暁の人形術師

ブナハブ

英雄譚の終わりと始まり 1st

 人っ子一人見当たらない無人の町。そこを闊歩するのは、土くれで出来た大きな化け物。


「……」


 化け物は彷徨うように歩みを進める。その足取りは土くれの体と同じく無機質で、瞳の部分に当たる真っ赤なモノアイもまた、生命を感じさせなかった。


「……【・-】」


 だが、化け物はソレを捉えた瞬間、そのモノアイを大きく揺らした。


「うへぇー、遠目から見てもデカいとは思ったけど、こりゃトンデモねえな」

「呑気に言ってる場合ですか。その相手と今から戦うんですよ」

「分かってる分かってる」


 化け物のモノアイに映るのは男二人と女一人、計三人の人間。そして、


「二人とも準備はいいか?」

「ええ」

「応ッ」

「……上は準備が出来るまでの足止めをしてくれたら良いなんて言ったが」


 その三人の前へと出てくる、三体の人形。


「勝つぞ、俺たち三人で」

「勿論」

「言われなくとも!」


 その言葉を皮切りに、三体の人形は武器を構えて化け物に肉薄していく。


「───【-・- ・・ ・-・・ ・-・・】!!!」


 無機質で、無感動だった筈の化け物は、憎悪の込もった異音を放って襲い掛かった。


……リビングドール、人知を超えた力を持つソレらは、十年前に突如として姿を現し人類に牙を剥けた。

 現存する兵器を物ともせず、執拗に人間だけを狙う悪夢のような存在に人類は当初、成す術も無く蹂躙され続けた。

 しかしその二年後、人類はリビングドールに対抗できる新たな力を手にした。


 メタドール。大人の半分にも満たない背丈に、少女の姿をした人形達は、その見た目に反して驚異的な力を内包をしている。

 体格差の大きいリビングドールでも渡り合える程の力を持つメタドール。そしてそれらを操る者達の事を、人は人形術師と呼ぶ。


 次代の英雄と謳われる人形術師。彼らは今日もまた、人々を守る為に戦っていた。


▼▼▼


「号外号外! 号外だぞー!!」


 その日、民衆の元に一つのニュースが舞い降りた。


「レッドエリア指定されてたローグタウンが解放! MVPはこの三人だあ!」


 男は新聞の束を腰に巻き付け、大声で周りに呼び掛けながら町中を駆け回る。その声を耳にした人達は新聞を手に取り、そこに記された内容に心を躍らせる。


 リビングドールが現れて十年。人々はメタドールという対抗手段を手にするまで奴らの侵攻に耐える事が出来ず、実に三割以上の生活圏を失った。

 リビングドールは近くに人間が居なければ延々とその周辺を彷徨い続ける。その性質上、住人達が逃げて無人となった町にはリビングドールが居座り続けてしまう。そうやって人の住めない危険地帯と化した場所の事をレッドエリアと呼ぶ。


 そのレッドエリア指定が解除されたという事は、その地で再び人が暮らせるようになったという事の証明でもある。

 歴史的快挙と言っても差し支えないこのニュースに、国はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。そして当然、この快挙に一役買った功労者には皆が注目し、褒め称える。


