第21話 アリスサイド04——光属性のアリス姫が闇落ちした理由——

 ライナスはわたしに対して下賤な奴隷商人とは思えないほどに常に紳士的に振る舞った。

 

 ライナスからは悪意の類を全く感じられない。

 

 わたしは彼を殺そうとしたのにも関わらず……。  

 

 自分のことを殺そうとした奴隷——わたし——のことを一時的に助けたことならばまだ理解できた。

 

 わたしはルーンホールド王国の姫であり、今や唯一の王族だ。

 

 奴隷商人にとっては、そんなわたしは非常に価値ある存在といえる。

 

 だから、たとえ反抗したわたしに対して殺意を持ったとしても、金銭的価値を優先して、感情を抑制したということは十分に考えられる。

 

 守銭奴のような卑劣な奴隷商人ならばそういう計算が働いてもおかしくはない。

 

 しかし、そう考えたとしても、ライナスのわたしに対する扱いは解せないことばかりであった。

 

 まずもって、彼はわたしの反逆に対して何らの制裁も行わなかった。

 

 奴隷を傷物にすることを避けるためだとしても、よほどの傷を負わさないかぎり、回復魔法で治すことはできる。

 

 奴隷であるわたしが主人の命を狙ったのだ。

 

 奴隷商人としては当然激しい怒りを覚えるはずである。

 

 今後の反抗を抑えるためにも、わたしに対して苛烈な肉体的懲罰を加えるのが彼らのやり口のはずだ。

 

 実際、わたしは以前に奴隷商人が反抗した奴隷を瀕死になるまで殴り続けているところを見たことがある。

 

 それはおぞましい光景であり、わたしの記憶に深く刻まれていた。

 

 だから、わたしはそういう扱いをされることを覚悟していた。

 

 しかし、ライナスは何もしなかった。 

 

 かわりにわたしに殺されかけたライナスがしたことといえば……。


 当惑気味の表情を浮かべながら、わたしの体を一瞥した後で、どこからか持ってきた服をわたしに渡しただけだ。

 

 そして、「これに着替えてくれないか」と言うだけであった。

 

 その服がメイド服であった。

 

 もっともそれは普通のメイド服とは言い難いものであったが……。

  

 いずにれせよそれ以降、彼がわたしに見せる表情もその目つきも常に奇妙なほどに穏やかなものであった。

 

 とても人の売り買いをしているような下賤な奴隷商人の表情とは思えない。

 

 まるでこれまで人の生き死にを一度も見たことがないような貴人のような優しい表情であった。

 

 そう……それはまるでお父様の顔のような……。

 

 優しく穏やかで、それ故に国王としては飛び抜けた才はなく、だけど民からも愛されていて、わたしも大好きだったもう決して見ることのできないその顔——

 

 わたしはあわてて顔をふった。

 

 なんて愚かなことをわたしは考えているのだ!

 

 亡き父を……国王をこんな下劣な奴隷商人に重ねるなんて!

  

 少しばかり優しくされたからといって、卑劣な奴隷商人に心を開くなんて……。


 酷いことがあまりにも立て続けに起きたから心が弱くなっているのかもしれない。


 そうか……もしかしたらこれが……ライナスのずる賢い計略なのかもしれない。


 わたしに対して必要以上に紳士的に振るまっているのは、わたしの心を懐柔するため……。


 わたしに手を出さないのも、奴隷として売買する際に、し、処女……そ、その方が価値が上がるから。


 そ、それならばライナスの不可解な振る舞いにも説明がつく。

 

 全てはライナスの抜け目のない計算に過ぎない。

 

 ちょっと考えればわかることなのに、こんなことに気づかないなんて……。

 

 やっぱりわたしは自分が想像する以上に、疲労しているのかもしれない。

 

 このままではライナスの策略通りではないか。

 

 し、しっかりしないと!

 

 ライナスは、奴隷商人だ。


 その本性は卑しい男に過ぎない。


 わたしにこんな服を着させている時点でそれは明らかではないか。


 わたしは両手を頬にあてて、自分の心に活を入れる。

 

 と、その時、扉がノックされ、


「アリス、ちょっといいかな」

 

 と、聞き慣れたライナスの声がする。


「え! は、はい! 少しお待ちください!」

 

 わたしは慌てて、姿見の前に立ち、自分の顔と髪型、それにメイド服を整える。

 

 うん……これなら大丈夫かな……。

 

 でも……目のクマが……。

 

 ……って! わたしは何をしているんだ!

 

 なぜライナスが来たからといって、身だしなみをつくろっているのだ。

 

 これではまるで男にのぼせあがっている女みたいではないか。

 

 こ、これは……ちがう! そうだ……わたしはただ……王族の女として最低限の礼儀として——。

 

 別にライナスでなくとも誰が相手でもこの程度のことをわたしはする……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る