第7話 球技大会

 球技大会の日が来た。男子はサッカー、女子はバレーをすることになっている。

 くじ引きでチームを決めたのだが、偶然にも私と立華は同じチームになった。


「モカちゃん、同じチームだねっ、がんばろうねっ!」

「うん」


 やる気満々そうな立華に対して、私のやる気はほぼゼロだった。なぜかというと、私はこういうチームでやるスポーツが苦手だからだ。

 チームスポーツにおいて、私は自分がミスをするのも他人がミスをするのも嫌いだ。もっと嫌いなのは、他人のミスについてあーだこーだと非難するやつや、ミスをしたことを悪びれないやつだ。

 こんな性格のやつが、チームスポーツに向いているわけがない。

 そんなことを考えていると、同じチームの人たちが立華の席にやってきた。


「立華ちゃん、同じチームだねっ、よろしくっ!」

「立華ちゃんよろしくー」

「がんばろうねっ、立華ちゃん!」

「立華ちゃん、期待してるよー」


 特に美人でもブスでもない四人が、立華に声をかけていく。立華は愛想よく微笑み、


「うん、よろしくねっ、みんなっ!」


 四人は立華に微笑み返し、去っていく。私に対しては誰も声をかけなかった。

 これもイジメじゃないだろうか……。


「あの人たち、モカちゃんには声かけなかったね。失礼な人たち。なんでだろ?」


 単純に私が嫌われているからだよ。こういうところ、ほんと立華は鈍い。正直、バカなんじゃないかと思う。でも、成績は学年トップなんだよなぁ……。超難関の国立大学に間違いなく合格できる人材だと、先生たちから言われているほどだし……。

 ほんと、私とコイツはどうしてあらゆる面でこんなにも差が離れているのだろう。こんな人間と私が一緒にいるということに、神様の悪意を感じずにはいられない。

 球技大会が始まった。私のチームは余裕で勝ち上がっていく。といっても、ほとんど立華ひとりのおかげだ。アイツがほとんどの点を入れている。私たちはレシーブをするか、立華にトスを上げるだけだ。楽なものだ。

 立華は運動神経もこのように抜群だ。一方、私はというと、良くはないが悪くもないってとこだろうか。

 だけど、幼い頃に、両親に褒められたくてあらゆるスポーツをがんばっていたから、たいていのスポーツはそこらへんの素人よりはできる自信がある。実際、今のところミスは一つもしていない。

 私のチームは勝ち進み、なんとついに決勝まで来てしまった。

 体育館に人が集まる。サッカーが終わったのか、男子たちも来ていた。

 やだなぁ、目立っちゃうじゃん……。この顔、なるべく晒したくないのに……。

 試合が始まる。私にサーブが来て、きちんとレシーブをする。それによって空中に浮いたボールを、チームメイトの一人――たしか斉藤さんがトスをして、最後は立華がスパイクをする。

 一点入った。どよめく場内。


「なぁなぁ、あの子かわいくね」

「ほんとだ。ちょーかわいいっ!」

「でもさ、かわいいのはあの子だけだな。あそこのやつとか見ろよ、超キモイぜ」

「ほんとだ! おえっ、グロッ」


 そのような男子たちの会話がかすかに聞こえてきた。かわいいって言われてるのは立華で、キモイと言われているのは間違いなく私だろう。

 あーあ。だから嫌だったのに……。


「モカちゃんっ!」


 突然、立華が声を張り上げた。


「え、あっ!」


 しまった。私に向かってボールが来ていた。私は慌ててレシーブをするが、誰からも離れたところにボールはいってしまう。

 やってしまった……。


「みんな、ご、ごめん……」


 頭を深く下げて謝ると、


「ちょっと、しっかりしてよ!」

「なにやってんのよ!」

「足手まといにならないでねっ!」

「ちゃんとしなさいよ! グズッ!」


 チームメイト四人から厳しく責められた。


「おーい、しっかりしろよーっ!」

「なにやってんだよーっ!」

「難しいボールじゃないだろーっ!」


 観客からもヤジを飛ばされる。


「モカちゃん、ドンマイドンマイ」


 立華だけは、私に優しい言葉をかけてくれた。

 私は多少救われた気持ちになったが、同時に卑屈な気持ちにもなった。

 はぁ……やっぱり見た目が良いと、性格まで良くなるのかなぁ……。

 それから、立華の活躍で順調に点を入れていく。あの子すげーとかすごい上に美人だーなどの声が、観客席の方から聞こえてくる。

 はぁ、いいよねぇ、立華は……。

 試合が後半に差し掛かったころ、立華が珍しくレシーブに失敗した。特に強くもない、平凡なサーブだ。明らかに立華のミスだった。


「ご、ごめん、みんな……」


 立華が弱々しい声で言うと、


「いいよいいよ、ドンマイドンマイ」

「気にしないでっ!」

「たまにはそういうこともあるよっ!」

「人は誰だってミスをするよ」


 私のときとは打って変わって、チームメイト四人は立華に優しい言葉をかけた。


「ドンマイドンマイ!」

「気にすんなーっ!」


 観客席からも優しい言葉が立華にかけられる。

 この扱いの差はなんだろう……。

 そうだ。私みたいなやゆは、誰からも優しくされないんだ。彼らの善意は、自分たちの好きな人にしか向かわない。私みたいなやつは、優しくする価値なんてないのだ。ほんと、都合の良い善意だよ。どいつもこいつも……。

