶対惨めな思いをする……。


「ごめん……海はちょっと……」

「なんで?」

「なんでって……」

「行こうよー。お願いだからさ」


 立華が上目遣いで懇願してくる。女の私でもおかしくなりそうな顔だ。

 私は立華の顔を見続けることができず、視線を逸らした。


「わ、わかった。そこまで言うなら……」

「やった! ありがとね。モカちゃん! じゃあさ、さっそく水着見にいこうよ!」


 立華は早歩きで水着売り場に向かっていった。私もついていく。中に入ると、様々な水着が店内の至る所に並べられていた。


「モカちゃんはさ、水着持ってる?」

「……スクール水着なら」

「え、他にないの?」

「うん……」


 だって海なんて行かないし……。学校ぐらいでしか泳ぐ機会ないもの。

 立華は苦々しく笑って、


「じゃあ、モカちゃんの分も買おうよ。あ、私が買ってあげるよ」

「え、いいよ……悪いし」

「いいよいいよ、私今日お金たくさん持ってるから」

「いや、でも……やっぱ悪いよ」


 私が遠慮すると、立華はうーんと唸りながら腕を組んで目をつぶった。考えをめぐらしているようだ。


「……モカちゃん、誕生日いつ?」

「え、八月八日だけど……」

「あ、近いね。じゃあ、誕生日プレゼントとして買ってあげるよ」

「誕生日プレゼント……」


 そんなの私もらったことがない。

 正直に言うと、誕生日プレゼントをもらえるということが少し嬉しかった。


「それでもだめ?」

「あ、うん。わかった。それなら、ありがたく……」

「よかった」


 喜色をまぶたに浮かべる立華。

 立華が誕生日プレゼントをくれるなら――


「ねぇ、立華の誕生日はいつ?」

「十月十八日だよ」


 どうしてそんなことを訊くの? とでも言いたそうな表情になる立華。


「じゃあ、その日になったら、今度は私が立華に誕生日プレゼントを渡すよ」


 私がそう言うと、立華は喜びを顔にみなぎらせた。


「え!? うれしい! 楽しみにしてるね!」


 立華は上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、水着売り場を回りだす。


「あ、見てこれ、すごい過激。モカちゃん、着てみたら?」


 立華は赤色のマイクロビキニを取り出して、私に見せてきた。

 冗談でもやめてほしい。


「やだよ。そんなの。立華が着なよ」

「えー、私もさすがにこれはちょっとやだよー」

「じゃあ、私に勧めないでよ」

「あはは、ごめんごめん。次は真面目に選ぶからさ」


 立華はうろちょろして、顔を左右に忙しなく動かす。通りすがりの女性客が、振り返って立華を見る。その女性はツチノコでも発見したかのような表情をしていた。

 まぁこれほどの美人がいたらそりゃあ驚くか……。友達の私ですら、いまだに立華の顔を見て、あまりの美しさにちょっとびっくりするくらいだし……。


「――これなんてどう?」


 立華はピンクのフリルビキニを手に取る。


「それは、ちょっと私にはかわいすぎじゃないかな……」

「そんなことないよー」

「いや、でもこれはちょっと……」

「じゃあ、これは?」


 青地にボタニカル柄のホルターネックを掲げる立華。


「うーん、これは私には大人っぽすぎる気が……」

「えー、そんなことないのにー」


 立華が唇を尖らせる。


「もっと地味なのがいいかな……」

「モカちゃんはもっと派手なの着るべきだと思うけどなー」


 理解不能なことを言い出した。

 派手な水着とか、ブスで根暗な私には絶対似合わないでしょ……。


