IFストーリー4 『哀れな奴隷少女』を助けたがる「共依存野郎」を姐御は嫌いなようです

私の名前はクーゲル・アルジェント。

種族はこの大陸ではかなり珍しいバジリスク種で、仕事はイラストレーター。


そんな私には最近、気になっている男がいる。



「ウヒヒ、今日はご馳走してくれてありがとう、クーゲル!」

「最近あんたには助かってるからね。気にしないで食べて?」



少し前に私の事務所に営業の仕事で転職してきた男、リマだ。

肉体労働で鍛えたのだろうその体からは、どこか優しい気配が漏れ出ている。


どうやら彼は短命種の中でも醜い容姿をしているようだが、普段は※目を閉じてものを見ていない私たちには関係はない。


(※バジリスク種は、目を開けると相手を石化させてしまう。そのため普段は目を閉じて相手の気配や魔力で事物を観察するようにしている)



こいつはどうやら『催眠アプリ』とかいう特殊能力を持っていると聞いたことがある。

その力を使えば、私のような『普段は眼を使わない種族』以外は、意のままに操ることができるらしい。


だが彼はその力に頼らず、一生懸命相手の話を聴くことで本音を引き出して、そして商談を取りまとめていっている。



短命種をどこか馬鹿にしている、うちのヴァンパイアの所長も、彼のことはかなり買っているようだ。

そんな彼に、私は少し好意を持ち始めているのがわかった。



「けど、良かったの? このお店で」

「うん。……このお店はピザがおいしいし、それに……」


そういうと、リマはステージの方を見た。

ベルゼブブ系統の女性が、素敵なバイオリンを奏でている。


「ゴットシャルさんのバイオリンも聴けるからね。ウヒヒ、上手だよね? ボク、ファンなんだ!」

「へえ、確かにきれいなもんだよ」



その音色は、思わず私も聞き入ってしまうほどだった。

私に彼女の顔はわからないが、きっときれいな顔なのだろう。そう思うと少しだけ嫉妬心が沸き上がったが。



「リマ……」



そう考えていると、一人の男が声をかけてきた。

種族は妖狐。この国では極めて希少な種族だ。……まあ、私ほどではないが。



「あれ、ハチャトールじゃん。久しぶり!」

「うん。……それが、その……」



どうやらこの妖狐はハチャトールというようだ。


彼はどこか思いつめた雰囲気を醸し出している。



「あのさ……」

「うん、ゆっくりでいいよ?」

「……だめだ、やっぱり……リマ! 僕を思いっきり殴って!」



はあ、いきなり何を言うんだ?

隣で聞いていた私はそう思った。リマも同様なようで、相当驚いた様子だった。



「いったいどうしたの?」

「僕の妹、シチェラのことは覚えてる?」

「うん、もちろん。あの子はあれから元気にしてる? ……っと、ゴメン。クーゲルにも説明していい?」

「それなら僕の方から説明するね」



そういいながら、ハチャトールはシチェラのことを簡単に説明してくれた。

以前、ハチャトールは妹のサラマンダー『シチェラ』のことを養っていた。

曰く仕事で上手くいかず、燃え尽きてしまっていたようだ。



だが、リマの催眠アプリの力で最近はどんどん元気を取り戻し、また仕事に復帰したとのことだった。


そして昨日、また自分の家から出て自立するといったらしい。



「ウヒヒ! よかったねえ、ハチャトール! シチェラさんが元気になって!」


シチェラという名前には聞き覚えがある。

……確か、この町でも有名なモデルだったはずだ。


ものすごい美人だったことは覚えているが、リマはシチェラを自分の女にしようと思わず、記憶まで消したと聞いて驚いた。


こいつは、本当に催眠アプリを他人のためだけに使うと決めているんだ。

そう思うと、私はますますリマのことが気に入った。



「シチェラは元気になったのはよかったんだ。でも……」


そういうと、ハチャトールは元気がなさそうにつぶやいた。

……そういうことか、理由はなんとなくわかったが、それについてはリマが先に答えてくれた。



「わかった! ハチャトール、お前さ、シチェラさんが自分を頼らなくなったのが寂しいんでしょ?」

「……うん……。だから一瞬思ったんだ。……シチェラにまた、前みたいに僕なしじゃ生きられない妹になってほしいなって……」

「ウヒヒ! わかるよわかるよ! 誰か……いや、はっきり言えば『若くてきれいな女体』を持つ子から『救世主』みたいに慕われるのって嬉しいもんね!」



リマはあえて露悪的な物言いをしているのがわかった。

だが、ハチャトールとリマは、もともと仲がいいのだろう。特に気にしていないようで「うん」と力なく答えた。



……妖狐はもともと、他者の信仰がなければ生きていけない種族だ。

その特性もあるのだろう、だれか……特に可愛い女の子……いや、リマの言葉を借りれば「若くてきれいな女体をもつもの」から慕われることに、過剰に執着しやすい。



彼らに人気のあるイラストはたいてい『みすぼらしい奴隷の幼女』で、私もたまにそういう仕事をもらうことがある。


『哀れな幼女』を手に入れた主人公は、ご主人様として衣食住と安っぽい愛の言葉を与えながら、お世話をする。

そんなご主人様の『優しさ』に感激し、その幼女はご主人様を崇拝するようになる。


そうやって自分を崇め、褒めたたえ、最終的には恋愛感情を持つようになるその子に、恩返しとばかりに体を差し出させる。

そんな物語が妖狐には人気なことは、私もよく知っている。



だが正直、私はこの手の物語は嫌いだ。

これは優しさではなく、ただの『性欲交じりの支配欲』だからだ。


妖狐が好む物語では、奴隷少女が『主人公以外の相手に恋心を持つ』話がたまに出る。

だがその場合、大抵その相手はクズであり、そんな奴の蛮行をご主人様が助け『やっぱり私にはご主人様しかいない!』となる。



そんな描写に、私は妖狐たちの偽善的な下心を感じていた。

いっそ『可愛い幼女ちゃ~ん? 君の心と身体が安売りされてるみたいだから、買いたたかせてもらうよ? ウヒヒ!』と、本音を言う方がまだ清々しい。



(ま、そう言う気性を持つこいつらにも、同情するところはあるけどね……)