 立華はミスをしてから、そのミスを取り消すかのように動きのキレが増した。結局、私たちはその試合に勝って優勝してしまった。

 放課後になると、立華の周りにクラス中の生徒が集まる。そして、立華に褒め言葉を投げかけ始めた。


「立華ちゃんすごかったねー!」

「かっこよかったよー!」

「運動神経よすぎだよー!」


 賞賛の嵐に、立華は困った顔をしていた。

 私はそんな立華を尻目に帰る準備をして、バッグを持って立ち上がった。隣であんなに騒がれて居心地が悪いので、ここから離れたところで待とうと思い、歩き出す。すると――


「あ、モカちゃん! ちょっと待って!」


 立華はバッグを持って、逃げるように私の元へ来た。立華の周りに居た生徒たちが不満そうに顔を歪める。


「もぉー、おいていこうとしないでよ。さ、帰ろ」


 べつにおいて行くつもりはなかったのだけど……。わざわざ急いでここまで来なくていいのに……。

 私たちは歩き出して、教室を出る。教室を出た瞬間、


「なんなの、あのブサイク、ムカツク」

「死ね」

「あいつマジうざいんですけどー」


 などの声が後ろから聞こえてきた。

 今頃、教室では私の悪口が盛んに話されてるんだろうな……。やだなぁ……。


「はぁー。モカちゃんがいてくれてよかった」


 廊下を歩いている途中、立華がほっと一息吐いて、話し始めた。


「困ってたんだよねー。みんな私を褒めまくるんだもん。恥ずかしいよー」


 頬を赤く染めて苦笑する立華。

 私からしたら、羨ましいかぎりだ。私も一度でいいから、あんなふうにみんなから褒められてみたいものだ。

 それにしても、また立華のせいでアイツラを怒らせてしまった。立華もいいかげん気付いてくれないだろうか。自分が周りからどう思われているか。あと、私が周りからどう思われているかも。

 なんか嫌な予感がする……。


          *


 嫌な予感が的中した。次の日の朝。教室に入ると、既に教室に来ていた生徒たちが、私のことを親の敵でも見るような目でねめつけてきた。

 ……あーあ。やっぱり昨日のあれは恨みを買ってたかぁ……。


「あのブサイクさー、なんで立華ちゃんといつも一緒にいるの?」

「ねー。超ムカツクよねーっ!」


 私が教室にいるのにも関わらず、さっき私のことを睨んでいた女子二人が平気で私の悪口を言い出す。

 ああ、もうおかまいなしなのか。私に聞こえてもいいのか。私が傷ついてもかまわないのか。


「ねー。知ってるー? あいつ、一年のころ、ゴキブリって呼ばれてたんだよー」


 一年の頃同じクラスだった女子――山本さんが、その女子二人に話しかけた。

 ついに、ついに来てしまった。いつかまたそう呼ばれる日が来るだろうと、覚悟をしていた。でも、しばらくその名を聞いていなかったせいか、なんだか頭がグラグラしてきた。それほどショックを受けているということだろうか……。


