英雄譚の終わりと始まり 2nd
小鳥がさえずる穏やかな朝、少女は長い渡り廊下を焦燥に駆られながら走っていた。道中、懐中時計を取り出して時間を確認する。
「うわわっ、もうすぐ一限目の鐘が鳴っちゃう!?」
懐中時計の長針が指し示す先を見てみれば、彼女に残された時間はせいぜい三分程度。
「本当に遅刻しちゃうぅぅぅ!!」
悲鳴にも似た叫び声をあげて、彼女は若干涙目になりながらも走り続けた。
「……」
一方、その後ろを追従するメタドールと言えば。
『どどどどうなってんだ! なんで俺は生きてる!? なんでメタドールに!? というか此処どこなんだよおおお!!!』
悲痛な叫びを力の限り出し続けていた。
(なんだ? 本当に何が起きている? 俺は夢でも見ているのか? もしくは異世界転生……いや別に異世界じゃねえのよ)
彼は混乱していた。
ついさっき何者かに殺された筈が何故か生きていて、しかもメタドールとなって目を覚ます。
(あーもう本当にどうなって……ん?)
そんな異常事態にパニックを起こしていた彼だが、感情を存分に爆発させたお陰で少しだけ落ち着きを取り戻し、周りを見れる程度には冷静となっていた。
(此処、ドロイド学園か?)
そのお陰でルークは、此処が自分にとって馴染み深い場所である事に気づく事が出来た。
ドロイド学園、人形術師の育成を目的とする養成施設である。
(懐かしいな〜、全然変わってない……って、そういや卒業したの三年前か)
ルークは、そんなドロイド学園の設立当初に入学して人形術師となった者の一人であり、世間からは一期生組などと呼ばれていた。
(という事は、この子はドロイド学園の生徒か)
ようやく話が見えてきたルークは、徐々に平静さを取り戻していく。
(で、俺は何故か彼女のメタドールになってしまっていると。……本当に意味不明だが、ひとまずは安全と考えて良さそうだな)
ドロイド学園は、リビングドールを倒せる人形術師を育てる要となる施設で、国にとっても重要度が高い。故に警備も堅く、不審者が侵入する事は滅多に無い。
(まあ何をするにしても、現状を知らなきゃ始まらないな)
差し迫った危機も無い事が分かったルークは、これからどうするべきかを思案する。
(当面の目標は、自由に体を動かせるようにする事。それが出来るまでは情報収集に徹するようにする)
自分のやるべき事、死ぬ前にあった心残り。何が必要でどんな情報を探すべきか。ルークは一日たっぷり掛けて考え続けるのだった。
なお、少女は鐘が鳴る前に無事教室へと辿り着き、席に座る事が出来た。
▼▼▼
(うーん)
情報収集を始めてから数日、ルークは早くも壁にぶち当たった。
(ダメだ。全く情報が集まらん)
分かってはいた事だが、やはり自発的に動けないとなると、出来る事は非常に限られてくる。
(せめて人と話せたらやりようもあったんだが……)
言葉を発しようにもやはり体は動かない。そもそもメタドールに対話する機能は持たない為、体を動かせても意思疎通出来るかは不明だった。
(一か八かメタドールに話し掛けてみたけど)
此処は人形術師を育てるドロイド学園。その為、自分以外のメタドールも大勢いる。
しかしメタドールとは、少女の見た目をしているもののあくまで人形であり、世間一般では意思を持たない存在として扱われている。
ルーク個人としては、メタドールにも魂が宿っていると信じている。だが近くにいるメタドールに話しかけても、返ってきたのは静寂ばかり。物悲しくなったルークは、その後すぐに話し掛けるのをやめた。
(やっぱ、体を動かせないのがネックだよなぁ)
結局、一番の問題は体を動かせない事である。それさえ解決出来れば、後はなんとかなるのだ。それが最大の関門なのだが。
しかし、それでもルークは頑張った。体を動かせないながらも、身の回りから読み取れる情報は一つも溢さないよう常に神経を研ぎ澄ましてきた。その甲斐あって、分かった事も色々ある。
自分が死んでからメタドールになるまで、そう時間は経っていない事。
自身の相棒であるメタドール……ソレイユとの繋がりは、まだ切れていない事。
人形術師は、一生に一度だけメタドールと繋がりを得る事が出来る。この繋がりは死ぬまで消えず、また既に繋がりを持っているメタドールに別の人形術師が入り込む事は出来ない。
この繋がりを得る事をコネクトと呼ぶのだが、ルークはまだ、生前にコネクトしていたメタドールとの繋がりを持っていた。
(リンクは切れてるけどな)
人形術師はコネクトしたメタドールと、リンクという見えない糸を繋げる事が出来る。これにより人形術師は、そのメタドールを操る事が可能となり、更にはそのメタドールの位置を把握する事が出来る。
(……けど、繋がりはある)
自分が死んだ後、相棒のソレイユがどうなったのかは分からない。しかし、あの人形術師がソレイユを持ち去っている可能性が高いとルークは考える。
(もう少しだけ待っててくれ、相棒)
現在、ルークの中での優先事項は二つある。一番が相棒であるソレイユの行方を追う事、次点で自身を殺した人形術師を見つけ出し、無力化する事。
(まあそれもこれも、まずは体を動かせるようにしなきゃな)
未だに解決策が浮かばずウンウン唸っていると、時計塔の鐘が学園内に響き渡った。
(っと、もう放課後か)
ドロイド学園は、リビングドールと戦える人形術師を育成する為の施設だ。しかし、だからと言って朝から晩まで訓練漬けという訳では無い。
ルークが生徒だった頃はかなり厳しかったが、今はそうでも無いらしく、放課後になると生徒達は思い思いに行動する。
「フォス、私達も行こっか」
周囲で楽しげな会話が繰り広げられる中、少女はコッソリと教室から出た。
(……今日もずっと独り、か)
彼女のメタドールであるルークは、その後ろを追従する。
「……」
(根を詰めすぎないと良いんだけど)
フィーロ・マリオネッタ、メタドールとなったルークの人形術師である女の子。
体を動かせるようになった後、主人である彼女とどう向き合うかも、ルークは考えなければならなかった。
▼▼▼
ドロイド学園の門限は二十二時となっている。しかし、夜遅くまで鍛錬したいという熱心な生徒も居る。ルークもその一人で、学園に居た頃はコッソリ寮から抜け出して外で自主練に励んでいた。
その際に利用していた学園の外へ出られる抜け道は、ルークが卒業するまで明るみになる事は無かった。
(……まさか、未だに使われてるなんてな)
ルークは同僚であるマリンとレオンを除き、抜け道の存在を誰にも教えていない。だが、どうやらフィーロはその抜け道を自力で発見したらしい。
(学生の頃は有り難く使わして貰ったけど……この抜け道って結構危ないよな?)