私はそうも思った。

実際、彼ら妖狐のその特性は、本人たちにとっても、大きなデメリットになっている。



特に顕著なのが、妖狐の末路はたいてい、結婚詐欺の被害者になり破産する人生ということだ。


誰だって『哀れな境遇の、素直で従順な美少女』を見つけたら『お優しいご主人様』になりたがる。

そんな気持ちに付けこみ『哀れな奴隷少女の振りをして金を巻き上げる作話師』に引っかかっているのだろう。



このままでは彼、ハチャトールもその一人になるのは想像に難くなかった。



「最低だよね、ボク……。本当は妹の……シチェラの自立を喜ぶべきなのに……いつまでも、自分を必要としてほしい、そう思っていてさ……」


「まったく、最低だねえ……けど、すごい気持ちはわかるからなあ。救世主になりたい、かわいい女の子に隷属してもらいたい、そんな気持ちはボクら人間だって持つものだから」

「リマ達人間もそうなの?」


リマはいつものほうに『ウヒヒ!』と笑いながらうなづく。




「そうなんだ。だからさ、ボクはタイプの子に催眠をかける時には、ボクと会った記憶を消すんだよ。……救世主なんて『汚れ仕事』、神様にでもやらせておけばいいんだよ」




……なるほど、と私は思った。

確かに、シチェラみたいな女の子に依存されるのは、正直気持ちがいいだろう。

だが、それは単なる『共依存』だ。健全な関係ではない。


催眠アプリはものすごい能力だ。

普通だったら、この能力で誰かを『自分なしじゃ生きられない存在』に変えるなんてたやすい。だが、リマはそうやって自分に枷をつけているのだ。



それを聞いて、ハチャトールは感心したようにうなづく。



「すごいな、リマは」

「そうかな? まあ……『別の世界線のボク』はこんな使い方をしなかったかもしれないけどね」

「……僕もリマみたいになりたいけど……。妖狐の特性が邪魔して難しいと思うんだ。だからさ……」



リマは彼の言いたいことが分かったのか、やれやれと苦笑しながら板を呼び出した。



「まったく、しょうがないなあ……。『お前は、救世主になれる自分のことより、対等に頼り頼られる自分のことを好きになる』『お前は、誰かに依存されなくても、自分を素敵な奴だって、自覚すること』っと」



キイイイイン……と、催眠アプリから音がした。




「……どうしたの、ハチャトール?」


リマはとぼけた様子で尋ねると、放心していたハチャトールは正気を取り戻したようだった。



「え? ……ううん、特に何も……。あ、そうだ。今度さ、シチェラがまた就職するっていうから、お祝いの品を買おうと思ってたんだ。なにがいい?」


「うーん……ボクはわからないなあ。ウヒヒ、何がいいと思う、クーゲル?」



なるほど、本人に自覚はないようだが、確かにシチェラへの執着が消えたようだ。

しかもリマは、それを恩に着せるつもりはないようだ。

私は改めてこの男に感心した。



「そうだね。サラマンダーの子だから……熱で揮発しない香水なんかどう?」

「あ、いいな、それ! ……よし、今度はそれにしようかな……」



そんなことを言っていると、リマの持っていた催眠アプリが突然ピコピコと光りだした。



「ん、どうしたの、リマ?」

「えっと……。あ、すごい! 人数制限が拡大したって書いてある!」

「人数制限?」

「うん。ボクの催眠アプリってさ。実は10人までしか操れなかったんだ。だけど、これからは20人まで操れるようになったみたい!」

「へえ……そのアプリって『正しい方向に使うと、人数制限が上がる』機能でもあるのかな?」

「そうみたい。……『これからも頑張りなさい』って、書いてあるからね! ウヒヒ、これからもがんばるぞ!」



そうリマは嬉しそうに笑っていた。

そもそも、こんな催眠アプリを用意したのはこの世界の神くらいしか考えられない。

恐らく神様は、リマがこう使うことを信じて、この力を与えたのだろう。



……もしリマが私利私欲のために催眠アプリを使っていたら、きっと神は彼に恐ろしい末路を与えていたのだろうな。



「そうだ、クーゲル? 職場に確か、ニルセン課長ってリザードマンがいたよね? 彼やその周りの人も困っていたと思うから、催眠アプリを使って何かできることをしてみたいんだ! 手伝ってくれない?」

「うん、喜んで手伝ったげるよ!」



……私も、この馬鹿正直なリマの力になって、だれかのために頑張っていきたい。

こいつが勝てないような相手がいたら、代わりに戦える『銀の弾丸』になってやりたい。


というより、リマが催眠アプリの力を失ったとしても、この男と一緒に生きていきたい。たとえ神が敵に回っても、私は最後までリマと一緒に戦ってあげるつもりだ。




私のこの想いは、きっと恋心なんだとも思う。




そう考えながらも私は、リマとハチャトールと3人で、シチェラのプレゼントについて楽しく話し合った。

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