IFストーリー2 誤った「考え方」を催眠アプリで直してあげよう
俺の名前はロクルーダ。
種族はオオカミカラス(ベラドンナのこと)の植物人種で、仕事は管理職。
そして役職は課長。
「ゴットシャル、調子はどうだ?」
「え? まあ普通ですけど……」
俺はどうも、管理職として馬鹿にされているようだ。
こうやって声をかけてもちゃんとした返事は返ってこない。
そもそも植物人種は『アルラウネ』をはじめとして女性ばかりだ。
男性の植物系の種族は珍しく個体数が少ないこともあるのだろう。
昔から俺は周りから物珍しい目で見られており、今もこうやって『周りが俺を馬鹿にしている』という気がしてイライラする。
「なあ、今週末さ、買い物に付き合ってくれないか? 服買った後、ステーキ食うなんてどうだ?」
「ああ、いいな。じゃあさ、イグニスも誘ってみないか? あいつ、狼系の獣人ってこともあって肉料理の店とかに詳しいし」
「いいなそれ! 仕事終わったら早速誘おうか!」
ああやって周りはよく休日の過ごし方について話をしている。
だが俺は今まで一度だって、あんな風に誘ってもらうことはなかった。特に食事については俺に何も聞いてくれない。
……きっとあいつらは俺のことが嫌いだから、そんな風に声をかけないのだろう。
そう思うと、俺は彼らに対して腹が立ち、攻撃的な口調で注意した。
「おい、お前ら。なに無駄話してるんだ!」
「げ、ロクルーダ課長!」
「そんなんだから、いつまでも売り上げが伸びないんだろ? 特にミケル! その服装も髪型も、少しは整えろよ」
「は、はい……」
このミケルという有翼人の男は、服装や髪形をきちんと整えないで来ることが多い。
きっとこの男は仕事を舐めている。いや、きっと俺のことも舐めているから、俺の言うことを守らないのだろう。
「そもそも前から思ってたんだが、お前は仕事をまじめにやる気がないんだろ?」
「え? いや、そういうわけでは……」
「じゃあどうして、毎日遅刻する? それに俺の話を聞かない?」
そう矢継ぎ早に質問するが、ミケルは「はい」「その……」としか言ってこない。
やっぱり、こいつは俺のことを舐めている。
そう思うと俺は怒りの感情が湧き上がってきた。
「この、馬鹿野郎が! 遊んでばかりいないで、仕事をちゃんとやれ!」
こいつの話を日常で聞いていると、どうやら物語を作るのは得意なのはわかる。
だが、それはこの仕事では関係がない。
現実逃避をしたいという気持ちの表れなのだろうが、この職場ではそんな甘えは許さない。
「とにかく、明日はきちんとしてこい。さもなかったら、もう会社に来るな!」
「は、はい……」
俺はミケルにそういった。
そしてその日の仕事が終わった後。
「あの、すみません、ロクルーダ課長?」
「なんだ?」
「ちょっと来てほしいお店があるんですけど、この後予定とかありますか?」
「あん?」
ゴットシャルには確か、婚約者がいたはずだ。
そもそも俺はこの職場ではみんなに嫌われている。そのことを考えると、ゴットシャルは俺に好意を持っていて誘った、というのは天地がひっくり返ってもあり得ない。
きっと俺に対して突き上げでもしたいのだろう。
……だが、たまには乗ってやってもいいか。向こうがその気なら、逆にこっちがこいつをベコベコに凹ませてやればいい。
「ああ、いいぞ。場所は決まってるのか?」
「ええ。任せてください」
そう言って、俺たちはその酒場『ピザ・レジェンド』に向かった。
「おや、また来たのかい、ゴットシャル。またバイオリンを聞かせてくれるのか?」
「ええ、それは後程」
彼女はここで楽器を弾くのが趣味なのか。
まったく、羨ましい身分だ。
「それでゴットシャル。お前は何のために俺を読んだんだ?」
「あの、合わせたい人がいまして」
そういうと、人間の男が横から声をかけてきた。
肉体労働を日頃からしているのだろう、筋肉が盛り上がった腕が目に付く。
「ウヒヒ、初めまして。ボクの名前はリマ。あなたがロクルーダさんですね?」
「あん? まあ、そうだが……」
なるほど、わかった。
ゴットシャルのやつ、やりやがったな。
こいつは多分マルチ商法の回しもんだ。
なるほど、そういうことなら容赦しない。明日会社でつるし上げてやるからな。
「で、お前は何の用だよ。先に言っとくけど、金はないぞ」
そう思っていると、リマという男は少し困ったような顔をした。
当然だ。俺が簡単にマルチ商法に引きずり込まれると思うなよ?
