第8話 ついに死亡フラグが立ってしまった……

 だ、ダメだ……フラグの会話イベントが動きだして——。


 うん……待てよ……俺が覚えている内容と少し違う気が……。


 いや……そんな細かいことはどうでもいい。


 それよりもなによりも……俺はまだ死にたくない。


 だから、なりふりなんてかまっていられるか。


 俺は、アリスとルシウスが話し込んでいるのをこれ幸いと、猛ダッシュを決め込んだ。


 ああ……わかっているさ。


 実に惨めで情けない。


 だけど、潔く死を受け入れるほどに俺は前世も二度目の人生も楽しんでいない。


 俺は自分のその気持ちにいささか驚いていた。


 諦めたつもりだった。


 だけど……一度助かったと思ったからなのか、驚くほどに俺は自分の生に執着していたようだ。


「ご主人様……いったい……何を……どちらに行かれるのですか?」

 

 当然、俺の逃亡はすぐにアリスに見咎められた。

 

 なにせアリスの今のステータスはラスボス以上なのだ。


 『知らなかったのですか? わたしからは逃げられない……』

 

 そんな大魔王の……いやアリスの冷たい声が聞こえてきそうだ。

 

 わかっているさ。

 

 ラスボスから「逃亡」できる訳がない。

 

 それにイベント戦で……ましてやモブ敵が「逃走」するコマンドなどあるはずがない。


 だが……たとえ無駄だとわかっていてもやれることは全部やってから死にたい。


「アリス! 主人公……いやルシウスを止めろ!」

 

 俺は最後の手段……そうアリスの肉体に刻まれし奴隷紋を発動した。

 

 最低の行為だとわかっている。

 

 だが……大人しく死ぬよりマシだ。

 

 それでも結局のところ大した時間稼ぎにすらならないだろうがな……。

 

 いや……そもそも今のアリスに俺の奴隷紋は通じるのだろうか。

 

 俺は祈るような気持ちでアリスを見る。

 

 と……アリスの身体が鈍く妖しい光を帯び始める。

 

 発動したのか……よし……これならばしばしの時間を——。


「ああ……この感覚……本当に久々です……。ご主人様……聖紋をわたしとご主人様の神聖な絆を再び使ってくださったのですね……。フフ……ご主人様の命……しかとこの忠実なるご主人さまの第一の下僕……アリス・ルーンホールド受け止めましたわ。そう……わたしこそが第一なのです。この絆を授かったのは……他の女たちではなく……わたしこそが……」

 

 アリスが虚空を見つめながら、なにかをつぶやいている。

 

 俺に対する呪詛かなにかだろうか……。


 アリスに対して奴隷紋を使ったことは数えるほどしかない。

 

 初めて会った際に殺されかけた時とそれから本当にどうしようもなかった時……。

 

 人の意思を強制的に縛るなんて最低な行為だからな。

 

 きっとアリスは俺に対する憎しみをさらに強めていることだろう。

 

 実際、アリスからは並々ならぬ暗いオーラが漂っているように見える。


 俺はその様子を横目にして、背筋を寒々とさせながらも、必死に走り、ルシウスの方へと目を向ける。

 

 と、ルシウスは予想通りといったすました顔で、あの言葉……俺の死亡フラグ……を叫ぶ……叫んでしまう。 


「アリス姫……安心してください! この男が何をしようとも、僕にはこの力があります!」

 

 ルシウスが片手を天高くかかげている。


「あなたはさっきから何を——な……こ、これは……いったい——」

 

 アリスが驚きの表情を浮かべると、ついで彼女の身体がまばゆいばかりの光に包まれる。 

 

 俺はゼエゼエと走りながら、肩越しにその閃光に目をくらませる。

 

 くっ……やはり奴隷紋が解呪されてしまうのか……。

 

 もう時間が……俺の死までカウントダウンがはじまってしまった。

 

 しかし……あと少しで出口だ。

 

 あともう少し時間を稼げれば……逃げ切れる。


 だが俺の願いもむなしく、光はすぐにおさまってしまう。

 

 アリスは自分の身に何が起きたのかとあっけにとらわれている。

 

 そして、ルシウスがアリスの方を見つめて、

 

「アリス姫……あなたを縛っていた忌まわしき鎖……奴隷紋はいま僕が外しました」

 

 と、微笑みかける。

 

 その笑顔は、敵である俺が見ても悔しいくらいのイケメンっぷりである。

 

 まさに主人公らしい立ち振る舞いといえるだろう。

 

 それに比べて俺は……。

 

 汗をかきまくって全力疾走で逃げている。

 

 早く……早く……この場からこの扉を開いて俺は……もうあとワンフレーズで俺の命は……。

 

 と、次の瞬間、俺は手にかけていた出口の扉の前で立ちすくしてしまう。


「なんですって……聖紋を……わたしとご主人様の神聖な絆を……消したですって……」

 

 アリスの言葉がこだました。

 

 あまりにも冷たく透き通るような声が……。

 

 ついで全身をゾワリとする悪寒が襲った。

 

 俺は今すぐここから逃げなければならない。

 

 今すぐこの裏口の扉を開けなければならない。

 

 頭でわかっていても後ろを振り返るのを止められなかった。

 

 それだけ強烈な殺気だった。

 

 先ほどの大呪文を唱えていた時と同等いや……それ以上の……。

 

 く……やはり……間に合わなかったのか。


 俺は結局ここで……。


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