彼女が抜け道を利用して学園の外へ出るのを見て、ルークは思う。
ドロイド学園の生徒は、見習いと言えど人形術師だ。メタドールを扱える貴重な存在であり、そんな人間を容易に外へ出せれる抜け道が存在するのは、かなり不味いのでは無いかと今更ながら危惧した。
(問題が解決したら、学園に抜け道の事を教えないとな)
そうやってルークが脳内やる事リストを更新している内に、フィーロは目的の場所へと辿り着く。
「……よし」
彼女が訪れたのは、学園からほど近い商店街。そこの路地裏を抜けた先にある人気のない空き地だった。
目的地に着くや否や、フィーロは自身のメタドールであるルーク……フォスを前に出す。
「ふんっ!」
彼女がフォスに向けて手をかざすと、フォスは背負っていた身の丈ほどある大剣を取り出す。直後、軽やかな動きで空き地内を縦横無尽に駆け回り、その勢いのまま大剣を振り回していった。
(や、やっぱ何度体験しても慣れねー)
人形術師の基本は、如何にメタドールを自在に操れるかだ。メタドールは限りなく人間の少女に近い容姿をしているが、だからと言って血肉の通う生き物では無い。その為、筋トレなんかをしてもパワーは上がらない。
基礎能力を向上させる手段も用意されているが、それは人形術師の本分では無い。人形術師の役割は、使用するメタドールを最大限活かし、持てる力を常に発揮出来るようにする事だ。
それを成す為の訓練の一つがコレ、高速移動の練習だ。
非常に高い俊敏性を持つメタドールだが、それを扱う人間は違う。どんなにメタドールが速く動けても、人形術師がその速さに付いて来れなくては話にならない。
故に人形術師は、こうして高速移動の訓練を行いメタドールのスピードに慣れる必要がある。慣れているほど、より速い動きでメタドールを操れるからだ。
そしてその常人離れした動きは、当然フォスの体に宿るルークにも伝わっていた。しかも主観視点でダイレクトに。
(怖えぇ!!! ……ウッ、なんか目眩してきた)
彼の心境を例えるならば、いつの間にか終着点の分からない絶叫マシンに乗せられた無力な一般人である。あまりのスピードに存在しない筈の三半規管も悲鳴を上げていた。
「……」
十分後、集中力が乱れてきたフィーロは高速移動の訓練を一旦止めて、休憩がてら晩御飯に持ってきたパンを黙々と口に運ぶ。ようやく落ち着いて周りを見えるようになったルークは、そんな彼女の様子を隣で見る。
(にしても)
放課後すぐに抜け道を使って此処に来るまで十七時、そこから帰宅時間も含めて二十三時。計六時間もの間、フィーロは一人で訓練を行っている。
帰宅後は明日の準備を諸々やって二十四時には就寝して、起床後も授業が始まる七時までに準備を終わらせて急いで寮の部屋を後にする。
そんな生活を、ルークが見る限り毎日続けていた。休日をどう過ごしているのかは不明だが、これまでの様子を見るに訓練漬けの日々を送っているのだろう。
……しかし、
(あんまり上手くいってないっぽいな)
そんなフィーロは思い詰めた表情をしており、どうにも訓練に身が入ってないように見えた。
(まあ確かに、こんな生活を続けてたらなぁ)
どう考えてもオーバーワークである。それに加え、フィーロのやっている訓練にはアラが目立つ。
誰にも教えず、一人黙々と続けているから仕方ないだろうけど、フィーロは自身の改善点をいくつも見落としていた。
(がむしゃら、なんだろうな)
ルークは昨日知ったのだが、フィーロがドロイド学園に入学したのは半年前の事だ。恐らく今日まで碌に友人も作ろうとせず、このような生活を送っていたのだろう。
(卒業した先輩として助言の一つぐらい送りたいけど)
この体じゃなあ……と、ルークはメタドールの体になってから何度吐いたか分からないため息を内心で溢す。
「よし、休憩終わり」
どうしたものかとルークが考えている内に、フィーロはパンを食べ切ると早々に休憩を終わらして訓練を再開する。
(……俺も早いとこ慣れなくちゃな)
再び走り始めた終わりの分からない絶叫マシン。強制搭乗させられたルークは、内心で死んだ目をしながら腹を括るのだった。
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