第12話 主人公は失禁するわ、ヒロインの様子はおかしいし、もうめちゃくちゃだ……

「いやだぁ……死にたくない……死にたくない……お願いですぅ……何でもしますから……ああ……」


 ルシウスは必死に身悶えするが、既に動く力は残っていないようで、ただ身体を震わせるのが精一杯といった様子である。


「あ……ああ……ダメなのに……」

 

 と、突然ルシウスの様子が一層おかしくなる。


 なにかを必死に我慢するように顔をぷるぷるとさせて——。


「ああ……出る……出ちゃう………」


 ルシウスがそう押し殺したような声を出す。


 と、ルシウスの下半身が濡れだして——。


 ……どうやらルシウスは恐怖のあまり失禁してしまったらしい。

 

 俺はルシウスのその惨状を見ても、哀れみは覚えなかった。

 

 むしろ我が身のこととして見ていた。

 

 いやそれどころか、ルシウスに親しみすら覚えてしまったくらいだ。

 

 なにせ俺も先ほどアリスに闇魔法を発動されかけた時、少しばかり……その漏らしてしまったからな……。

 

 ルシウスはゲームの中の主人公ではあるが、れっきとした一人の人間である。

 

 だから、恐怖で泣きわめくこともあれば、生きるためには命乞いだってする。

 

 そう……俺のように。


「……これ以上捨て置くのはかえって残酷ですね……。いま楽に——」


「ま……待て! アリス」

 

 俺は思わず強い意思を抱き、無理矢理にでもアリスを止めようと考えてしまった。

 

 そして、そのことは意図せずして、再びアリスの奴隷紋を発動させることとなってしまい——


「ううんっ!! ああ……また……きたわ……この感覚……」

 

 アリスは顔をピクリとさせて、押し殺したような声を漏らす。


 先ほどまで無表情だったアリスの顔は今は眉根をよせて苦悶の表情へ——。


 い、いや……妙にアリスは嬉しそうな……それどころか、恍惚感を覚えているような——。


「す……すまない……アリス……つい……」


「い、いえ……ご主人さま……また聖紋を使ってくださるとは……フフ……予想外で驚いてしまっただけです……」


 アリスはそう言うと、含みのある笑みを浮かべている。

 

 これは……いったい……アリスの皮肉なのだろうか……。

 

 俺はアリスのその不可思議な微笑を見て見ぬふりをして、


「え、えっと……ごほん……そのこの人の処遇だが、待ってくれないか。少し考えたいんだ」

 

 わざとらしく咳払いをして、そう言う。


「……かしこまりました。しかし……ご主人様。失礼ながら、急いだ方がよろしいかと……いずれにせよこの者はもう長くはないかと……」

 

 アリスはそう言うとかがみ込み、ルシウスの身体をあらためる。


 そして、アリスは、壊れかけてボロボロになったルシウスの甲冑を無造作に取り外す。


 と……ルシウスの腹部が露わになる。


 俺ははっと息をのむ。


 ルシウスの腹部はどす黒い色にそまっていた。


 ルシウスの顔を見ると、呼吸が荒くなり、いつのまにかその表情も文字どおり青白くなっていた。


 アリスが言うように、素人の俺が傍目から見てもルシウスが酷い状態であることはよくわかる。


 「申し訳ありません。ご主人さま。いつもは加減をするのですが……この者がわたしとご主人さまとの大切な紋を奪おうとしたものですから……ついつい加減を忘れてしまいまして……」


 アリスは、そう言うと、恭しく頭を下げる。


「……そうか」


 俺はなるほどといった風で訳知り顔でウンウンと頷く。


 ……が、正直なところアリスが何を言っているのかはよくわからない。


 アリスがなぜこんなにもルシウスに対して敵意をむき出しにしているのかは相変わらず謎のままだ。


 俺は頷きながら、アリスを盗み見ながら、考える。


 今のアリスは俺に対して敵意を抱いている風には見えない。


 それどころか、口数もいつもより多いし、こころなしか妙にテンションも高い気がする。


 何かがアリスの身に起こった……のだろうか。


 例えば、ルシウスが、奴隷紋を解呪しようとした際に対象者——アリス——に何らかの副作用が生じた……とか。


 正直に言えば、俺は奴隷紋に対する知識はあまりない。


 ゲーム上では最序盤の「奴隷商人」のイベントでしか言及されていないし、その後では登場しない。


 主人公——ルシウス——の証として示される奴隷紋を解呪する力もその後は使われることはない。


 完全に制作者がノリで設定したような能力である。


 ……まあゲームや小説の設定なんて、だいたい大味の適当なものだから、たいして気になりはしなかったが……。


 とはいえ、今ではそのガバガバ設定が俺の命運を握っているのかもしれない。


「……ご主人様……」


「え、は、はい!」


 いつの間にかアリスが目の前に来ていた。


 アリスは、


「なにか気になることでも……わたしのことを先程から見ておられましたが……それに……今日は久しぶりに……その……何度も紋を……わたしの身体を使ってくださって……」

 

 と、上目遣いに伺うように見てくる。

 

 可憐なメイド服は先程の闘い……というにはあまりにも一方的かつ一瞬であったが……により、埃が付着していて、少しばかり汚れていた。

 

 よく見るともともと短いスカート丈がめくれていて、アリスの艶めかしい太ももがあわらになっている。

 

 胸元のフリルも少しばかり破けてアリスの豊満な胸が大胆に露出していて……

 

 俺はあわてて自分の視線をアリスの身体から顔へとそらす。

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