第4話 ヒロインの殺気がやばいんだが……

 そう……アリスは美しさだけではなく、その力も尋常ではないレベルにまで成長してしまった……。


 はっきり言うと、今のアリスはこのゲームのラスボス以上のステータスをもつ化け物になってしまった。


 この原因は皮肉なことにというか……本当に愚かなことに俺にある。


 俺は、持ち前のゲーム知識を利用して、この5年、アリスを助けるために色々と手助けをした。


 アリスは俺がゲームでメインとして使っていたキャラだし、愛着もあった。


 それに俺はアリスの不憫な事情も知っているし、単純に仲良くなりたかった。


 そういう訳で俺は立場も忘れて、いつの間にかアリスのレベリングに熱中して、気がつけばこの有り様だ。


 しかし、本来ルナティック戦記では、主人公サイドの味方のHPなどには上限がある。


 レベルは99がマックスだし、HPだって9000前後、他のステータス値もせいぜい90程度が限界なのだ。


 ゲームバランス的にプレイヤーは多種多少な手段——アイテムや回復魔法——を使えるのに対して、敵側はたいてい人数も手段も制約されている。


 だから、ゲームとしてはごくありふれた設定ではあるのだが……。


 なぜプレイヤーの操作キャラであるアリスのステータスがこうまで異常な値まで成長してしまったのか……。


 正直にいって、アリスのステータス値はゲームバランスを完全に崩壊させてしまっている。


 普通に今のアリスが一人でラストダンジョン——まだ出現していないが……——にぶらりと行けば、タイマンでラスボスに勝てるレベルになってしまっている。


 一方で俺——奴隷商人——は、まったく成長しなかった。


 いずれ……というか下手したら数週間後……俺の敵となるアリスは化け物みたいなステータスに成長した。


 そして、アリスは俺に対するヘイトを持ち続けている。


 ゲームでいえば完全に摘んだ状態だ。


 しかし、これはもはやゲームではない……。


 今ではこの世界こそが確かに俺の現実なのである。


「……ご主人様……それで今日はどのような要件ですか。大事なお話と聞いておりますが……」

 

 アリスはそう言うと、射抜くような冷たい視線を俺に向ける。


 そう……この世界はリアルだ……この胃の痛みだって……。

 

 だから、俺はこのストレスを今日ここで終わらせることにしたのだ。

 

 そう……俺はアリスを解放し、ここから逃げ出すのだ。

 

 シナリオのフラグをへし折るにはそうするしかない。

 

 本当は主人公に正々堂々と立ち向かって、勝つのがかっこいいのだろうが……。

 

 そんなことができるのはゲームの中の世界だけだ。

 

 ……って……この世界はゲームの中か……。


 が……まあ俺は主人公ではない。


 前世と同様にその他大勢の人間……単なるモブキャラだ。

 

 そういう人間は、人生において諦めと妥協をすることが肝心だ。

 

 前世でそれは散々経験したから、慣れている。


「ああ……そうだ。アリス……アリスにとってとても大切な話がある」


 俺は深い嘆息をついて、そうアリスに告げる。


 と、途端にアリスの様子が目に見えておかしくなる。


「……た、大切な話……ですか……フフフ……ご主人様……やっと……やっとわたしの想いに気づいてくれたのですね……わたし、失礼ながら……いまか、いまかと待ちくたびれておりました。わたしは、もう婚姻できる年齢になってから、だいぶ経ちますし……」


 目を爛々と輝かせて、顔もニンマリとさせている。

 

 正直、アリスのこんな表情はここ最近では見たことがない。

 

 そんなに俺から解放されるのが嬉しいのか……。

 

 実に身勝手な話だが、少しばかり気落ちしてしまう。

 

 いや……だが、それでアリスが俺を許してくれるのなら、まだマシか。


 優秀なアリスのことだ。


 俺の様子がおかしいことや俺が密かにしていた逃亡の準備に感づいていてもおかしくない。


 しかし、こんなに喜んでいるということは、解放するのならば、俺を見逃してくれるということなのだろうか。


 いや……もしや……俺に復讐できることに喜びを見出しているのだろうか。


「あ、ああ……すまないアリスはもう18歳になるというのに、こんな場所に縛り付けてしまって……だ、だがそれももうおしまいだ。実は俺は君を解放しようと思っているんだ……だ、だから……頼む。命だけは——」


 アリスはしばらく無言のままだった。


 ただ口をあんぐりと開けて、呆けたような顔を浮かべてポカーンとしている。


 アリスがこれだけ驚いている表情を見るのもまたはじめてのことだった。


 いや……あの寝相を指摘した時以来か……。


 たぶん一分くらいそんな調子だったと思う。


 俺は一瞬、アリスに俺の言葉が通じていないのではと思ったくらいだ。


「えっと……その……アリス……聞こえているかな?」

 

 ためらいがちにそう言った瞬間、俺の全身の毛が総毛立った。


 というのも……アリスの美しい青い目が、見たこともないほどの殺気を帯びて、俺を睨んでいたからだ。


 正直、最初に会った時……殺されかけた時よりも殺気立っていた。


 あ……ダメだ……これ……。


 俺……終わったわ……。


 俺の脳裏にはアリスに屠られる映像が鮮明に浮かんでいた。

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