第40話 不可抗力とはいえ姫を失禁させたら恨まれるだろうな……

 ちなみに衛兵が言っていたことはおおむね真実である。


 もっとも、そうした行為をしていたのは、ミレーヌたちではなく俺であるが……。


 FIRE……逃亡資金を作るために、節約をしようと森に生えている食材をよく採取しているのだ。


 鑑定スキルで食に適しているかいないかわかるしな。


「……あれが幻覚だというんですの……あんなおぞましいものが……それにそこにいるメイドの女性……彼女はどこかで見た覚えが……」

 

 ナタリアはそう言うと、距離を置いて無言で佇んでいるアリスの方を見る。

 

 まずい……アリスの仕業だと気づかれてしまったのか……いやそれにしてはナタリアの様子はどこかおかしい気がする。

 

 それにアリスもどこか変だ。

 

 こういう時、アリスはいつも間に入ってくれるはずなのに……何故か今はナタリアに気づかれないように顔をそむけている。

 

 いずれにせよこれはチャンスだ。


「……あ、あのナタリア様……ご気分がすぐれないようでしたら、先程の話はまた今度でいかかでしょうか……顔色もすぐれないようですし」


 俺はここぞとばかりに、ナタリアにそう言う。


 実際、ナタリアは先程まで『無に帰す者』の異様な邪気にあてられて半狂乱状態だったのだ。


 肉体的ダメージはなくとも、それ以外の影響はそれなりにあるはずだ。


 指摘すると、激怒しそうだからあえて言わないが、ナタリアの口元には未だにヨダレがついていたりするくらいだ。


「そ、そんなことはありませんわ! わたくしはこのくらい全然平気——え……この感覚は……」

 

 ナタリアはそう叫ぶと、なぜか目線を下にずらして、自分のスカートを見る。

 

 そして、突然顔を真っ赤にして、両足を内股にして、


「まさか……わたくし……漏らして——」

 

 そう言うと、そのまま突然勢いよくくるりと背を向けてしまう。


「き、今日のところはこれくらいにいたしますわ! つ、次こそは覚悟なさいませ!」

 

 そして、そう一方的に言い放つと、猛ダッシュ……ただし内股で……で走り去ってしまう。

 

 衛兵たちはポカーンとした表情を浮かべながらも、あわててナタリアの後を追う。

 

 ……どうやらナタリアは失禁していたようだな……。

 

 まあ……『無に帰す者』をあれだけ間近に見たのだから、可愛そうだがしかたがない。

 

 俺が漏らしていないのが不思議なくらいだ。

 

 俺としてはおかげで助かったといったところか……。

 

 ナタリアたちがいなくなり、俺は思わずほっとため息をつく。


「ご主人様……」

 

 いつのまにかアリスが俺のすぐ近くに来ていた。

 

 いつものようにその気配を俺は全く感じることができなかった。


「うあ!? あ、アリス……な、なにか……」


「……余計な人間たちもいなくなったことですし……先ほどのプロボースの……いえ……わたしたちの将来の話をいたしましょう」


「えっと……し、将来って……それは解放の話……」


「そう……婚姻の……い、いえ……そうですね……まずは帝国からの民の解放のことが先決でしょうか」


 アリスはそう言うと、少し咳払いをして、


「上に立つものとして、民草のことを考えるのはもちろん重要ですが……これからのわたしたちの具体的なことを……初夜とか……いえ……わたしはもちろん、ご主人様とそういうことをすることについて問題はないというか……いますぐでもよいのですが……帝位につくものとして、ご主人様には体裁があるかと……ですからご主人様はわたしのアプローチをずっと避けてこられたのですよね……よくわかります……ですが——」

 

 矢継ぎ早に話をしてくる。


 俺はといえば……正直色々なことが起こって、疲れきっていた。

 

 アリスが珍しく色々と話してくれているのだが、頭に全く入らない。

 

 俺の頭は別のこと……心配ごとでいっぱいだった。

 

 店の復旧、俺のFIRE計画、ミレーヌたちのこと……それにルシウスの件。

 

 なしくずし的に彼……いや彼女のことを奴隷にしてしまったが、冷静に考えれば何か色々と不味い気がする。

 

 先ほどの『無に帰す者』の件もそうだが、今後帝国や大陸の諸王国で起こる数々の災厄……。


 帝国の侵略、闇の眷属たちの復活……それらの問題について本来であれば主人公のルシウスが戦い、大陸は平穏を取り戻す。


 そのルシウスが奴隷になってしまった今……誰が対処するのだろうか。


 それにアリスが灰にしてしまったルシウスが持っていた聖剣……月光剣だが……。


 あの聖剣は、これから闇の眷属たちに立ち向かうために、色々と使わなければならないキーアイテムだった気がするが……。


 まあ……一奴隷商人の俺が世界の運命を考えていても仕方がない。


 主人公ならば無責任との誹りを受けるのだろうが、俺は単なるモブキャラである。


 世界を救うなど妄想を抱いてもしかたがない。


 まずは現実なこと……明日の自分のことを考えなければならない。


 アリスやミレーヌたち獣娘たちとの関係……。


 それに追い返したとはいえ、ナタリア……王国の姫にも目をつけられてしまった。


 俺のせいではないが、失禁までさせてしまったとなれば、だいぶ根に持たれてしまっただろうしな……。

 

 ……なにか色々と考えることが山積みで頭が痛くなってきた。


 ふと、アリスの方を見ると、アリスは未だに熱に浮かされたように早口で

何かを話しまくっている。


  ……アリスとの話し合いは長丁場になりそうだ。


「す、すまないんだが、アリス……すこし……疲れたから仮眠を取ってから話したいんだけど……」


「え!? か、かしこまりました。」


 アリスはようやくそこで我に返ったように一方的な話を中断する。


「ご主人様……それではまた後でじっくりと話しましょう……時間はたっぷりとありますから。フフ……」

 

 アリスはそう言うと、一礼をして、どこかへと消えてしまう。

 

 来る時も去る時もまったくその気配を掴むことはできなかった。

 

 しかし、それにしては、いつもアリスに見られている気がする……。


 そう思うのは、俺の気の所為なのだろうか。

 

 ……まあ考え過ぎだろう。


 いつの間にかアリスの登場のせいなのか、ミレーヌたちの姿も見えなくなっていた。


 とりあえず、何も考えずにベッドに寝っ転がって、休みたい。

 

 俺は屋敷の中にトボトボと入っていき、自分の部屋のベッドに横になる。

 

 主に精神的なストレスが原因で、俺はそのまますぐに眠りについた。

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