IFストーリー3 催眠アプリは「自分」を好きになるためにも使えるんだ!

私の名前はシチェラ。

種族は※サラマンダーで、仕事は……何もしていない。


(※この世界では兄弟姉妹の種族が異なることは珍しくない)



「行ってくるよ、シチェラ。朝ごはんも食べておいてね」

「うん……ごめんね、お兄ちゃん」



私はサラマンダーであり、昔は仕事に熱を上げていた。

……だが、過重労働や取引先『ロングロング・アゴー』とのトラブル、それから同僚との人間関係などいろいろあり、ある日自分の火が消えたのを感じた。


それ以降何もする気が起きず、仕事を辞めて家で何もできない日々を過ごしていた。

いつしか貯金も底をつき、部屋の中はごみ溜め状態となってしまっていた。



「何があったの、シチェラ? ……いや、理由は聞かないほうがいいよね。とにかくうちに来てよ?」



両親は既に故人となっている。

頼れる人が他にいない私を見かねて、兄はそう言って、私を自分の家に招いてくれた。

今、私はお兄ちゃんの家に転がり込んで、そこで養ってもらっている。


私は自分の部屋からパジャマ姿のままリビングに降りてきた。



「ごはん……作ってくれたんだ……けど、食欲ないな……」



私は机の上に置いてあるトーストと『これだけでも食べて!』と書かれたお兄ちゃんのメモ、そして昼食代として置かれているお金を見てつぶやいた。



……そう、私は今お兄ちゃんに養ってもらっているだけでなく、家事も全部やってもらっている。


お兄ちゃんが作ったご飯を食べて、お兄ちゃんが掃除してくれた部屋に住んで、お兄ちゃんが洗った服を着て、お兄ちゃんのお金で生きている。




……つまり、私はお兄ちゃんに食らいついた寄生虫だ。そんな自分に心底嫌気がする。




(お兄ちゃん……)