「なにそれ? マジなの? あはは。ウケルー! でも、たしかにゴキブリっぽいよね」

「言えてるー!」


 女子二人は爆笑していた。

 ああ、一年の頃の嫌な思い出が蘇る。

 私はゴキブリなんかじゃない。私は、ゴキブリなんかじゃ……

 そのとき、教室のドアが開かれ、立華が入ってきた。


「あ、立華ちゃんおはよーっ!」

「おはよう! 立華ちゃんっ!」


 クラス中の生徒が立華に朝の挨拶をする。どいつもこいつも、さっき私の悪口を言ってたときとは大違いの朗らかな笑顔だ。

 ムカツク。ムカツク。ムカツク。

 この違いはなんだろう……。なんなんだよ、クソ。どうして、こんなにも扱いに差が出るんだよ、クソ。

 立華はみんなに愛想のいい顔で挨拶を返しながら、私の隣に来た。


「モカちゃん、おはようっ!」


 私に屈託のない笑顔を見せる立華。

 私は少しだけ優越感を覚えた。

 この顔は、親友である私にしか見せない。他のクラスメイトに見せる笑顔とは異なったものだ。

 その優越感で、先ほどの苛立ちを和らげる。でも、なんだか空しさも感じた。



  *



 明くる日の朝。自分の机に行くと、鉛筆でこのような落書きがされてあった。

 死ね。ゴキブリ。消えろ。立華ちゃんから離れろ。キモイ……などと机のいたるところに書かれている。

 私が教室にいるヤツラを見ると、彼らは薄く笑った。

 クソ……クソ……。

 消しゴムを筆箱から取り出して、机の落書きを消す。

 あー、もうめんどくさい。クソ、クソ。

 教室がざわついた。何かあったかと思って顔を上げると、立華が教室に入ってきたようだ。

 教室に入っただけであれだけ騒がれるなんて、立華はどんだけ人気があるんだよ……。

 クソ。いいな。いいな。立華がみんなからちやほやされている間、私はイジメられ、消しゴムで落書きを消しているなんて……。

 立華がこちらに近づいてくる。私はハッと我に返り、急いで机の落書きを消す。


「おはよう!」


 しかし遅かった。まだ落書きを消し終わっていない内に、立華は私のところまで来てしまう。


「あれ、モカちゃん、それ……」


 立華が私の机を見る。死ねとかキモイとかゴキブリとか書かれた机に……。


「ひどい……誰が書いたの?」


 ほらやっぱりこういうことになった。


「誰が書いたの?」

「あ、こ、これは、私が書いたんだよ……」

「そんなわけないでしょ! いったい誰が……いったい誰がやったの!」


 立華は教室にいる生徒たちを見回した。生徒たちは、私はやってないとでも言うように、胸の前で手を左右に振っている。


「この中でモカちゃんの机に落書きをした人について、だれか心当たりない!?」


 立華が叫ぶ。だが、みんな目を逸らすか、俯いて黙り込んでいるだけだった。


「ほんとに誰も心あたりないの!?」

「り、立華……もういいから……」

「よくないよ! こんなのひどいよ!」


 ああ、クソ。このバカ。どうしてわからないんだよ。お節介だということを。ありがた迷惑だということを。

 立華はそれからも教室の生徒たちに向かって叫んだが、誰もなにも喋ろうとしなかった。結局、犯人はわからなかった。

 翌日。学校に行き、自分の席に着くと、今日は落書きが書かれていなかった。ほっと胸を撫で下ろして自分の机に教科書を入れようとしたとき、気付いた。

 机の中に大量の画鋲が入っていた。

 ……はぁ。

 手を傷つけないよう、慎重に画鋲を机の中から取り出していると、クラス中の男女が私に罵詈雑言を浴びせてきた。


「死ね。ゴキブリ」

「キモイ」

「立華ちゃんに近づくな」

「学校くんな」


 ……立華がいないのをいいことに……言いたい放題だ。

 女子の集団がこちらに来た。どの人も顔は覚えているが、名前は覚えていない。その人たちが私に侮蔑の目を向けてくる。


「あんたさ、そんな顔で立華ちゃんと一緒にいて辛くならないの?」


 その集団の一人――つり目の女子に言われる。


「……」


 辛いよ。辛いに決まってるじゃん。


「自分の顔がどれだけキモイかわかってんの?」

「……」


 わかってるよ。嫌ってほどわかってるよ。


「そんな顔でよく生きていけるよね。ある意味尊敬するよ。私がオマエの顔だったら自殺してるね。あはは!」

「……っ……」


 今までどんな悪口も耐えてきたが、この悪口はきつかった。

 私だって、私だって、自殺したいぐらい辛いよ。しょっちゅう自殺を考えるよ。

 立華が教室に入ってきた。その途端に女子の集団は私からぞろぞろと離れていった。立華はその集団と朝の挨拶を交わした後、こちらに来る。


「何話してたの?」


 立華は女子の集団を猜疑の目で眺めながら言う。


「べつに、今日の古文の小テストの範囲を訊かれただけだよ」

「……そっか」


 立華はそれを聞くと、バッグから教科書を取り出し、机の中に入れだした。

 結局イジメられるんだ。鬼頭さんからイジメられなくなったと思ったら、今度はクラス中からだ。

 それから毎朝、立華が来るまでこれでもかというほど中傷を受けるようになった。最初は辛かったが、日を重ねるにつれてどうでもよくなってきた。

 やがて期末試験がやってくる。試験が終わってテストが一通り返された後、中間試験のときと同じように立華とテストの点数を見せ合ったが、全教科私の完敗だった。立華はまたぶっちぎりで学年トップになった。

 期末試験が終わると、一学期も残りわずかになる。自然と生徒たちが浮き足立っていた。立華も夏休みが近づけば近づくほど、テンションが高くなってきているような気がする。

 私は夏に楽しい思いをした覚えがないので、普段と気分は変わらなかった。

 毎年、夏休みは本ばかり読んでいた。だって、両親はどこにも私を連れて行ってくれなかったし、遊びに誘ってくれるような友達もいなかったので、本を読む以外にすることがなかったのだ。

 だから、夏に期待なんてなにもしていない。

 そんな冷めた気分で、私は終業式の日を迎えた。

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