第14話 主人公がモブキャラの奴隷になった後のストーリーはどうなるのだろうか。

 帝国に向かうはずの怒りがそっくりそのまま俺に向かってきてもおかしくはない。


 帝国でさえ滅んでしまったのだ。


 俺のような辺境の奴隷商人などまさしくあっという間に潰されてしまうだろう。


 しかも、必要に迫られた合理的な報復ではなく、感情的な報復になるはずだ。


 そうなれば俺は一生付け狙われることになる。


 ただでさえ俺——奴隷商人——には敵が多い。


 これではファイア……いや引退逃亡どころではない。


 アリスに報復されなくても、今度は別の者たちの報復を恐れなくてはならなくなる。


 今後俺のFIREプランを成功させるためには、それだけは避けたい。


「うう……ああ……お母さま……お父さま……村のみんな……わたし……最後に会いたかった……」


 ルシウスは、もう目の焦点が合わずに虚ろな視線を送りながら、まるで懺悔をするようにつぶやいている。


 ……とまあ……結局のところあれこれと理屈をこねているが……。


 俺の心は、要するにルシウスを助けたいと思っている。


 いや……罪悪感を覚えたくないだけか。


 いずれにせよこの世界はゲームであって、ゲームではない。


 中にいる人間は、ゲームのように簡単には割り切れない。


 痛みも血も涙もリアルだ。


 そして、俺は5年を経過しても、まだこの世界のルールに完全には馴染めていない。


 そう……目の前で泣き叫んでいる人間を見殺しにするほど、強くはなれなかった。


 やはり俺は悲しいほどに、普通の人間……いやモブなのだ。


 悪役にも主人公にもなれない。


 俺は深呼吸をする。


 そして、ルシウスの体に慎重に触れる。


 ついで、俺は自分の手に意識を集中させて、俺のユニークスキル……対象者に奴隷紋を施すこと……を発動する。


 やがて、ルシウスの全身を妖しげな光が包みだす。


 発動したか……。


 やはりルシウスの力はほとんど残っていないようだ。


 奴隷紋を発動するには当然条件がある。


 今のように俺が直接相手の体に触れること。


 これは比較的簡単だ。


 だが、もう一つの条件は難しい。


 それは、相手が瀕死に近い状態であること……だ。


 死に瀕している相手の身体に触れて、強制的に奴隷状態にすること。


 要約すれば、これが俺のスキルだ。


 ……そう奴隷商人が忌み嫌われるのも当然。


 そんなえげつないスキルである。


 もっとも、自分よりレベルが10以上高い相手には通用しないから、あまり役には立たないのだが……。


 ちなみに、アリスの奴隷紋は俺が施したものではない。


 奴隷商人ことライナスが、アリスの身体に奴隷紋を施した。


 それは確かだ。


 だが、それは俺が転生する……奴隷商人として目覚める……前のことだ。


 瀕死の状態にあったアリスをライナスが偶然見つけて、奴隷にしたのか……。


 それともライナスがアリスを瀕死の状態に追いやったのか。


 俺は前者であることを祈りたい。


 が……そのことは未だにアリスに確認できていない。


 アリスからは特段何も言ってこないしな。


 まあ……面と向かって言える話でもないだろう。


 話を戻そう。


 なぜ俺がこの場面でルシウスを救うために、奴隷紋を施したのか。


 俺は回復魔法を使うことはできない。


 俺のユニークスキルは、奴隷紋を施すだけである。


 それでどうやってルシウスの怪我を治すというのか。


 答えは簡単で、奴隷紋にはサブ効果……いや副作用がある。


 奴隷紋を施すことで、対象者は全回復する。


 奴隷にするのに、死んでしまっては仕方がない。


 そういう術者の意図が込められているのだろう。


 とにかく奴隷紋を刻めば、どんなに酷い怪我も立ちどころに治ってしまう。


 ステータス異常——病気——ですら治ってしまう。


 ある意味で回復魔法としては最高に効力が高い。


 その分、デメリット……奴隷になってしまう……がとてつもなく大きいのだが。


 まあ……正確に言えば、あともう一つだけ副作用があるのだが……。


 だが、これは大した問題ではない。


 女性ならば少し問題ではあるが、ルシウスは男だしな。


 ルシウスの身体を包んでいた怪しげな光がやがて身体の一つの部分——下腹部——に集中する。


 そして、その光は最後に目が眩むばかりにまばゆく輝き、消失する。


 俺は、ルシウスの身体をあらためる。


 先ほどまで黒ずんでいた腹部は、つやのある瑞々しい肌へと変わっていた。


 ルシウスの顔や身体全体にあった傷も消えている。


 ルシウスは意識を失っているようだが、こころなしかその表情も穏やかなものに変わっていた。


 これでルシウスは死ぬことはないだろう。


 これだけ見れば、さも素晴らしい回復魔法のように見えるが……。


 先ほどなかったものもルシウスの身体には生まれていた。


 ルシウスの下腹部には鮮血のように赤い紋様……奴隷紋……が深く刻まれていた。


 そう……ルシウスは命を拾ったかわりに、俺の奴隷になったのだ。


 ルシウスが目覚めて、仮にまた反抗してきても、もはや俺——主人——を傷つけることはできない。


 いくらルシウスが奴隷紋を消すユニークスキルをもっていても、それを使うことを禁じてしまえば問題はない。


 俺はそこまで考えて思わず心の中で苦笑してしまう。


 結局……俺は自分のことしか考えていないのではないかと……。


 まあ……別に俺はいい人ではない。


 単なる凡人であり、普通の人間だ。


 俺はふうとため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。


 さてと……男とはいえ、さすがにいつまでも裸のままだと具合が悪いか……。


 それにいくらルシウスが美青年だとはいえ、あまり男の裸を視界に入れたくはないしな。

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