私はトーストを一口かじりながら兄のことを思った。

お兄ちゃんは妖狐という種族の特性上、私みたいなブスなんかとは比べものにならないほどのイケメンだ。


そんなお兄ちゃんは今彼女もおらず、最近は友達付き合いも減ってしまっている。


……私の晩御飯を作るために、いつも定時で上がった後、まっすぐ家に帰ってきてくれるからだ。



「ごめんね、お兄ちゃん……」



私は二口目を食べることができず、そのトーストをゴミ箱に捨てた。

……やっぱりどうやっても食欲がでない。そして何もする気が起きない。


お兄ちゃんが私のためにしてくれる厚意を受け取ることすらできない。

そんな私はどうしようもないクズなんだろう。



「……はあ……」


私は昔やっていたゲームを起動した。

今の私には新しいコンテンツに触れる気力もない。ただ、何も考えずにできる落ちものゲームを機械的にプレイするだけだ。


これをやっている間は何も考えずに済む。



……そしてそれをしばらくプレイするが、



「……う……う……」



自分のことやこれからのことを考えるにつれ、落ちものが積みあがっていく。

そしてゲームオーバーになるなり、私はゲームをやめてソファに横になった。



なんで私はこんなにひどい奴なんだろう。



小さい時から私を大事にしてくれたお兄ちゃんに、今また迷惑をかけている。

生活の面倒を見てもらっているうえ、お金まで稼いでもらって、そのくせ自分では何もしていないし、できるわけでもない。



……いっそ、私なんかいないほうが……お兄ちゃんは幸せだったんだ。



そう思うたびに、私はひどい自己嫌悪にさいなまれた。

せめて、昔の体力を取り戻そう。


そうだ、お昼になったら外を少しお散歩してみないと。

それが終わったら、お兄ちゃんが干してくれた洗濯物を取り込んで畳んでおこう。

……そうソファで考えているうちに、私の意識は薄れていった。




……そしてしばらくして。



「え……もう……夕方……?」



実は昨夜は眠りが浅く、ほとんど寝ては起きての繰り返しだった。

そのこともあり、私はずっとお昼寝をしてしまったのだ。



今日も何もできなかった。

私はだるい頭を抱えながら、台所を見やる。



……やっぱり、晩御飯を作る気持ちにはなれない。

窓の外では、まだ取り込んでもいない洗濯物が雨ざらしになっており、びしょ濡れになっている。


今日もまた、お兄ちゃんにご飯を作らせてしまうのだろうし、洗濯物も洗い直してもらうのだろう。



私はお兄ちゃんがいないと生きられない。

お兄ちゃんにべったり依存して、甘えて、そしてお兄ちゃんはいつか、私に愛想が尽きて出ていくのだろう。


そしたら、きっと私はそこで人生を終えるんだ。

その方がお兄ちゃんにとっても、幸せなんだ。……そうは思っても、実際にお兄ちゃんが冷たい顔で私を見放す姿を思うと、また私は涙が止まらなくなってきた。



そんな中、ノックの音がした。

……多分、お兄ちゃんが帰ってきたのだろう。



せめて私はお出迎えだけでもしないと。

そう思いドアを開けた。



「こんばんは、君がシチェラさんだね? ボクはリマ。よろしくね」



う……と私は思った。

その醜悪な外見の容姿をした男は、自らのことをそう名乗った。


私は正直、人が好きじゃない。

お兄ちゃんは昔からいた家族だから耐えられるけど、他の人……特に短命種の男性がそばに来ると思わず逃げ出したくなる。


そう思っていると、リマと名乗った男は不思議な板を見せつけてきた。



「君も多分、ボクの話は聞けないと思うから……ごめんね、催眠をかけるよ。『君は、ボクのことを昔からの友人だと思い込む……』と」



キイイイン……と、頭に何かが響いた。

なんだったんだろう、今のは?



「あれ、リマ? 久しぶりだね」



だが私は、幼馴染のリマを外でずっと立たせていたことに気が付き、考えるのを一時停止した。



「ごめん、ちょっとぼーっとしてて。良かったら入って?」

「うん、ありがと……先に入ってよ、ハチャトール?」

「悪いね。リマも今日は家に来るって、説明してなくて悪かったよ、シチェラ」


よく見ると、後ろにはお兄ちゃんもいる。

3人で話をするのはいつぐらいぶりなのかは覚えてない。だが、久しぶりの再会に懐かしく思いながら私はリマを家に上げる。




「……そうなんだね。今、シチェラさんは……働けてないんだ……」

「うん……」



私は久しぶりに、お兄ちゃん以外の人に話を聴いてもらえた。

やっぱり、昔からの知り合いだったら気兼ねなく話ができるから嬉しい。


そんな風に考えていると、リマはまたおかしな板を取り出してきた。



「シチェラさんには、自己肯定感をしっかりと持ってもらいたいからね……。

『君は、君自身のことを大切に思うこと』

『少しずつでもできることをやっていって、達成するたびに自分を好きになっていくこと』

っと……」



キイイイイン……と、頭に何かが響いた。



「ん……今何かした、リマ?」

「ううん、なにも? それより、なんかお腹すかない?」



リマにそう言われると、私はお腹がグ~……と突然鳴りだした。

そういえば、今日はほとんど何も食べていなかったんだっけ。


私は思わず顔を赤らめるが、先ほどまで洗濯物を取り込んでいたお兄ちゃんはなぜか、そんな私を見てとても驚いた表情を見せていた。


「あ、ゴメン……」

「ウヒヒ! 気にしないでよ、幼馴染なんだから!」

「うん……。そうだ、ラーメンで良かったら作るけど、みんなそれでいい?」

「シチェラ……! ああ、頼むよ」


お兄ちゃんはそう、嬉しそうな顔でうなづいてくれた。

……フフフ、よっぽどおなかが空いていたのかな。



「はい、どうぞ?」

「ウヒヒ、おいしそうだねえ!」

「ああ。……ありがとな、シチェラ。それと、リマもね」


なんでお兄ちゃんはリマに礼を言うのだろう?

