第31話 モフモフしている間に首をはねられる予感がする

 わかっている……ミレーヌに悪気がある訳ではない。

 

 これは単純に文化の違いだ。

 

 農耕民——日本人——と狩猟民——欧米人——との違いのようなものだ。

 

 いや……それよりもだいぶ違いが大きい気がするな……。

 

 まあいずれにせよ、これはミレーヌたち……亜人種の文化の一つなのだ。

 

 狩猟を生業とするミレーヌたちは自分たちが討伐した魔獣の一部を贈り物とする。

 

 そして、こうした贈り物を通じてコミュニケーションを図る。

 

 だから、これはミレーヌたちからすれば敬意の現れといってよい。


 いやこの場合は、俺の油断を誘うための謀略か……。


「あ、ああ……いつもありがとう」

 

 俺はそう言って、いつものようにぎこちない笑顔を返す。


「い、いえ……そんな……」

 

 ミレーヌの顔がぱあっと明るくなり、手をパタパタ……いや爪をジャリジャリとしている。

 

 死にかけのか弱い狼娘のミレーヌは今では、サイクロプス相手にもひけをとらない戦士になった。


 ちなみに俺の記憶が正しければ、サイクロプスは種類にもよるが、今回のような上位種の場合は、普通にラストダンジョンに現れる敵である。


 それでもこういう仕草を見ると、まだミレーヌはあどけなさを残しているように思える。


 獣人族は外見上の成長は早いが、精神的にはやはりまだアリスよりも幼いのかもしれない。


 まあ……今目の前にいるミレーヌにしたって、ここに来た時は年端のいかない少女だったからな。


 それが今ではアリスと同じくくらいの年齢の女性に見える。


 背丈も伸びて、他の部分だって……。


 と、俺はついつい視線をワンピース越しからでもわかるたわわな胸の部分に向けてしまう。


 アリスもそうだが、最初に出会った時はみな幼かった。


 だからなのか、邪な欲望を抱いてしまった時の罪悪感がことさら酷い。

 俺は慌てて目をそらす。


 と、視線をそらした場所が悪かったのか、サイクロプスの一つ目と思いっきり目が合ってしまう……。


 俺は思わず盛大に咳き込んでしまう。


 ……話は戻るが、要するにこの街区には今や美しく、何よりもたくましすぎる獣娘たちが、溢れかえっている。


 そして、同時に俺が近隣の村々を襲い、亜人種の娘たちをさらい、娼婦にしているという噂も街に広がるようになった……。


 むろんそんなことを俺がする訳がない。


 S級の魔獣と戦うことができるほどの戦闘能力に優れた者たちは当然レアな存在である。


 彼女たちを娼婦として働かせるよりも、別の道で稼いでもらった方がよほど儲かるという訳だ。


 彼女たちの多くはギルドなどで仕事を請け負う。


 そして、冒険者や傭兵のような仕事をしている。


 俺は、彼女たちが稼いだ報酬の何割かを代価として徴収している。


 いわば人材派遣業のようなものである。


 と……いえば聞こえばいいが、まあはっきり言ってやっていることは搾取である。


 この世界の仕事……ましてや冒険者や傭兵など……にノーリスクのものなどない。


 一歩間違えれば命を失う危険なものも多い。


 要するに俺は彼女たちが命をかけて稼いできたお金を横から奪っているようなものである。


 そもそも彼女たちは、もう一人で十分に生きていけるのだ。


 それなのに、ここにいるのは単に俺がアリスと同じように奴隷紋で彼女たちを縛っているからである。


 彼女たちが表面上俺に恭順しているのも、奴隷紋の制約があるからだ。


 ここに来ると勝手な話だが、罪悪感と不安感がどうしようもなく刺激されてしまう。


 ルナティック戦記のゲーム上では、帝国は征服地を搾取し、結果として民の反乱を招き、それが滅亡の要因となった。


 その中には彼女たちのような亜人種の人々が多い。


 そして、今俺の目の前には、同じくその内心に不満をかかえているであろうケモノ娘たちが大勢いる。


 その矛先は帝国ではなく俺の首なのである。


 その現実を見たくなくて、俺はいつも避けてきたのだが……。


「ライナス様……そのう……久しぶりに……アレをしてくれませんか……」


 ミレーヌはそう言うと、俺の方にまた一歩近づいてくる。


 俺は思わず後ずさりをする。


「え……アレって……」


「えっと……そのう昔みたいに……わたしの耳をなでてくれませんか?」


 ミレーヌはそういうと、少しばかり恥ずかしそうに顔をそむけて耳をヒョコヒョコさせている。


「い……いや……でも……」


「嫌……なのですか……やはりわたしのような獣の身体を触るのは……」

 

 ミレーヌが顔をシュンとさせて悲しそうな表情を浮かべる。


「い、いや……そういう訳では……」

 

 別に俺は耳に触りたくない訳ではない。

 

 というか……むしろ触りたい。

 

 モフモフ感が満載だし、触り心地もきっと最高だろう。

 

 それに、こんなに綺麗な女性の身体に密着できるなんて男なら誰でも歓喜するだろう。

 

 が……俺には一抹の……いやかなりの不安と恐怖がある。

 

 俺はミレーヌの長く鋭い爪をチラリと見る。

 

 彼女たちには奴隷紋が刻まれている。

 

 けれどもだからといって、その効果は絶対とはいえない。

 

 今のミレーヌの力ならば、一瞬で……奴隷紋の効果が及ぶ前に……俺の首をはねることもできるのかもしれない。

 

 ましてや密着状態ならばなおさらだ。


「ライナス様……お願いです。わたし……わたし……ライナス様ともっとふれあいたい……アリスばかりではなく……わたしとも……」

 

 ミレーヌはそう言うと、俺の方にジリジリと近づいてくる。

 

 顔もやけに真剣でやや強引とも取れる動きをしてくる。

 

 何よりも目が妖しく輝いているように見える。

 

 やはり俺の予感はあたっているのではないか……。

 

 彼女はやはりその爪で俺の首を狙っているに違いない。

 

 俺は脂汗をかきながら、後退しようとしたのだが……。

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