第15話 ヒロインが主人公をお姫様だっこするところなんて見たくなかった……

 なにか手頃な布でも被せてやるか。


 そう……俺がルシウスの身体の隅々まで観察できたのは、もう一つの副作用のおかげである。


 奴隷紋を施すと相手は全裸になる。


 けれど、ルシウスのような男にとってはたいしたことではないだろう。


 が……女性……ましてやうら若き乙女にとってはかなりの屈辱だろう。


 最初に出会った時に、アリスがいきなり俺に斬り掛かってきたのは、そういうことも原因だったのかもしれない。


 アリスは奴隷紋をその身に刻まれた際に、全裸にされている……ということだからな。


 まあ……残念なことに……いやありがたいことに転生前だから、俺にはその記憶はないが。


 それにしても……ルシウスのやつ……。


 いくら主人公補正がかかっているとはいえ……肌艶が本当にきれいだな。


 意識を失い、無防備に生まれたままの姿をさらすルシウスを俺はチラリと見る。


 シミもないし、毛もないし、男とは思えない。


 それに胸は下手な女性より、よほど大きいし、下にもなにもついていないし——


 え……って……。


「……ご主人様」


「う、うおぉ!」

 

 いつの間にかアリスが俺の真後ろに立っていた。

 

 いきなりアリスに声をかけられて、俺は飛び上がらんばかりに驚いてしまった。


「……いつまでその女のことを見ていらっしゃるのですか?」


「え……い、いや……女……まさか……ルシウスは女性だったのか……いやだけど——」


「差し支えなければ……後の処理はいつものようにわたしがさせていただきます。いつまでもこの女の下品な姿をご主人様のお目にさらすのも失礼かと……」


「え……別に……俺は気になら——」


「……いつものようにこの女を今すぐにどかす……ということでよろしいですね」


 アリスは、俺の言葉を途中で遮ると、俺を睨んでくる。


「も、もちろん」

 

 そのアリスの剣幕に俺は圧倒され、脊髄反射でそう答える。

 

 と、アリスは、ルシウスの前でかがみ込むと、ひょいとルシウスの体をその両手で抱える。

 

 この華奢な身体にどこにそんな力があるんだと……俺は眼前の光景に首をかしげてしまう。

 

 アリスはルシウスの身体をいわゆるお姫様抱っこ状態にする。

 

 そして、そのままさっさとその場から離れていく。

 

 ヒロインが主人公を抱っこしている。

 

 そのなんともいえぬ光景を俺は複雑な気持ちで見ていた。

 

 俺が今の今まで培ってきたルナティック戦記の主人公——ルシウス——とヒロイン——アリス——のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。

 

 それにしても……ルシウス——主人公——は女だったのか。

 

 確かに「ルナティック戦記」の主人公の性別は公式には何故か明記されていない。

 

 他のパーティーメンバーには男女の表記があるのにも関わらず……。

 

 しかし、基本的にルシウスはその名前も言葉づかいも完全に男である。


 それに、当時のRPGにおいて、女主人公はほとんどいなかった。


 だから、当然俺も含めてみなルシウスは男だと認識していた。


 制作者が公式に男と表記していないのは、単に忘れただけ、あるいはあえて表記する必要もないほどに自明なこと……だからだろう。


 その程度に思っていたのだが……実は制作者の深淵なる性癖……いや想いが潜んでいたのかもしれないな……。


 そういえば……一部界隈で、ルシウスを勝手に女認定して、妄想を爆発させた同人誌を作っていたが……。


 まさか実はあれが「正史」だったのか……。


「ご主人様……一つ確認なのですが……紋を刻んだ以上、この女も他の下僕たちと同様の扱いでよろしいのですね?」

 

 アリスがなにかを思い出しかのようにふと立ち止まり、こちらを振り返る。


「え……と、そ、そうだな。とりあえず、屋敷の近くに住んでもらって……。落ち着いたら仕事を……い、いや……そこは後で考えるよ」


「……かしこまりました。ではいつものようにわたしがしっかりと躾をいたします」

 

 アリスは表情をかえずにそう言う。

 

 が……なにかアリスのその物言いと態度には含みがあった。

 

 いや……もっとありていに言うと不満があるように俺には思えた。

 

 きっとアリスは、俺の行動を軽蔑しているのだろう。


 客観的に見て、俺がルシウスにした行為は次の通りである。


 女性であるルシウスに奴隷紋を刻みこみ、あられもない姿にした。


 そして、裸のルシウスを下品な目で見ていた……。


『なんて……下劣な男なのかしら』


 そんなアリスの声が聞こえてきそうである。


 女性であり、同じ立場に置かれたことのあるアリスがそんな想いを抱くのは当然なのかもしれない。


 現にアリスはため息をつきながら、なにかブツブツとつぶやいている。


 また俺に対する愚痴だろう。


 距離があって何を言っているか、聞こえないが……。


 ……ある意味その方がよいかもしれないな。


 若い女性に面と向かって、ディスられるのは精神にくるものがある。

 

 そうした事柄には慣れているとはいえ、嫌なものは嫌である。


 前世の嫌な思い出が蘇ってきそうだ……。


「まったく……ご主人さまのお人好しぶりには困ったものです。自分に害をなそうとした人間の命を救うなんて。しかも下僕とは思えない待遇を与えて……わたしも5年前に同じ慈悲を与えられて……だからこそわたしはご主人さまのことをこんなにも——ああ……わかっています……ご主人さまは誰に対しても優しいということは……でもその優しさはわたしだけに向けていただきたい……そう思ってしまうのはわたしの未熟ゆえのわがままなのでしょうか……」

 

 アリスはしばらく立ち止まり、仰ぐように天井を見上げていた。

 

 こころなしかアリスは身体を震わせているように思える。

 

 ……アリスはそんなに怒りに耐えているのだろうか……。

 

 また……あの極大魔法を唱えられたら今度こそ——いや……奴隷紋を使えばなんとかなるのか……。

 

 俺が緊張におののいていると、やがてアリスは再び歩き出す。


 そして、アリスは、ルシウスを抱きかかえたまま、店から出ていってしまう。

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