「なんで?」

「モカちゃんはおとなしいからさ、目立ちにくいんだよ。でも、派手なの着たら目立つでしょ?」


 なぜか目立たないといけないという前提があって話されてる。目立ちたくなんかないのに……。


「私は目立ちたくないよ」

「え、なんで?」


 頭の上に疑問符がついていそうな顔になる立華。

 なんで……か。だって、目立ってしまったら、この醜い容姿が多くの人の目に映ってしまうじゃない……。美人な立華には理解できないのかもしれないけど……。


「なんでって……と、とにかく、それは絶対いや」

「えー。……じゃあこれは?」


 今度は、水色をベースとした花柄のタンキニを私に見せてきた。

 これは悪くないと思った。この水着なら、私のスタイルの悪さや胸の小ささがわかりづらくなるだろう。


「それならまだマシかな……」

「じゃあ、これね! 決定!」

「え、私に選択権はないの?」

「買ってあげるんだから文句言わないの」


 そう言われてしまったら、言い返せない。

 まぁこれでもべつにいいけどさ。悪くないと思っていたし。


「あ、その代わり、私のはモカちゃんが選んでいいよ」

「え、私なんかに選ばせていいの?」

「うん。たまには人に任せるのも面白いかなーって。モカちゃんのセンスを信じるよ」

「うーん、じゃあ、これとかどう?」


 私は真っ黒のビキニを立華に手渡す。立華の白い肌がより引き立って良いんじゃないかと思ったのだ。

 立華はそれをパッと見て、


.「へー。うん。じゃあ、これにしよう」


 あっさりと決めてしまった。


「え!? いいの。ほんとにこれで?」

「うん、いいよ。私も悪くないと思うし」

「そ、そう? ならいいけど……」


 私は自分のセンスにそこまで自信があるわけではない。私なんかが選んでよかったのだろうか。まぁ、立華がいいって言うんだからいいか。

 私たちはレジに行って水着二着を買い、その店を後にした。


「じゃあ、目的は果たしたし、帰ろっか」

「うん」


 私は立華の言葉にすぐ返事をする。

一階に降りるため、エスカレーターに向かおうとしている途中、また立華が立ち止まった。


「どうしたの?」

「あ、ちょっと、ゲームセンター寄っていかない?」


 立華がゲームセンターを指差す。


「いいけど……」

「よしっ、それじゃあ行こう」


 大股で歩く立華についていき、ゲームセンターに入った。入ってからも立華は足を動かすのを止めず、ゲームセンターの最奥までずんずん進んでいき、プリクラの前でようやく停止した。


「プリクラ撮ろうよ」

「え……」


 正直言って嫌だった。写真とかプリクラとか鏡とか、自分の姿が写るものは大嫌いだ。立華みたいな美人と撮るのなら、なおさら嫌だ。


「さー行くよー」

「ちょ、ちょっと」


 立華は私の手を引いて機械の中に入っていく。中に入ると、立花はプリクラの操作をしはじめる。

 私は嫌なのに……。


「立華、私は――」


 撮りたくない、と言おうとした。だが、立華の楽しそうな横顔を見て、なんだか言いづらくなってしまった。


「なに?」


 ペンで画面をタッチしながら訊いてくる立華。


「……いや、なんでもない」


 立華は手を止めて少し首を傾げたが、またすぐ手を動かしはじめた。

 プリクラなんて撮ったことがないから立華に操作をまかせっきりだ。画面を見ていると、どうやらメイクとかデコレーションとかいろいろできるみたいだ。目の形とかもいじれるようで、目を大きくしたり、垂れ目にしたりできるみたいだ。

