第2話 立花立華
高二の始業式。友達と一緒のクラスになれたとか、担任誰だろうとか、桜がきれいだとか、そんな話題で教室中が盛り上がっている中、私だけは隔絶されたように窓際最後尾の席にポツンと座っていた。
窓の外を眺める。眼下の中庭では、桜がウザイくらい咲き誇っていた。
桜って目障りだ。どうしてこんなものをみんなは好いているのだろう……。
「こんにちは」
不意に横から声をかけられた。顔をそちらに向けると、桜よりも華やかな美女が隣にいた。その美女は机にバッグを置いて席に座った。
「私は立花
そう名乗った美女は、自分の机に自分の名前を漢字で書き出した。そしてニコッと、桜なんかよりもよっぽど美しく微笑む。
私は動揺を隠せなかった。
「あ、う、うん、よろしく」
顔を俯かせて喋ってしまう。しかも、しどろもどろになってしまった。私は人と目を合わせて喋るのが下手なのだ。というより、人と目を合わせて喋りたくない。こんな美女ならなおさらだ……。
「あなたの名前は?」
「え?」
「あなたの名前」
「あ、ああ、橘茂花っていうの」
「あ、同じ苗字だね! すごい偶然!」
「で、でも、漢字が違う……」
私は自分の机に自分の名前を漢字で書いた。
「あ、ほんとだ……それでもすごい偶然だよ!」
「そ、そうかな……」
「モカかー……かわいい名前だね!」
「そうかな……」
そうだろうか……。私はこの名前をかわいいと思ったことなど一度もない。私はこの名前が嫌いだ。大嫌いだ。
「ねぇ、モカちゃんって呼んでいい?」
「え?」
「ダメ?」
「え、い、いいけど……」
「よかった。じゃあ、これからはモカちゃんって呼ぶね。私のことも名前で呼んでいいよ」
「あ、あはは、うん……」
さっきから動揺しっぱなしだ。なんて馴れ馴れしいヤツなんだ。美人ってみんなこうなのか? いや、今まで見た美人はここまで馴れ馴れしくなかったと思う……。
なんなんだこの女は?
「モカちゃんって、部活なにか入っているの?」
「う、ううん、入ってない」
「そっか。私と同じだね」
私と同じ?
コイツと私が同じ?
そんなバカな……。
「そ、そうなんだ……意外だな……」
「え、なんで?」
立花立華が顔を私に近づける。間近で見るともっと美しかった。大きな瞳が宝石のように輝いていて、鼻が高くて、唇が薄くて、肌が白くて……私とはなにもかも大違いで……。
私は彼女を直視できず、顔を伏せてしまう。
「た、立花さんは、その、活発そうだから……」
「名前でいいって言ったのに。名前で呼ぶのは嫌?」
「あ、いや、そんなことはないんだけど、呼びづらいって言うか……」
「うーん……そっか。たしかに、出会ってすぐだもんね。すぐには呼びづらいか。ごめんね。呼びたくなったら是非呼んでね!」
立花立華は、パアッと花を咲かせるように笑顔になる。女の私でもどうかしてしまいそうな笑顔だ。
「う、うん……」
「そっかー、私、活発そうかー。そうでもないんだけどなー」
「そ、そうなの?」
「うん。私ね、けっこう内気なの。インドア派だし」
「そうには見えないけど……」
「そう見えなくてもそうなの。モカちゃんはどうして部活に入らないの?」
「わ、私は、その、大勢でなにかをするのが苦手で……」
「あ、私と同じだね!」
また同じ……。ほんとに同じなの?