 彼らこそ、この国の未来を支える英雄の中の英雄なのだと。







「はあ〜〜〜〜〜〜」


 落ち着き払った静かなバーの中、黒髪黒目の青年はカウンター席でマスターからビールを貰うと、その中身を一気に煽った後に深く、それはもう深くため息をついた。


「……隣でそうあからさまに草臥れないで欲しいんですが」


 青年の右隣に座る青髪青眼の女性は、机に突っ伏す彼にジト目をそう言うと白ワインを一口入れる。


「そうそう、久しぶりに三人集まって呑めれるんだ。今日ぐらいは楽しもうじゃん」


 そして左隣の席では、軽薄そうな金髪の青年がウィスキーを飲みながら彼にそう言う。


「ああ、悪い。最近は四六時中ずっと人に注目されててな。肩肘張り続けて疲れてたんだ」

「そりゃ仕方ねえさ、なんたって俺らは今をときめく次代の英雄だからな?」

「レオン、浮かれてばかりじゃいられませんよ。まだまだリビングドールによって落とされた町は多い。今回のような戦いをこれから何度も強いられる事になるんです」


 青髪の女性は、隠し切れない喜色を見せる金髪の青年に戒めるような口調で言う。


「分かってるってマリン、けど息抜きを入れる事だって同じぐらい大事だろ? 特にコイツには、な」


 そう言って彼が指差すのは、早速マスターに二杯目を頼んでいる黒髪の青年であった。


「……まあ、確かに。ルークには息抜きが必要ですね」

「だろ? だから今日はお前もお小言を言うの無しな……で、それとだルーク!」


 マスターからジョッキ一杯に入れられたビールを手に取る黒髪の青年に、彼はその背中をはたいた。


「うおっ!?」


 危うく中身を溢しそうになるが、持ち前のバランス力を活かして一滴も外へ溢れさせずに勢いを殺してみせた。


「お、おい! なにすんだよレオン!」

「お前こそ何やってんだ! 乾杯もせず一人で勝手に飲むなんてよォ!」

「お客様、あまり店内で騒がられては困ります」

「「ハイ、スミマセン」」

「……はぁ」


 行きつけの店だと言うのに注意されてしまっている二人を見て、青髪の女性は呆れた様子でため息をついた。


「……まあ、先に飲んじまったのはスマン。もう飲まなきゃやってられなくってさ」

「いやいや、そんな申し訳なさそうにしないでくれよ。……そんじゃまあ、改めて」


 三人は各々のグラスを掲げる。


「今回の戦いで大活躍した俺達に」


 金髪の青年、レオン・ノーレンツ。


「ローグタウンを取り戻せた事に」


 青髪の女性、マリン・フローラ。


「これからの未来に」


 黒髪の青年、ルーク・アートマン。


「「「乾杯」」」


 世間から注目を浴びる三人の人形術師は、今宵小さな宴を開いた。


▼▼▼


「あ゛あ゛あ゛飲み過ぎた」


 辺りもすっかり暗くなった頃、ルークはフラフラと覚束ない足取りで帰路へとつく。


「マスターには悪い事したなぁ」


 自分達の為に営業時間を終えても店を開けてくれた事に、そしてバーだと言うのに馬鹿みたいに騒いでしまった事に、ルークは次にあそこへ行く時は菓子折りを持っていこうと考えた。


「珍しくマリンも飲みまくってたし、やっぱアイツも嬉しかったんだろうなあ」


 いつもクールで生真面目な戦友が、浮かれ過ぎるなと自分で言っておきながら何度も酒を頼む姿を思い出してフッと笑みを溢す。


「まあ、案の定ベロンベロンになってたけど」


 しかし数杯飲んだ時点で酔い潰れてしまった彼女の姿を思い浮かべると、その笑みも苦笑へと変わっていった。


「レオンに肩貸して貰わなきゃ帰れそうに無かったし……いや居酒屋帰りのオッサンかっつーの」


 此処にはいない彼女に対してツッコミを入れるルークだが、彼もマリンが居なかったらレオンに肩を貸して貰った方が良いほどに泥酔していた。


……酔いに酔っているルークだが、それでも彼は最前線でリビングドールと戦うプロの人形術師だ。


「───そこに居るのは誰だ」


 不意に立ち止まり、毅然とした態度で曲がり角の奥へと睨み付ける。そこに先ほどまでの腑抜けた雰囲気は微塵も感じられなかった。


「……」


 ルークの予想した通り、曲がり角には誰かが居た。そしてその誰かは全身を真っ黒なローブで纏い、深々と被るフードの中を覗けば、顔全体を覆うガスマスクが装着されているのを確認できた。


「……おっとー、思ったより不審者過ぎる奴が出てきたぞ」

「……」


 そいつはルークの言葉に一切の反応を示さないまま、おもむろに懐から拳銃を取り出した。


「殺し屋か何かか? けど残念だが、ピストルぐらいで人形術師は殺せないぞ」


 そう言ってルークは、後ろに控えさせていた自身のメタドールを前に出す。


「ソレイユ……俺のメタドールなら、この距離でも一瞬でアンタを捕れる」

「……」

「言っておくが撃った瞬間にお前を気絶させる。大人しく投降しろ」

「……」


 変わらず反応は無いまま、そいつはとうとう銃の引き金に指を掛けた。


(何者なんだ、コイツ……?)


