第6話 危機が去ったと思ったら、主人公がカチコミに来たんだが……

 俺は今の今まで白昼夢でも見ていたのだろうか。


 思わずそんな風に思ってしまった。


 俺は呆然としながら、アリスに話しかけようとしたのだが、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。


 アリスは先ほどと同じくらいに殺気立っている。


 だが、アリスは俺の方を向いていない。


 アリスはなぜかは不明だが、俺に背中を向けている。


 そして、店の扉の方をじいーっと睨んでいる。


 しかし、アリスが見つめる先には何の変哲もない観音開きの木の扉しかない。


 俺がアリスの振る舞いに違和感を覚えたその時……。


「誰……出てきなさい」

 

 アリスがそう一言告げる。

 

 先ほどと打って変わっていつもの冷静な声だった。


 しかし、その声には明確な敵意が宿っていた。

 

 そして、やや間があいて、扉が開かれて、一人の女……いや男が入ってきた。

 

 その人物は、男にしてはだいぶ華奢で顔立ちも女のように美しかった。


「突然……失礼します」

 

 男は礼儀正しくそう告げて、うやうやしく頭を下げる。

 

 その仕草はあまりにもわざとらしく、芝居がかっている。

 

 他の人間が同じことを行えばさぞかし滑稽に思えただろう。

 

 だが、俺は男のその一連の動作はとても洗練されていて優雅なものに見えた。

 

 なぜなら、それは男の外見があまりにも人並み外れたものだったからだ。

 

 軽鎧を身にまとったその騎士は男の俺でも思わず目を引くほどに整った顔をしていた。

 

 鎧で武装していなければ女性と見紛うばかりの中性的で美しい顔。

 

 なによりも、その騎士はまるで後光でも差しているかのように圧倒的なオーラのようなものが感じられた。

 

 年齢的にはおそらくアリスと同じくらいに若い。

 

 それでもとても凛々しく見えてしまうのは、類まれな外見……いや彼が纏っている雰囲気全体がそうさせるのか。

 

 日があまりに入らない薄暗い奴隷店——俺の店にいても、その男の場所にだけはまるでスポットライトが指しているかのようなそんな錯覚すら覚えてしまう。

 

 それに、この騎士が身につけている剣……。

 

 まるで月明かりを反射しているかのような美しく青白い光……。

 

 たとえるなら、聖剣とでもいっても過言がないほどに、神々しい。

 

 そんな神秘的な聖剣を纏った麗しき騎士。

 

 まるで映画や劇の主役……そう主人公のようなオーラを全身から漂わせている。

 

 うん……聖剣……主人公……ってまさか——。


「僕はルシウス・レピドゥスと申します。ぶしつけてすまないが、人を探しているのです。名前はアリス……という年若い女性です」

 

 俺はその瞬間……電撃で打たれたような衝撃が全身を駆け巡った。

 

 ま、間違いない……ルシウス・レピドゥス……やつはこのルミナス戦記の主人公だ。

 

 そして、アリスと一緒になって、俺を殺す男だ。

 

 だが……なぜ今ここに……。

 

 主人公がこの街を訪れるのは帝国の大規模な隣国への侵略がはじまってからのはずだ。

 

 というかそれがルミナス戦記のストーリーのはじまりなのだ。

 

 だから、帝国の動向については常に情報収集していた。


 だが、そんな話はまったく聞こえてきていない。


 本当にこの男は主人公ルシウスなのか……。


 だが、この圧倒的なオーラ……。


 それに腰にかざした光を放つ神々しい剣……あれは聖剣……月光剣……。


 主人公限定の装備アイテム……。


 あれが月光剣ならば、俺の目の前にいる男はルシウス以外に考えられない。


 俺は混乱する頭でルシウスのことを見る。


 ルシウスはといえば、先ほどと同じく非常に礼儀正しく振る舞ってはいた。


 だが、ルシウスの目の奥には非難と蔑みの色がはっきりと見て取れた。


 間違いなく……ルシウスは俺に敵意を抱いている。


 いや……奴隷商人に対して好意的に振る舞う者などいない。


 これは俺——奴隷商人——に対して人々が向ける一般的な態度だ。


 つまり、ルシウスはまだ俺の正体——アリスを奴隷にしていること——に気づいていないはずだ。


 ここはなんとかごまかしてイベントの発動を防がなければ——


「……わたしがアリスです。ですが……あなたはいったい何者ですか? 何の目的があってここに……」

 

 と、アリスが怪訝な顔をしながら、ルシウスに返答する。

 

 ま、まずい……

 

 アリスとルシウスを話させてはならない。

 

 このままではイベントが……俺の死亡イベントのフラグが発生してしまう。


「あ、アリス……待て——」


「それでは……あなたが……アリス姫……ルーンホールド王国の姫君なのですか!」


 ルシウスは、驚きと喜びが入り混じったような表情を浮かべながら、歓喜極まったような声を上げる。


「わたしの素性を知っている……あなたはいったい……」


「説明が遅れてすまない。僕は反帝国の同盟に所属している。あなたを……ルーンホールド王国の姫君であるアリス姫を救出しにきたんだ。奴隷商に捕らわれたという噂は聞いてはいたけれど……」


 ルシウスはそこまで言うと、俺の方をきっと睨む。


 男でありながらも、その美しい容姿で見られると、どうにも目を惹きつけられてしまう。


 正直男には見えないほどだ。


 普通に綺麗な女性に見える。


 そういえば、なぜか妙に女性っぽい描写があったりして、一部でルシウス=女説があったが……。


 実際、一部にはアリスよりルシウスを勝手にヒロイン認定して、たくましく妄想を発展させている輩もいたが……。


 俺はそういう輩を白い目で見ていたが……リアルに——8Kで——ルシウスを見ると彼らの気持ちもあながちわかってしまう。


 全く肌を露出していない無骨な鎧姿で、当然化粧もしていないだろうに妙な色香がある。


 これも主人公補正のカリスマ性がなせる業なのだろうか。


 ……って、ルシウスの美貌に見惚れている場合ではない。


 今は自分の命のことを考えなければ……。


「祖国を失ったアリス姫を……女性を……奴隷にするなんて、本当に卑劣な男……女として絶対に許せない……」


 ルシウスはそう小さな声で何かをつぶやくと、拳を握りしめて、俺を睨みつける。


 ルシウスのその美しい顔は歪み、その瞳は怒りに燃えていた。


 どうやら早くも俺は完全にルシウスの恨みを買ってしまったようだ。


 奴隷商人であり、俺がこれまで行ってきたことを考えれば当然なのだが……。


 ルシウスは、腰に指した聖剣……月光剣をゆっくりと抜く。


 そして、その神秘的な剣の切先を俺に向けるのであった……。


「アリス姫を解放してください。さもなければ……わたし……ごほん……僕とこの聖剣があなたを裁きます」


 ま、まずいぞ……。


 嫌な予感はしていたが、やはり完全に俺の記憶にある会話イベントが発生している。

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