第32話 罠だとわかっていてもモフモフには抗えない……

「もう! ずるいですわよ! ミレーヌだけ……」

 

 と、いつのまにか遠目に見ていた他のケモノ娘たちが目に止まらぬ速さで、四方八方から俺に接近していた。


「あっ! み、みんな!? わたしがまずはじめに……って! もう……しかたがないなあ……」


 と、ミレーヌが何やら困り顔でぼやいている。


 俺はと言えば、ミレーヌだけではなく、すっかりケモノ娘たちに周りを取り囲まれてしまっていた。


 もはや完全に逃げ道を塞がれてしまった……。

 

 ま、まずい……いま襲われたら……。


 「ライナス様……どうして最近姿を見せてくれないのですか? 屋敷をお尋ねしてもアリス様がいつも通ししてくださらないですし……まだわたしたちはライナス様に御恩を返せていないのに」


「そんなにお屋敷の中が……アリス様がよいのですか? ライナス様もやっぱり同種族の女性がよいのですか」


「たまにはわたしたちの相手をしてくださっても……そう思ってしまうのはわがままなのでしょうか」

 

 ……猫耳、うさ耳、狐耳……様々な亜人種のケモノ娘たちが気がついたら、俺の腕に絡みついていた。

 

 その表情は一見すればとても嬉しそうだ。


 彼女たちは目を輝かせて、耳をピクピクさせたり、尻尾をフリフルさせている。

 

 が……俺にはわかっている。

 

 彼女たちは爪を隠しているだけだ。

 

 前世で俺はそんな場面を何度も見てきた。


 社員の女性たちが社長の前でそれこそ猫撫で声で社長に媚びへつらう。


 しかし、社長がいなくなった途端に罵詈雑言を浴びせる。


 そんなことは枚挙にいとまがない。


 ここまであからさまではないが、俺だって上司に似たようなことをしてきた。

 

 そして、それは動物だって同じだ。

 

 餌を与えているからペットは主人に忠誠を尽くす。

 

 それがなくなれば忠誠心もなくなる。

 

 主人がいなくなった後も主人の帰りを待ち続けた有名な忠犬ハチ公の感動話。


 あれだって、実際は単なるフィクションだ。 


 現実はフィクションとは違う。


 たいてい身も蓋も無く、容赦がない。


 だから、人々は現実よりフィクションを好む。


 ググればすぐわかる忠犬ハチ公の話も未だに事実のように人々は信じ込んでいる……いや信じ込みたいのだろう。


 だが……俺がいま生きるこの世界は残酷なまでに現実だ。


 この容赦のない現実を俺はしっかりと見据えなければならない。


 そうこの空の青さも草木の匂いも……ケモノ娘たちのやわらかいこの体の感触もすべてリアル——。


 って……これは——。


「ああ……アリス様はずるいです……ライナス様を独占して……わたしたちだってたまにはライナス様にこの体を慰めていただきたいのに……」


「そうですよ……ライナス様……わたしこないだの依頼で、ついにドラゴンを討伐することができたんですよ。アリス様には劣るかもしれませんが、わたしだってもうライナス様のお役に立てるんです。ですから……ご褒美を……」


「久しぶりだから……このくらいはよいですよね……。フフ……運がよいことにアリス様の『目』も今は何故か発動していないようですし……」


 いつの間にか、ケモノ娘たちは、腕を絡めるどころ、俺の肩にしなだれかかって、その体を四方から押し付けてくる。


 しなやかでいて、それでいて適度に引き締まった彼女たちの極上に柔らかい肢体が肌越しにダイレクトに伝わってくる。


 そして、彼女たちは長い獣耳と尻尾を器用に操り、俺の肌にモフモフ感を与えてくる。


 俺の皮膚はその未知の感覚にさらに快楽神経を刺激されてしまう。


 くすぐったい……だが……とても気持ちがいい……。


「フフ……どうですか、ライナス様……。わたくしの尻尾の肌触りは……。いくらアリス様だって、こういうことはできないしょう?」


 狐娘が俺の耳元で甘い言葉をささやく。


 俺は宙に浮いているようなフワフワとした感覚に包まれていた。

 

 頭は夢心地でまったく働かない。

 

 こ、これは彼女たちの本心ではない。

 

 わかっている。

 

 わかっているのだが、本能はどうしようもなく刺激される。

 

 俺はこの時、はじめてキャバクラにハマる男の気持ちがわかってしまった。


「ああ……ライナス様……そんなお顔をされて……こんなのもう……我慢なんてできないわ……ねえ……ライナス様……フフ……この続きをわたしたちの家でいたしませんか……」


「ええ……そうですね。アリス様の『目』がない千載一遇の好機なんて滅多にないでしょうし。アリス様ばかりでなく、わたしたちだってライナス様のお体に直接奉仕して、恩返ししなけれ——」

 

 と、その時、それまでモフモフ感満載だった俺の肌に突然、鋭い痛みが走った。

 

 俺に密着していた亜人種の女性たちの耳や尻尾がいきなり総毛立ったのだ。

 

 そして、俺の肌に触れていたしなやかな手からは突如として鋭利な爪が飛び出してくる。

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