第2話 仲良くなれなかったヒロインとの思い出

 俺は目の前に佇むアリスをチラリと見る。


 まだ幼さを残していた少女は今では立派な女性に成長した。


 アリスの今の年齢はおそらく18歳といったところか。


 転生した初日に俺はアリスに出会い、そしていきなり殺されかけた。


 ある意味これ以上はないという最悪の出会いだった。


 アリスからすれば俺は彼女を買った忌まわしき奴隷商人だ。


 だから、彼女が俺を恨み、刃を向けるのはある意味やむを得ないといえる。


 だけど、時間をかけて真摯に接していればいつか彼女との関係も改善する。


 そんな風に思っていた時期が俺にもありました……。


 当時の俺を思いっきり殴って、目を冷ましてやりたい。


 35歳=童貞だった俺が少女と仲良くなどできるわけがないだろう!っと……。


 きっと憧れのゲームの中に転生して、さらに初恋のアリスに会って、テンションが上がって調子に乗ってしまったのだろう。


 それに俺が読んでいたラノベでは、ヒロインたちが転生した主人公に惚れて、ハーレム生活を送るというのが王道だ。


 だから、勘違いしてしまったのだろう。


 だが、俺は転生したとはいえ、主人公ではない。


 単なるモブ悪役……奴隷商人なのだ。


 結局、5年の歳月を経ても、俺とアリスの関係は改善することはなかった。


 しかし……ずっと関係が悪かった訳ではない。


 比較的うまくいっていた時期もあった。


 俺とアリスの関係は当初は言うまでもなく最悪の関係にあった。


 アリスは、いつも俺に対して押さえきれぬ憎しみをぶつけてきた。


「あなたは、卑しい奴隷商人です。わたしはこんな小細工で絶対に騙されはしません!」


 そう……俺はアリスが言うように姑息な小細工をしていた。


 俺はアリスに対して、できうる限り優しく接したのだ。


 それはもちろん死にたくないという打算もあった。


 だが、俺の本心でもあった。


 なにせアリスは当時まだほんの子供……せいぜいが13歳くらいだったのだ。


 いくら俺でもそんな子供に冷たくあたることはできない。


 それに一緒に暮らす内に情というものも湧いてくる。


 そういう訳で俺とアリスの関係は徐々に好転していき、良き隣人くらいにはなった。


 というよりも、アリスとはつい一年ほど前まで寝床もともにしていたくらいだ。


 ……誤解をされる前に言っておきたいのだが、別に俺が強制した訳ではないし、子供をどうこうする趣味はない。


 アリスは帝国に王国を滅ぼされた際に酷いトラウマを負っていた。


 王国滅亡時に、彼女の父親と母親——王と王妃——が帝国の手のものによって殺されているのだ。


 アリスは、酷い悪夢に毎晩うなされていた。


 アリスの悲鳴は別の部屋にいる俺にも聞こえるくらいであった。


 俺はさすがに見ていられなくなった。


 そして、ついつい「一緒の部屋で寝ようか?」とアリスに提案したのである。


 誓ってもいいが、俺にはまったく不埒な気持ちはなかった。


 純粋にアリスの悪夢を少しでも軽減できればと思っただけであった。


 アリスは当然のように「ふ、ふざけないでください! なぜわたしがあなたなんかと!」


 と、俺の提案を速攻で拒否した。


 しかし……いつからかアリスは俺の寝室に無言でやってきて、ベッドに滑り込むようになった。


「ご、誤解しないでください。わ、わたしは……あなたのことが嫌いです。……で、ですが……この数ヶ月一緒にいて最低限……本当に最低限ですが信用に足る人間だとわかりました。それに……わたしは、夜……一人でいると……どうしようもなくあの日を思い出して、怖いのです」

 

 そう幼い体を震わせながら、俺の背中に手を当てていた時もあった。


 そう……そんな時もあったのだ。


「——主人様……何かありましたか? 失礼ですが、先ほどからその視線が気になるのですが……」

 

 その声で俺は現実に立ち戻される。

 

 目の前には、アリスが眉根をよせて、怪訝な顔で俺を見ている。


「あ……い、いやなんでもない」

 

 俺は慌ててアリスから目をそらす。

 

 ついつい昔を思い出して、アリスをじっと見てしまった。

 

 ……またこれでアリスの俺に対する評価は落ちてしまっただろうな……。

 

 俺はふうと小さなため息をついて、過去を懐かしむ。

 

 どうしてこうなってしまったのか。

 やはりアレが原因なのか。

 

 俺は再び過去の記憶の糸をたどる。


 幼かったとはいえ、アリスは一応女性である。

 

 さすがに部屋は一緒でもベッドも同じという訳にはいかない。


 だから、俺は毎日のように床で寝ていた。


 おかげで酷い腰痛になってしまった。


 だが、それでも俺は満足していた。


 同じ部屋で寝るようになってから、アリスが悪夢でうなされることがだいぶ少なくなったのだ。


 こんな俺でもアリスの役にたっている……


 アリスも俺のことを少しは信用するようになってくれた。


 俺は勝手にそう思っていたのだが……。


 が……それは俺の勘違いだった。


「なぜ……あなたはそんな態度を奴隷のわたしに対して取るのですか……。わたしはあなたを憎まなければならないのに……これではわたしはあなたのことを憎むどころか……」


 こんな調子でアリスと話をする度に俺は、アリスに詰問されて、睨まれた。


 月日を経ても、アリスは俺に対していつも冷たかった。


 次第にアリスは、俺と話すたびに、いつも頬を赤らめて、目をそらすようになった。


 そして、少し離れた場所から俺に対して怒り気味に何やらブツブツ言いながら睨まれることが多くなった。


 正直、俺は前世で友達もいなかったし、もちろん女性にも縁のないオッサンだった。


 ……つまり、人の気持ち……女性……ましてや少女の気持ちなどわかりようがない。


 だから、アリスとのコミュニケーションもこんな調子で終始うまくはいかなかった。


 アリスが大人になるにつれて、ますます距離ができてしまった気がする。


 それでも、一緒の部屋で寝ていた時は、俺とアリスの関係はなんとかうまくいっていた。


 だが……それもある日を境にして、続けることができなくなってしまった。

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