「うーん……。この状態じゃ話が聞けないな。しょうがない、早速使うか……」
そういうと一台の板のようなものを取り出し、俺に語り掛けてきた。
「『あなたは、ボクを警戒しないで本音で話をする』……っと。ごめんね、あまりこういう催眠は好きじゃないんだけどさ」
キイイイン……と何かが頭の中で響いた。
……まったくこの男は何をしたんだろう。
ただまあ、とりあえずこいつは悪い奴ではないようだ。
そう思って、俺は南小島の樹木を使って作られた※灰を一皿分注文した。
(※植物人種はこのような『肥料』になるものを好んで食す傾向がある。ロクルーダは有機肥料を好むのだが『一番の好物』は、一般的な店では『なぜか』出てこない。それどころかその好物の名を口にするだけで店主は嫌な顔をする。不思議だ……)
「なるほど、あなたたち植物人種は、そういうのを食べるのか。それで本題なんだけど……」
「ああ、なんで俺を呼んだんだ?」
俺は灰をスプーンで口に運びながら尋ねた。
幸いこの灰は絶品だ。食べると元気が出てくる。
「仕事のことで悩んでいることをゴットシャルから聞いたんで、ちょっと聞きたくなったんだよ」
仕事のこと、か……。
あまり人には話したいと思わなかったが、こいつには本音で話せそうだな。
「ああ。俺はさ、職場で嫌われているんだ。……だから、それが悩みだな」
「嫌われている? どうしてそう思うの?」
「たとえばだけどな……」
そういいながら、俺は今日職場で起きた出来事を話した。
それを全部聞いた後、リマは神妙な顔をしてうなづいた。
「ウヒヒ、なるほどね。あなたは『事実と感情を分けて考える』ってことが、できていないんだね?」
「どういうことだ?」
「男性の植物人種はこの大陸では珍しいからさ。だから、周りがどう接したらいいかわからないと思うんだ。それを『嫌われてる』って、あなたは思いこんでるんじゃない?」
その口ぶりから、この男リマは俺のことを馬鹿にしているのがわかった。
こいつはいったい何様だ。
「んだと、こら?」
そう思った俺は、リマの胸ぐらをつかみ上げて、どなった。
だがリマは落ち着いた様子で、また先ほどの板を取り出し、俺に見せてきた。
「ああ、またか。……じゃあ催眠をかけるね?
『あなたは怒りたくなった時、一度考えるのを中断すること』
『起きている事実と感情を分けて考えること』
『怒る時には、自分の気持ちを主語にして、落ち着いて伝えること』
っと……」
キイイイイン……とまた頭に何かが響いた。
「これでよし、と」
何かこいつはやったのか?
それはわからない。……というより、何の話をしていたんだ?
忘れてしまった俺は、とりあえずもう一杯灰をおかわりした。
「うんうん、なるほどねえ。ゴットシャルさんはどう思う?」
「そうね……。私も今の会社はいろいろ辛くてさ。ロクルーダ課長の気持ちもわかるんだけどね」
「ああ。ミケルのやつにも困ったもんだよ。それにさ……」
それからしばらくの間、私はリマとゴットシャルの二人と一緒にとりとめのない話をしていた。
そんな中、一人の男が隣からやってきた。
種族は妖狐。かなり※上等な種族だ。しかも妖狐特有の、寒気がするほどの美しい容姿だ。
(※この世界では基本的に、寿命の長い種族ほど上等と扱われやすい)
「ちょっとごめんね」
そういうと男は俺が置いていたバッグを勝手におろして、どっかりと座った。
その様子を見て、俺の体の中がカッと熱くなっていくのを感じた。
(なんだ、こいつ……自分が上等な種族でイケメンだと思って、不細工な俺を馬鹿に……)
だが、そこで俺の思考は中断した。
……そして数秒が立ち、俺は少し気持ちが落ち着くのを感じた。
(違うな、この男は『種族が妖狐のイケメン』で『俺の荷物を下に置いた』だけだ。『俺を馬鹿にしている』ってのは、俺の思い込みだよな……)
そう思った俺は、落ち着いた口調でその妖狐に注意することにした。
「お前が悪い」ではなく「俺が嫌な気持ちになってしまう」という言い方にしよう、そう思いながら。
「あの、すまない」
「はい?」
「俺の荷物が邪魔だったのは謝るよ。けど、どけるときには声をかけてくれないか? 正直、無断で荷物を触られると、あまりいい気分がしないからさ」
「え? ……ああ、すみません。ただ、そちらも気を付けていただけませんか?」
冷静に考えると、隣の席を独占していたのは俺が悪い。
そう思うと俺は頭を下げた。
「確かにそうだな。気を付けよう。……そうだ、お詫びに一杯奢ろう」
「いいんですか? それなら嬉しいけど……」
「ああ、好きなのを1つ選んでくれ」
私はメニューを彼に手渡した。
その様子を見ながらリマは『にやにやと嫌らしい笑み』を俺に……いや、これも俺の思い込みだ。リマは『笑顔』を俺に向けながらゴットシャルに声をかけていた。
「ウヒヒ! 成功成功。どうだい、ゴットシャルさん?」
「ああ、あんたの能力って、すごいね。私の婚約者に紹介したいくらいだよ」
「婚約者? どんな人なの?」
あれ、リマは彼女に婚約者がいたことを知らなかったのか。
だががっかりした様子はない。特に彼女に対し下心があったわけではないのか。
「この辺じゃ有名な地主が親戚にいて、すっごいお金持ちの人なんだ。きっと、あんたもいい暮らしができるよ?」
「うーん……。けど、ボクはこのアプリでお金儲けはしたくないから、パスするよ」
「そう? もったいないなあ……」
そんな風に話していると、隣にいた妖狐はぽつり、とつぶやいた。
「シチェラ……」
そうつぶやいているのを見て、リマは不思議そうに彼に尋ねた。
「シチェラって誰のこと?」
「ああ、僕の妹なんだけどね……」
そういうと、その男は話をはじめた。
どうやらこの妖狐の男は妹『シチェラ』が会社を辞めて家で何もできないでいること、そしてそれに対して、自分が何の力にもなれていないことについて悩んでいるようだった。
あらかた話を聞いた後、リマは答える。
「よし、わかった。ボクにもできることがありそうだから、付き合うよ!」
そういって、自分の胸をドン、とたたいた。
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