第3話 私の家

 土曜日が来た。この日は、アイツに料理を教える日だ。

 私は外出に備えて、入念に化粧をする。学校以外の場所に外出するときは、ほぼ必ずメイクをして家を出るようにしている。

 元が悪すぎるので、化粧をしてもたかが知れてるが、それでもしないよりはずっとマシだ。

 化粧を終えて、家を出た。約束の時間の十分前に北山駅に着く。それから入り口付近で五分ほど待った後、改札口から立花立華が出てくるのが見えた。

 立花立華は、春めかしい服を着ていた。上は水色のチェックシャツに緑のジャケットを羽織っていて、下は白のフレアスカートを穿いている。

 立花立華はうろちょろと歩いたり、キョロキョロと目を動かしている。

 ああ、そっか。化粧しているから私だとわからないのか。


「立花さん」


 私は立花立華に近づき、声をかけた。


「え? その声は、モカちゃん?」

「うん」

「別人だと思ったよー。メイク濃くない?」

「そ、そう?」

「うん。そもそも化粧なんてしないほうがいいよ。人間は元の顔が一番だよ」


 私は少し腹が立った。あなたは元が良いからそんなことが言えるのよ。私みたいなブサイクは、メイクをしないとまともに人と接することもできないのよ。

 本当に、コイツの言動はいちいち私を憤らせる。


「あ、それよりも、遅れてごめんね。待った?」

「ううん、そんなに待ってないよ。それに、まだ約束の時間より前だから、大丈夫だよ」

「そっか。それならよかった」

「じゃあ、行こっか」


 駅から私の家は、歩いて十分ほど離れたところにある。少し田舎のところだ。私と立花立華は、そこに向かって並んで歩きだした。


「モカちゃんって、兄弟とかいるの?」

「ううん、いない。一人っ子」

「あ、私と同じだ」


 また同じ……。どうしてこうも中途半端に同じところがあるの?


「私は父親と母親と三人で暮らしているんだ」


 そこは違った。


「私は父親と二人暮らしだよ」

「え、お母さんは?」

「五年前に死んだの。交通事故でね」

「あ……なんか、ごめん」

「いいよ、気にしてないから」

「そっか……」


 立花立華は、それでも申し訳無さそうな顔を私に向けてくる。

 ほんとに気にしてないんだけどな。私は母親が死んでむしろ嬉しいぐらいなのに。まぁ、さすがにそんなことは口に出さないが。

 家に着いた。家の中に入ると、立花立華は顔を上下左右に動かして辺りを見回し始める。


「へー、きれいに掃除されてあるね」


 それには自信がある。私はこう見えて綺麗好きだ。掃除はかなりしっかりしてある方だと思う。


「モカちゃんが掃除してるの?」

「うん、いちおう」

「へー、モカちゃんはえらいなぁ」


 私たちは会話しながら廊下を奥まで進み、リビングに入る。そして、その隣にあるダイニングに行く。


「今、お茶を出すね。そこに座ってて」


 ダイニングテーブルを指し示す。その後、私はダイニングキッチンに行き、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップ二つにお茶を入れる。