そうは思ったが、私はあまり気にしないことにした。



「お安い御用だって! でさ、これ食べていい? 食べていいよね?」

「うん、食べてね」

「やったあ、いただきます! ウッヒイイイ! おいしいいい!」



そういうと、リマは下品だがおいしそうにラーメンをすする。

私はそんなリマを見ながら、少し呆れながらラーメンを口にした。



「……おいしいね、これ……」


胃袋にラーメンが優しく入り、元気が少しだけ湧いてくるのを感じた。

私はサラマンダーだから、身体能力は並みの種族よりもはるかに強い。

だが、さすがの私も消化器官の機能がだいぶ低下しているみたいで、沢山は食べることは出来ないことが分かった。


だが、それでも私は食べられるだけ食べた。



「ご馳走様……」

「ああ、シチェラ……よく……食べたね……」


お兄ちゃんも嬉しそうにラーメンを完食していた。


(よかった……私も……ご飯作れて……お兄ちゃんたちの力になれたんだな……)



そう思うと私は、また明日も頑張れそうな気がした。

……そしてすぐに、そんなことを思った自分に驚いた。




(頑張れる? ……今、わたしそう思ったよね?)




そんな言葉が私の頭に出てくるとは思えなかった。

思わず私は自分の姿を鏡で見る。



(あ……)



それを見て、私は驚いた。

私の体の一部が、ぽう……と明るくなっていることに気が付いた。私の気力が少しだけ戻った証拠だ。


さらにもう一つ、気づいたことがある。


(私……ずいぶん……やつれているな……よし、明日は朝ごはんも作って、お兄ちゃんと食べて、体調を取り戻さなきゃ、ね……)


……そう私は思った。

これでお兄ちゃんに少しでも恩返しができるなら、私は自分がまた好きになれると思った。



「お兄ちゃん、明日は朝、私に作らせて?」

「シチェラ……ああ。もちろんだよ!」


そうお兄ちゃんは、とてもうれしそうな顔をしてくれた。



その様子を見て、リマは少し考えるような顔をした。



「……だめだ、やっぱ」

「え?」

「シチェラさんは、ボクのタイプすぎる。……ってか、かわいい! かわいすぎ!」


かわいいと言われて私は少し赤面しながらも意外に思った。

私のようなブスを好きになるなんて、リマも変わっている。


「このまま一緒にいると、本当に好きになっちゃう。……けど、催眠アプリに頼って付き合うのなんて、ダメだよね」


ダメってどういうことだろう?

別に私は、幼馴染のリマに好意を持たれてもあまりいやな気持にはならない。

そう思っているとリマは渋い顔をしながら、また板を見せてきた。



「うん、やっぱり君とはもう会わないほうがいいね。『シチェラさんは、10秒後、今からボクのことを完全に忘れる』……と。これでよし。じゃあボクはずらかるよ」



キイイイン……と、また私の頭に何かが響いた。





「あれ、お兄ちゃん?」

「どうしたの、シチェラ?」

「さっきまでここに誰かいなかった?」


どういうわけか、私の隣には来客用のお皿が一つ置いてあった。

私がラーメンを作った記憶があるが、それを誰にふるまったかは覚えていない。

だが、その来客は丁寧にスープまで全部飲み干してくれていた。



お兄ちゃんは寂しそうに笑ってつぶやいた。



「……『天の使い』でもいたのかもね。それより、夕飯ありがとう、シチェラ」

「ううん、お兄ちゃんが私のために頑張ってくれたから……だから、これから少しずつ、恩返しさせて?」

「ああ……ありがとう……リマ……」



リマ?

聞いたことない名前だけど、お兄ちゃんの親友なのかな?

そう思いながら私はお皿を片付けることにした。

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