私とこいつが同じ……。そんなわけ、あるか。
「私たち気が合うね!」
合うはずがない。そんなはずはない。
「ねぇ、私とさ、友達になろうよ!」
世界の時間が止まったような気がした。
「え……?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。自分から進んで私と友達になろうとした人なんて、初めてだった。友達になろうって言って友達になろうとするやつを見たのも、初めてだった。
「……ダメ? 私と友達はいや?」
「い、いやじゃないけど……」
私は、はっきり言えなかった。
「じゃ、決まりだね! 今日から私とモカちゃんは友達!」
押し切られる形で、私は立花立華と友達になってしまった。
それからすぐ後に担任の先生が来て、事務連絡だけして今日は解散となった。明日からもう授業が始まるみたいだ。憂鬱だ。
「モカちゃん、一緒に帰ろ」
一人で荷物をまとめて帰ろうとした矢先、立花立華に声をかけられた。
……一緒に帰ろうなんて言われたの初めてだ。
「い、いいけど……立華さんは家どこなの?」
「私? 私はここから駅四つ分離れた緑丘駅の近くだけど。モカちゃんは?」
「私の家は北山駅を降りて十分ぐらい歩いたところ」
「あ、近い。隣の駅じゃん。なら長い時間一緒に帰れるね」
「う、うん……そうだね」
ということで、立花立華と一緒に帰ることになった。
立花立華と学校を出て、歩道を歩く。ここらへんは田舎だ。周りは住宅と個人経営の商店や飲食店ばかりだ。駅前まで行けばだいぶ都会になるけど。といっても、都心に比べれば全然都会ではないんだろう。
そんな中を、立花立華と他愛もない話をしながら歩く。通りすがりの人がみんな立花立華をジロジロと眺める。だが私のことはというと、チラッと見て、道端のゲロでも見るような顔をして視線を逸らす。
世界って残酷だ。
「モカちゃんはさ、中学はどこだったの?」
「西野中学」
「あ、知ってる。私の中学と近い。私は緑野中学だったんだ。西野中学、一昨年ブラスバンド部が全国大会に行ってたよね」
中学の話で話が弾む。それから少し経って駅に着き、電車に乗る。電車の中の人が全員立花立華を見ていた。だが、コイツは私との会話に夢中で、周りの視線が自分に注がれていることに気付いていない。
私はこの人たちにどのように思われているんだろう?
私たちはどのように見えるんだろう?
会話をしながらも、それらの疑問が頭の隅から離れなかった。
自分が降りる北山駅に着いたとき、
「モカちゃんまた明日ね」
と言って、立花立華が手を振ってきた。私も振り返す。電車が閉まり、立花立華を乗せた電車が次の駅へと向かっていった。私たちは笑顔で別れた。
友達と一緒に帰ったのなんて初めてだった。多くの人にとっては当たり前のようなことかもしれないけど、私にとっては新鮮な体験だったのだ。
*
始業式から一日が経った朝。窓側の一番後ろ――教室の隅っこで、私は読書をしていた。他の生徒がわいわいがやがやと会話をしている中、私は一人だった。
私はそれなりに本を読むほうだ。だが、べつに本が好きというわけではない。私はアイツラのように喋る相手がいないから、しかたなく本を読んでいるだけだ。
本当は本なんて読まずに、みんなと楽しくお喋りがしたい。でも、私には無理だ。彼らは、きっと私を拒絶する。それに、私は人と喋るのが苦手だし……。
誰かがギャハハと笑う声が、教室に響いた。なにがそんなに楽しいのだろう? そんなに楽しい話をしているのだろうか? 私は人と楽しい話をした覚えがないから、よくわからない。
周りの笑い声が多くなり、大きくなる。うるさい。うるさい。うるさい。……本に集中できなくなってきた。
本は現実逃避にはいい手段だ。読書をしている間は、辛い現実を忘れられる。だが、これほどまでにうるさいと、なかなか本の世界に入り込めない。
ああ、うるさい。動物園のサルかよ、オマエラは……。
「おはよう! モカちゃん!」
急に声をかけられたので、驚いてビクッとしてしまった。本から横に視線を逸らすと、立花立華がいた。