 私は目を大きくしてほしかったのだが、立華はそこを全くいじらなかった。


「目とかはそのままでいいよね。そのままの顔が一番だよ」


 ペンを動かしながら喋る立華。


「り、立華。私は……」


 目を大きくしてほしい、と言おうとしたのだが、時既に遅しだった。機械はとっくに撮る準備に入っていた。3、2、1、と機械の音声がカウントダウンし、撮られる。

 撮り終えるとすぐに立華がプリクラ機の外に出るので、私も続いて外に出た。シールの出口の前に行き、シールを取り出す。

 シールを見ると、美女の隣に醜女がいた。

 化粧をしているとはいえ、元の顔よりはマシなだけだ。醜いことに変わりはない。

 うう、惨めだ。見たくない、見たくない。自分の顔なんて、見たくない。立華と一緒に写っていると、なおさらだ。


「うん。よく撮れてるねー」


 私とは対照的に、立華は満足そうに顔を綻ばせている。

 ……前々から疑問に思っていたが、立華は私を醜いと思わないのだろうか。立華は私を見て、このシールを見て、なんとも思わないのだろうか。


「ねぇ、立華」

「なに? 急に思い詰めた顔して?」

「……立華は私のことをどう思ってるの?」

「どうって、大切な友達だって思ってるよ?」


 不思議そうに言う立華。

 そう言われて嬉しいといえば嬉しいけど、違う。そんなことが聞きたいわけじゃない。


「そうじゃなくて、その、私のことキモイと思わないの?」

「なんで?」


 立華は不可解そうな顔で訊いてくる。


「だ、だって、私みんなにキモイって言われて……」


 ゴキブリって言われて……。


「そんなことないよ。モカちゃんはキモくなんかないよ」

「本気でそう思ってる?」

「うん」


 何言ってるの? という顔つきで立華は私のことを見る。

 ほんとにそう思ってるみたいだった。初めてだ。私に対してそんなこと言ってくれる人。

 泣きそうになった。泣かないけど。


「あ、モカちゃん、もう一つだけ寄りたいところがあるんだけどいい?」

「いいよ。でも、どこに行くの?」

「ありがとう。クレーンゲームをね、したいんだ」


 そう言って歩き出す立華についていく。十数秒でクレーンゲームの前に着いた。

「さっき通りかかったとき、あのパンダのぬいぐるみが目に入ってね。ほしかったの」

 立華が機械に二百円を入れてクレーンゲームを始めた。クレーンがそのぬいぐるみの頭の位置にちょうど来たが、ぬいぐるみを掴んで持ち上げようとした瞬間、つかみが甘かったのかその場に落ちた。


「あー、もう少しだったのにー」


 もう一回二百円をいれる。今度は微妙に位置がずれて、ぬいぐるみにかすっただけになってしまった。それによって位置は少しずれたが。


「もう一回」


 立花はさらに二百円を投入する。過程を省いて結果だけ言うと、再び失敗した。立華はもう一回挑戦する。また失敗。立華は意地になってきたのか五回目のゲームを始めるが、また失敗。こんなかんじで立華は十回もやるが、全部失敗した。


「ど、どうして取れないのー」


 珍しく立華が落ち込んでいた。驚いた。なんでもできると思っていたが、クレーンゲームはできないんだな。


「も、もう一回!」

「ちょ、ちょっとまって」


 再戦しようとする立華を止める。さすがにこれ以上続けたら抜け出せなくなりそう。お金も浪費するし。


「私にやらせて」

「モカちゃんが? いいけど……」


 私はボタンを押し、ぬいぐるみの頭についているヒモのところに、クレーンの片方が来るようにする。そしてそのヒモの穴にクレーンの片方を入れて持ち上げる。


「おー!」


 隣で見ていた立華が感嘆する。クレーンはそのまま落とし穴の方に行き、ぬいぐるみを落とした。


「はい」


 ぬいぐるみを立花に手渡した。立華は興奮した調子で私に語りかけてくる。


「モカちゃんすごい! へー、そうやってやるんだー。考え付かなかったなー」

「たいしたことないよ」

「でも、私は全然できなかったよ」


 クレーンゲームで立華に勝ってもあまり嬉しくないな。どうせならもっと別なもので勝ちたかった。


「よーし、コツはわかった。もう一回チャレンジ!」

「え、もう止めたほうが」

「大丈夫大丈夫。見てて! 取って見せるから」


 自信満々に言う立華。

 ぶっちゃけ不安だった。さっきの立華を見ていると、とてもじゃないが取れるとは思えない。

 しかしいざやると、宣言どおり、立花はくまのぬいぐるみを一発で取った。


「ね?」


 得意気な顔を私に見せてくる立華。

 こいつにはやっぱり何に関しても勝てないな、と思った。

 それから立花はクレーンゲームをやりまくった。中のぬいぐるみをほとんど取ってしまったところで、店員さんにもうやめてと泣きつかれて、ようやくやめることになった。

 クレーンゲームが終わった後、ショッピングモールを出た。

 外は夜の帳が落ちていた。頭上で星が煌いている。今夜は満月だった。


「楽しかったね」

「……うん」


 余韻を残すように言う立華に返事をした。

 これはほんとの気持ちだ。今日は心の底から楽しかった。今まで友達とどっかに遊びに行くなんてことなかったから。


「ねぇ、ところでさ、いつ海行く? いつなら空いてる?」


 駅に向かって歩きながら、立華は訊いてきた。


「いつでも空いてるけど」

「じゃあ、三日後の朝七時に駅で待ち合わせでいい?」

「いいけど、朝早くない?」

「これぐらい早くしないと全然遊べないよ」

「そっか。わかった」

「三日後が楽しみだね」


 期待に満ちた笑みを浮かべる立華。


「うん、そうだね」


 私も三日後のことを考えて、期待がこみ上げてきた。

 私と立華は談笑しながら、夜道を歩いていった。

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