 コップ二つを持ってキッチンから戻ると、立花立華が四つあるテーブルの席の一つに座り、部屋中を眺めていた。


「そんなに珍しい? 私の家」

「え? あ、そういうわけじゃなくてね……いや、そうかもしれない。私の家とはだいぶ違うから……」

「そうなの? 立華の家はどんなかんじなの?」

「あ、名前」

「え?」

「やっと名前で呼んでくれた」


 立花立華は嬉しそうに言う。無意識で言っただけなのに、なんだか恥ずかしくなってきた。


「そ、そんなことよりも、どんな家なの?」

「えーとね、なんていうか、もっとキラキラしてるな」

「キラキラ……?」

「うん。私はモカちゃんの家の方が好きだな」

「へー……」


 キラキラ……どんな家なんだろう。


「あ、今度は私の家にも来てよ」

「立華の家に……?」

「うん。是非来てよ」


 どうしようか……。同級生の家とか行ったことないからちょっと気がひける。でも、コイツの家か……。少し気になる。


「じゃあ、行ってもいい?」

「いいよいいよ。是非来て」


 声を弾ませる立華。

 立華の家か……どんな家なんだろうな。どんな環境で育ったら、こんな人間になるんだろうか。


「ねぇ、そろそろ、料理を教えてもらいたいんだけど……」

「あ、そうだね。何を作る?」

「それはもう決めてあるんだ」


 立華がバッグからスーパーの袋を出し、ジャガイモやお肉や白滝などの食材を机に並べる。この食材からすると、料理は……。


「肉じゃが、作るの教えてほしいんだ」


 やっぱり肉じゃがか。あまり良い思い出のない料理だ。


「わざわざ食材持ってきてくれたんだ」

「当然だよ。教えてもらうんだから。さっそくはじめよう」


 私と立華はキッチンに行った。まず、立華に野菜や白滝の切り方を教える。立華の上達は驚くほど早かった。教えたことを忠実にやるし、私以上に包丁捌きがうまい。

 ほんと、なんでもできるな、コイツ。

 野菜や白滝を切った後は豚肉を炒める。そして、立華に残りの具を入れるタイミングや、水とめんつゆを入れるタイミングや、入れる調味料の量を教えた。

 しばらくして、肉じゃがが完成した。

 ダイニングテーブルで、立華と一緒に作った肉じゃがを食べる。

 普通に美味しかった。私が教えていたとはいえ、初めてでこんなに美味しく作れるということに、嫉妬せずにはいられなかった。私は料理ができるようになるまでだいぶかかったというのに……。

 食べ終わった後、立華と一緒に食器を洗っていると、立華が話しかけてきた。


「ありがとう、モカちゃん。こんなにおいしく作れたのは、モカちゃんのおかげだよ」

「いや、そんなことないよ。私、たいしたこと教えてないじゃん」

「ううん、そんなことないよ。ほんとにありがとう」


 にっぱりと笑う立華。なんだかむず痒くなってきた。

 実際、たいした事を教えてないのだ。全部ネットに書かれているようなことしか言っていない。そもそも、私は料理に関しては、ほとんどネットで調べた知識で作っているのだ。

 最近は便利な時代になったもので、ネットで調べればたいていのことは勉強できる。まぁ、嘘の情報もちらほらあるのが難点だが。

 食器を洗い終わった後、立華は話しかけてきた。


「ねぇ、今度また料理教えてもらっていい?」

「え、う、うん。いいよ」

「やたっ。ありがと!」


 輝くような笑みを浮かべる立華。そんな立華が眩しくて、直視できなかった。

 美人の笑顔はこんなにも美しいのか……。私の笑顔はどうなんだろう。やっぱり、ブサイクな私は笑顔も醜いのかな。

 そんな卑屈な考えで頭をいっぱいにしていると、唐突に遠くでドアが開く音がした。

 え、うそ。お父さんが帰ってきた!?

 慌てて時計を見る。五時を過ぎていた。

 ……もうこんな時間だったんだ。まだ三時くらいだと思っていた。でも、今日はずいぶん帰ってくるのが早いな。


「だれ? お父さん?」


 立華が少し不安そうに言う。


「……うん」


 やがて、父がこちらに来た。


「ただいま。その子は、友達か?」

「うん。そう」

「へー、見慣れない靴があると思ったら……」

「あ、お邪魔してます」


 丁寧にも、立華は四十五度くらい上半身を曲げてお辞儀をした。


「ふーん」


 お父さんが立華をジロジロといやらしい目で眺める。立華が困ったような顔をしていた。

 まったく、この父親は……。


「あ、も、もうそろそろ帰るね」

「もう帰るの? また来てね」


 お父さんが少し残念そうに言う。


「あ、はい」


 立華は苦笑して、ぎこちない返事をした。

 私は立華を玄関まで送る。


「じゃあね、モカちゃん」

「うん。じゃあ。また来てね」


 立華は私に手を振って帰っていった。


「ずいぶんかわいい子だな」


 いつのまにか、父が後ろに立っていた。


「おまえとは大違いだ」

「……」

「あの子、また呼んでこいよ」


 そう言って、父はリビングの方へ去っていった。

 お父さんがいるときは、絶対に立華を家に呼ばないようにしよう。そう、心に決めた。

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