「お、おはよう……」
「なに読んでるの?」
私の手元を覗き込もうとしながら、立花立華は問いかけてきた。
……この質問、ほんとうんざりする。昔、本を読んでいると、親によくこう言われたものだ。私からすれば、せっかく本の世界に入り込んでいるのに、そのようなくだらない質問で邪魔しないで欲しいのだ。だれがどんな本を読んでいるかなんて、どうだっていいじゃないか。
いや、それとも、単に会話のきっかけを作るための質問だったりするんだろうか? そうだとしても、話しかけないでくれたほうがありがたいのだけど……。
「夢野久作の少女地獄……」
「あ、私、その作家知ってるよ。ドグラマグラだっけ? それは知ってる。読んだことはないけど」
「ああ、そうなんだ……」
私は読んだことがある。面白かったか面白くなかったかのどちらかで言うならば面白かったけど、もう二度と読もうとは思わない。そんな作品だった。
「その少女地獄って、純文学?」
「たぶん」
「へー。純文学かー。私もいくつか読んだけど、あんまりよくわかんなかったなー」
私は少し気になった。このような人間はどんな作品を読んで、どう感じるのかを。
「……例えば、なに読んだの?」
「んー、最近読んだのだと、三島由紀夫の金閣寺とかかな。かわいそうだとは思ったんだけど、登場人物の心情がいまいちよく理解できなくて……」
ああ、なるほど……。たしかに理解できなさそうだ。それに、かわいそう、か。こういう人間は、あの作品を単にかわいそうで片付けてしまうのか……。
「純文学は正直言ってあまり好きではないのだけど、読んだ方がいいのかなー」
「なんで?」
「なんでって、うーん……教養として、かな」
「……好きじゃないなら、読まなくてもいいと思うよ」
「そうかな?」
「うん。単なる教養として純文学を読むなんて、私はバカらしいと思う」
私だって、嫌いな小説は読まない。好きでもない小説を読む必要なんてない。私はそう思う。それに、純文学なんて読まなくても、ほとんどの人間は問題なく生きていけるのだ。こんなリア充そうな女だったら、なおさら読む必要なんてないだろう。
「ふーん。そっか。そんなこと言う人、初めて見た。私の親はさ、漫画とか読んでると、『そんなもの読んでたら頭が悪くなる、読むのなら純文学を読め』って言ってくるんだよね。自分は純文学なんて読まないくせにね。あはは」
「……あはは」
べつに笑えるような話ではなかったのだけど、相手に合わせてとりあえず笑っておいた。
「あ、でも、あれは好きだよ、『この世でたったひとつだけの花』」
その作品のタイトルを聞いて、私は気分が悪くなる。それは、私の大嫌いな作品だった。タイトルを聞いただけで、嫌な気分になる。
ああ、そうか。好きそうだよな、オマエ。ああいう作品。
『この世でたったひとつだけの花』は、五年前に芥川賞を取った作品だ。三年前には映画化もされた。
どんな作品か端的に言うと、オンリーワンを謳った作品だ。ストーリーを要約すると、こんなかんじだ。
ルックスが良くなくて、運動も苦手。そんな主人公の女の子は、せめて勉強では一番になろうとがんばるのだが、勉強でも一番になれなくて、絶望して灰色の生活を送っていた。そんな娘を見た母親は「一番にならなくてもいい。あなたにはあなただけの魅力がある。あなたはこの世でたった一つだけの花なのよ」と娘を諭す。それから主人公は、自分は自分だと思えるようになり、明るく自信を持って生きるようになった。そして後に自分のことを好いてくれる男性と知り合い、その人と幸せな結婚生活を送る。そんなストーリーだ。
はっきり言って、バカげた作品だと思う。くだらない綺麗ごとだ。なにがあなたはこの世でたったひとつだけの花だ。私は花のように扱われたことなんて一度もない。私は虫のように扱われたことしかない。人間が花のように扱うのは、一部の見た目の綺麗なモノたちだけだ。ブサイクは花じゃない。
まったく、なにがオンリーワンだ。人間は結局一番のヤツを一番評価するじゃないか。一番のヤツを一番ちやほやするじゃないか。
