第20話 アリスサイド03——光属性のアリス姫が闇落ちした理由——

 わたしが忌まわしき奴隷商人……ライナスという男に囚われてから、早くも3ヶ月の時が流れようとしていた。

 

 この3ヶ月はわたしにとって悪夢のような日々だった……そう言えればことは単純だったのかもしれない。

 

 しかし、実際のところそうではない。


 わたしは少なくともこの3ヶ月ライナスから極めて丁重な扱いを受けている。

 

 だから、この3ヶ月はわたしにとっては、よくわからない日々だった……というのが正確な表現だろう。

 

 そして、この奴隷商人……ライナスという男が何を考えているのかわたしには未だに理解できない。

 

 わたしは彼から貸与された屋敷の一室のベッドに横たわり、天井を見上げる。

 

 ここがわたしの部屋……らしい。

 

 部屋は広く、ベッドも大きくフカフカだ。


 部屋の調度品も石材や大理石で出来た豪奢なもので、大きな姿見まである。

 

 口惜しいが、正直にいってわたしが暮らしていた王宮の私室よりももしかしたら快適かもしれない。

 

 奴隷商人がこれほどの財を成すことができるのはやはり昨今の不穏な大陸情勢が要因なのだろう。

 

 ルーンホールド王国は独立を維持していたが、経済的にそこまで恵まれていた訳ではない。

 

 貴重な資源——例えば魔鉱石——が王国内にある訳でもない。

 

 それに帝国の攻勢という差し迫った大陸情勢を踏まえれば、わたしたち王族の生活よりも優先すべきこと——兵の育成——がいくつもあった。

 

 それも今では全ては無駄になってしまったが……。

 

 帝国はあまりにも強大で、あまりにも大きい、そしてあまりにも残虐だ——。

 

 父様……母様……みんな……。

 

 思わず失われた日々が思い出されて、感傷的になってしまう。

 

 わたしは、あわててベッドから立ち上がる。

 

 弱気になっては……感情的になってはダメだ。

 

 冷静に今の状況を考えて、なんとか打開策を見つけないと……。  

 

 予期せぬ快適な暮らしをライナスに与えられて、わたしはすっかり腑抜けてしまっているのかもしれない。

 

 実際、ここの暮らしは快適だ。

 

 一日三食、食事が提供されるし、その食事は何故か主人のライナスが作ってくれて、なによりも、その料理は非常に美味しい……。


 ライナスは無口だが、わたしになにかを強制する訳でもなく、ときより優しく微笑むだけ……。


 とても……とても……穏やかな顔……。


 争い事とは無縁の顔……。


 あんな顔をすることができる人が奴隷商人……なんて……。


 思わずわたしの心には忘れかけていたあたたかい何かが湧き上がる。


 わたしは慌てて顔をふる。

 

 ライナスは奴隷商人だ。

 

 当然、善意からこんなことをする訳ではない。

 

 なにか目論見があるはずだ。

 

 それを見極めて、そしてここから脱出するための方策を練らなければ……。

 

 それにしても、いったいライナスの……彼の目的はいったいなんなのだろうか。

 

 最初はライナスが下劣な欲望を抱いていると思っていたけれど……。  

 

 わたしは、腕を組んで、気分転換にあたりを見回す。

 

 そう……わたしが今いる部屋は、元々は主人であるライナスの寝室である。

 

 だから、わたしは当然この部屋に案内された時に、ライナスがわたしに不埒な欲望を抱き、

 

 そういう行為をしてくるものだと身体をこわばらせた。

  

 だけどライナスは、そのまま部屋から出でいった。

 

 そして、わたしはいつもライナスに会う度に身構えたが、彼は結局一度もわたしに対して下賤な行為をしてはこなかった。

 

 ライナスはわたしに対して自身——主人の——部屋を奴隷であるわたしに譲っただけであった。

 

 一度だけライナスの今の寝室を覗いたことがあるが、彼の部屋はわたしが今いる部屋よりもはるかに狭く、貧相であった。

 

 場所も天井裏にあったし、あきらかにあの部屋は住み込み用の召使のものだ。

 

 主人であるライナスが召使用の部屋に住み、奴隷であるわたしが主人の部屋に住む。

 

 まったく意味不明である。

 

 そして、ライナスはわたしに対して何も手出しをしてこない。  


 こんな服装をわたしに毎日させているにもかかわらず……。

 

 わたしは大きな姿見の前に立つ。

 

 そこにはこの3ヶ月ですっかり見慣れてしまったメイド服を着た自身の姿が映っていた。

 

 煽情的といえるほどにスカートの丈は短く、胸元もあからさまに露出してしまっている。

 

 このメイド服が何を目的にしているかは誰の目にも明らかだ。

 

 わたしはこんな格好でいつもライナスの前に……。

 

 わたしは思わず羞恥心で顔が熱くなる。

 

 わたしにこんな屈辱的な格好をさせる一方で、ライナスのわたしに対する態度はそれとは真逆であった。

 

 だからこそ、わたしはますますライナスという男の評価をめぐって混乱してしまう。

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