第38話 アリスに睨まれる……ついでにラスボスからも睨まれる

 が……地面の小石——ではなく今にも現世に顕現しようとしているグロテスクな生き物たちの体の一部に俺は躓いてしまい——。

 

 その勢いのままアリスの体に体当たりして、一緒に地面に倒れ込んでしまった。


「あいてて……」

 

 と、思わず情けない声を出しながら、俺は目を開ける。

 

 そこにはアリスと、それに今や漆黒の闇となった地面から無数の眼——複眼が俺を見ていた。

 

 よくよく見ると、地面……いやもはや別空間となっている底……には、一体どころではなく、大小無数の奇怪な生物たちがひしめきあっていた。

 

 俺はその忌まわしい存在からあわてて眼をそらす。

 

 と、アリスと目があう。

 

 アリスの目は大きく見開いていた。


 きっと、驚いているのだろう。


 そりゃそうだ……説得するどころか、俺はアリスを押し倒してしまったのだ。


 それにアリスの頬は明らかに紅潮していた。


 まずい……ますます怒らしてしまった。


 何か言い訳をしなければ——


「……ご主人様……これはいったい」

 

 と、アリスが驚いた顔をしながら、その目線はなぜか下にそれる。

 

 俺はその視線を追って、ようやく事態がより不味いことになっていることに気がついた。


 そう……俺は両手で、アリスの豊満な胸を……とても柔らかくて思わずずっとこのままでいたい……いやそうではなくて……鷲掴みにしていたのだ。

 

 俺はあわてて……いや数秒そのままにしていたかもしれない……両手をアリスの胸から離す。


「こ、これは違う! 違うんだ!」


「……なにが違うのですか。ご主人様……」

 

 さきほどよりもさらに頬を赤くさせて、激怒寸前のアリスの瞳が責めるように俺を見る。

 

 ついでに、漆黒の闇に蠢いている生物たちも俺をギョロリと見ている……気がする。


「こ、これは……だ、だから……お、俺はアリス……き、君を大切に思っているんだ。アリスは特別で俺はずっとアリスのことを想って……それで……さっきのそう! そう解放の話だ。さっきはちゃんと説明できなかったけれど……俺はアリスの将来のことをしっかりと考えていて……」

 

 俺の話は完全に支離滅裂だった。

 

 はっきり言って俺の頭はパニック状態であった。 


 アリスは顔をうつむかせてしまい、その表情はわからない。


 俺のくだらない話など聞く価値などないと思ったのだろうか。


『われを呼ぶ者は誰ぞ……』


 突然……おどろおどろしい不快な音が耳に……いや頭の中に響いた。


 実際に耳に聞こえているのは、意味のわからないおぞましい唸り声だけだ。


 それにもかかわらず、その音が何を意味しているか理解できてしまう。


 い、いったい……何が——。


 俺はその声……いや音がする方に顔を向ける。


 地の底……いやもはや底が抜けた闇が広がる空間にひときわ大きな蠢くものがいた。


 まさか……あの無数の生物が融合しているかのような特徴的なビジュアル……あれってまさかラスボスの「無に帰す者」じゃないのか……。


『我が名は無に帰す者。星々の彼方より来たりし絶対の破壊をもたらす者……』

 

 再び不快な音が木霊する。


 間違いない……なにせご丁寧に名乗っているのだから……。


 しかし……こうして実際に名乗りあげられると微妙に変な感じ……というか威厳が損なわれるような気がするな。


 まあ……設定だからしかたがないのだが……。


 って……冷静に分析している場合ではない。


 闇の眷属どころか、ラスボスまで今の段階で現れてしまったら、俺は……いやこの街は……世界が——。


 まて……主人公——ルシウス——がいるから、彼に……いや彼女に戦ってもらって——。


 いやダメだ……ラスボスを倒す聖剣はアリスが消し炭にしてしまったし、ルシウスは俺の奴隷になってしまったし、だいたい今のルシウスのレベルでは到底太刀打ちなどできるわけ——。


『我の前では、あらゆる存在は色あせ、意味を失う』

 

 またも頭に直接響く忌まわしい声が轟く。

 

 そう……たしかラスボスの声を聞くだけで、常人は正気を失うんだったな。

 

 ふと、横を見るとナタリアたちはもう白目を向いて、よだれをたらして徘徊している。

 

 俺がまだ平気なのは謎だが、このままでは——。


『さあ……虚無の深淵に飲み込まれるが——』


「いい加減にしなさい……わたしは今非常に大切な話をご主人様としているのです」

 

 アリスは、突然そう言うと、今や肉体の半身ほどは地上に顕現しているラスボス……『無に帰す者』を睨みつける。


「帝国との闘いの際に役に立ちそうだから、封印は解いてあげましたが……今はその時ではないのです。眷属風情が……わきまえなさい」


 『無に帰す者』はしばらく無言……いや無音だった。


 そして、その無数の目を一斉にアリスと俺の方に向ける。

 

 まずい……あの目で見られると狂気に蝕まれて——。

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