しかし、私の評価とは裏腹に、この作品は爆発的にヒットしたのだ。ベストセラーになるほど売れているのだ。
まったく、ほんとくだらない。
「どうしたの? 暗い顔して? 気分悪いの?」
その綺麗なソプラノの声を聞いて、ハッと我に返った。立花立華が私を心配そうに眺めていた。
いけない、自分の世界に入りすぎた……。それにしても、どんな表情もコイツは美しいな……クソ。
「いや、大丈夫。なんでもないから」
「そう? なら、いいけど……。あ、それでね、私、『この世でたったひとつだけの花』をね、いつも持ち歩いているんだ。私にとってのバイブルみたいな本なの!」
立花立華はバッグから『この世でたったひとつだけの花』を取り出し、私に見せてきた。
それを見ただけでムカムカとしてきた。でも、表情には出さないようにする。
「ねぇ、モカちゃんは知ってる? この本?」
「うん。知ってる」
「じゃあ、読んだことある?」
「うん」
「そうなんだ! すっっごい良い話だよねっ!」
「う、うん……」
実際はそんなことパンの耳くずほども思っていないが、立花立華の興奮した調子に押されて、うんと言ってしまった。
「だよねだよねっ! うれしいなー、良さがわかってくれる友達がいて!」
「う、うん」
「主人公のお母さんが娘を諭すシーンなんてもうすごい感動するよねっ! 主人公が自分は自分だって思うようになってほんと良かったよ! 私ね、この作品のテーマにすごい共感してね、」
……すごいテンションだ。そんなに好きなのか、あんな作品が。私には甚だ理解できない。あの作品の良さも。コイツも。
「おまえら、席につけー」
担任の先生が教室に入ってきてホームルームが始まったので、立花立華の話はそこで終わった。立花立華はどうやら話したりないようで不満気な顔をしていたが、私としては助かった。私はあの作品のタイトルを聞くだけで嫌なのだ。これ以上聞かされていたら、不機嫌を隠せなかったかもしれない。絶妙なタイミングで来てくれた、ほんとに……。
*
立花立華は顔だけじゃなかった。勉強も運動もできる完璧超人だった。
これは、今日の数学の授業で起きたことだ。先生がある難問を生徒に答えさせようとしたが、だれも手を挙げようとしなかった。そんななかで立花立華は勇敢にも手を上げ、しかも正解してしまった。先生がべた褒めし、生徒全員も感嘆の息を漏らしたほどだ。
それだけではない、あの女は勉強だけじゃないのだ。これは体育の授業でのことだ。今日の体育はバレーで、私と立花立華は同じチームになった。そして試合をやったのだが、立花立華の独壇場だった。アイツがスパイクを全て決め、私含むそれ以外のチームメイトはレシーブやトスを上げるだけのサポート役に徹していた。それが最も合理的だったのだ。事実、私たちはその日全勝した。ほとんどアイツ一人のおかげで勝ったようなものだ。アイツが次々とスパイクを決める様は、女子もキャーキャーと騒ぎだすほどだった。
はぁ……と思わず溜息を吐いてしまう。現在は四限目で古典の授業なのだが、先生の声がぼそぼそとしいて聞きづらいし、授業自体おもしろくない。なので、このように他事を考えてしまう。
隣に座る立花立華を窺う。立花立華は、真剣な眼差しで黒板や先生を見つめ、せっせとノートに板書を写していた。
真面目だな、優等生だな。ほんと、非の打ち所がない。なんなんだコイツは。
チャイムが鳴り、授業が終わる。
ふぅ、さて、弁当を食うか、と弁当箱をバッグから出して机に置いたところ、
「一緒に食べよ!」
と、立花立華が隣の席から言ってきた。
「う、うん」
弁当をだれかと一緒に食べるのなんて、初めてだ。
立花立華が自分の机を私の机にひっつけてきた。そして、立花立華は机横のフックに引っ掛けてあるバッグから、風呂敷に包まれた弁当箱を取り出した。
……ずいぶん大きな弁当箱だ。
立花立華が風呂敷を解き、弁当が露になる。四角形の黒い箱が三段重なったものだ。おせち料理に使われそうな箱だ。立花立華が弁当箱を開けると、その中身もおせち料理のように豪華な料理が敷き詰められていた。