 正体の掴めない謎の相手にルークは内心で首を傾げるも、ひとまず身柄を押さえて、それから上に連絡しようと考える。


 自身のメタドールを操り、相手を無力化させようと動く直前───ルークとメタドールの間を、小さな影が横切った。


 ブツリと何か千切れる音がした後、パンッと乾いた銃声音が辺りに木霊する。


「…………は?」


 一瞬何が起きたのか、ルークは分からなかった。


「なん、で」


 腹部に激痛が走る。そこを触ってみれば、真っ赤な液体が手のひら全体にベットリ付着した。


(痛い───なんでソレイユは動かな───痛い───さっきの影は一体───痛い、痛い───メタドール? という事は相手も──痛い痛い痛い──みんなに知らせなきゃ──痛い痛い痛い痛い痛い!!?)


 薄れゆく意識の中、ルークは必死に思考を回そうとするも、苦しみ悶え、痛みに脳が支配される。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!)


 立つ事すらままならず、地面目掛けて思いっきり後頭部を打ち付ける。そんな無様な姿を晒すルークを、そいつは無感動なまま見下ろしていた。


(不味い不味い不味い! 冗談抜きで不味い! これは本当に)


 自分を殺した者の姿と、大鎌を持ったメタドールらしき存在の影。


(シ……)


 それらを最期の光景として目に焼き付けた後、ルーク・アートマンは、


「───」


 この世を去った。


▼▼▼


(───ぅ、ん)


 そして彼は目を覚ます。


(あ……れ?)


 さっきまでぼんやりとしか見えなかった視界は、今や鮮明に目の前の光景を映していた。


(俺、撃たれて死んだ筈じゃ)


 痛みも感じない。自身を死に追いやった焼き付くような痛みは、跡形もなく消え去っていた。


(……体が、動かない?)


 そこでふと違和感に気付く。体が全く動かないのだ。必死に動かそうとしても手応えが感じられず、動く気配すら見せない。


(な、なんだ? 何がどうなって……ん?)


 違和感を一つ覚えれば、そこから多くの発見が出てくるというもの。


(なんか、周りの物が大きいような。というか此処どこだ? 全く見覚えが無いぞ)


 一体何が起きているのか。慌てて推論を立てて見るも、全くもって不明。


「ーーー」

(ッ! 誰か来た)


 目の前にある扉の向こう側から、何者かの気配を感じる。身動きが取れない今の彼に出来る事は、相手が善良な一般人である事を祈るのみ。


「───バいヤバい! 遅刻しちゃう!」

(お、女の子?)


 気配の正体は茶髪翠眼の少女だった。彼女は慌ただしい様子で部屋に入ると、机の上に置いてあったカバンを手に取る。


「えーと、ある。ある。ある。……うん、全部ある!」

(此処は彼女の部屋なのか? というか、なんかデカくね?)


 ルークは今、壁を背にして座り込んでいる。それは本人も感覚的に分かっていたが、それを踏まえても目の前の少女の身長は、成人男性である自分を大きく超えているように思える。


「後は……」

(いや、彼女が大きいっていうか……俺が小さくなってる?)


 深まり続ける謎、しかしそれらは目の前の少女のお陰で一気に解決され、そしてまた新たな謎を突き付けられた。


「フォス、おいで」


 彼女はルークに向けてそう呼びかける。すると彼の体は、先ほどまで微動だにしなかったのが嘘のように動き始めた。


(え? は?)


 混乱するルークを置き去りに、彼の体は部屋を出る少女の後をついて行こうとする。


(ど、どうなって)


 部屋から出る直前、ルークは部屋の隅に置かれた姿見が目に留まった。


 そこに映っていたのは黒髪黒目の男ではなく、


(へ?)


 ミントグリーンの瞳と髪。所々に装甲のような物が付けられた肩出しワンピース。


(……な)


 成人男性の腰部にも満たない背丈の、ハーフツインテール少女がそこには居た。


『なんじゃこりゃあ!?』


───その日、一人の人形術師が死んだ。それから少しした後、珍妙なメタドールが産声を上げるのだった。

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