「あはは、お母さんがいつもはりきっちゃって……私はこんなに食べられないっていつも言っているのに」
恥ずかしそうに語る立花立華。
……私の母親とは大違いだ。母親は私に弁当を作ってくれたことなんてなかった。遠足の日とかはいつもお金を渡されて、コンビニで何か買っていた。
いいな……羨ましい。
「いいお母さんだね」
「あはは、そうなんだけどね、これはさすがにありがた迷惑だよー」
と言いながらも、どこかうれしそうに弁当を食べている。
「あ、何か食べる?」
立花立華が弁当箱を私の方に近づけてきた。
「ていうか食べて。ひとりじゃ食べきれないからさ」
「……じゃあ、この玉子焼きもらうね」
「どうぞどうぞ」
立花立華の弁当箱から玉子焼きを箸で掴んで、それを口に運ぶ。
……美味しい。
「モカちゃんのも美味しそうだね」
「そう? 朝は忙しいからけっこう適当に作っているのだけど……」
「え、手作りなの?」
「うん。いちおう」
「へー、すごーい。私、全然料理できないんだー」
「そうなんだ」
初めてこいつに対して優越感のようなものを感じた。
「今度料理教えてよ」
「え? い、いいけど……」
「やった! じゃあ、いつにする?」
「え……?」
具体的な曜日まで決めようとするとは思わなかったので、動揺してしまう。
「今週の土曜日は? いい?」
「い、いいけど……」
「じゃあ、決まりね! 場所はどうする? モカちゃんの家に行っていい?」
「え? 私の家?」
どうしよう……。そんなきれいな家じゃないからな……。
「……ダメ?」
立花立華が上目遣いで見てきた。女の私でもドキッとするような顔だ。男だったらもっとやばいんだろうな……。
「い、いいけど……」
「やたっ! モカちゃんの家、楽しみだなー」
「そんなにきれいな家じゃないよ?」
「いいよいいよ。私、そういうの気にしないから。あ、時間はどうする?」
「……いつでもいいけど」
「じゃあ、お昼食べてからにしよう。一時でいい?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、一時に北山駅で待ち合わせねっ!」
「うん。わかった」
……なんだかなすがままにされてしまった。まぁ、いいけど……。
よく考えてみると、今まで家に友達なんて呼んだことないな……。
心のどこかで、少しだけわくわくしている自分がいた。
学校が終わり、今日も立花立華と一緒に帰った。取るに足らない話しかしていないが、それでも誰かと喋りながら帰るということが少し嬉しかった。今まではずっと一人だったから。
でも、それ以上に辛いことがある。周りの視線だ。立花立華と一緒にいることで、世間がアイツを見る目と私を見る目の違いを嫌でも感じさせられる。周りからは、すごい奇妙な二人組みに見えるんだろう。
また、腹が立つことがある。どうやらアイツは、この二人組みがどんなに奇妙な組み合わせか、わかっていないみたいだ。
それだけじゃない。自分が周りからどのように思われているかとか、私が周りからどのように思われているかとかも、わかっていないようなのだ。
まったく、罪な女だ。
翌朝。また私は教室でひとりだけ本を読んでいた。周りの雑音がうるさくて、なかなか本の中の世界に入り込めない。
「モカちゃん、おはよう!」
朝から可憐な声が私の耳にやってきた。立花立華だ。
「また本読んでる。本好きだね」
「……べつに好きじゃないよ。話し相手がいないから、暇つぶしとしてしかたなく本を読んでいるだけ」
「へー。そうなんだ。でも、私がいるじゃん」
「え……」
「話し相手なら、私がいるじゃん。私とおしゃべりしようよ」
立花立華は、にぱっと笑う。
コイツのことはムカつく。美しいところとか、自分の美しさに無自覚なところとか、他にもいろいろすごいムカつく。でも、すごいムカつくけど、この時は少しだけ嬉しかった。
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