幕間1
幕間1 最低エルフは『ざまぁ』へのカウントダウンが始まりました
彼の名前はリグレ。
種族はエルフで、年齢はすでに200を超えている。
仕事はゲームの開発を専門にしている会社「ロングロング・アゴー」でゲームの企画や、クリエイターとの契約といった仕事を引き受けている。
リグレは怒りの表情と共に嘆きの声をあげていた。
「くそ……くそおおお! こんなクソゲーが売れるなんておかしいだろおおお!」
そう言いながら、ニルセンたちの会社が開発したゲーム「臆病ものの隠し砦」を床に思いっきり叩きつける。
……彼は1年ほど前、このゲームのシナリオライターであるミケルに対して、大変無礼な態度を取っていた(「3-6 シナリオライターの卵は、ボロボロにけなされてしまったようです」より)。
その際、大声で彼を罵倒していたのが災いし、彼の傲慢な態度はリグレの上司にも届いていた。
「なんだよ、あのミケルとかいう鳥頭野郎はよお! 俺に恨みでもあるのかよ!」
当初はさほど咎を受けることは無かったが、彼がシナリオを担当したこのゲームが大ヒットしたことで『なぜ、あの時企画を採用しなかった!』と上司に大変強く怒られたからだ。
「ちくしょう、上司の奴も俺にばかり責任押し付けやがって! 普通アクション以外の企画を素人から持ち込まれたら、没にすんだろうがよお……」
彼の会社は、露骨にエルフばかりをひいきしている。
リグレのような性格の人物もそれが理由で採用されたのだが、当然それは良いことばかりではない。
……エルフにとっては1年前など些細な時間だ。
そのため、人間の感覚では「ずいぶん前のこと」であっても、当たり前のように蒸し返され、怒鳴られる。
リグレは自分の足元で滅茶苦茶に壊れた「臆病ものの隠し砦」の残骸に対して、とどめを刺すべく、手を前に構える。
「それもこれも全部このゲームのせいだ! 世界よとまれ、この冬の兆しと共に!」
ウィザードの資格を持つリグレはそう詠唱すると、得意とする氷魔法を叩きこんだ。
パキ……という音と共に、このゲームは凍り付き、粉砕された。
……気に入らないゲームだったら壊すよりも売る方がマシだろうに。
リグレは粉々になったゲームに対して、少しだけ胸のすいたような表情を浮かべた。
「はあ……ちょっとはすっきりしたな」
だが、そう思ったのもつかの間、彼の部下がリグレに対して不安そうに尋ねる。
「あの、リグレさん。今開発中のゲームの件ですが……相当まずいことになりました」
「あん、どうしたんだよ」
「今度のゲームのイラストを描いてくれる、イラストレーターが見つからないんですよ! それにシナリオライターも……」
「はあ? そんなの使い捨てられる奴がいくらでもいんだろ? 酒場いきゃ、いくらでも……」
だが、リグレの発言は的外れだと言わんばかりに、部下は反論する。
「ですから、今売れてるイラストレーターたちが、みんなうちとは仕事をしないって言ってるんです!」
「はあ、なんだよそれ? 俺たちの仕事を受けないとか、ありえねえだろ!」
仮にもロングロング・アゴーはこの大陸ではかなりの大手のゲーム会社だ。
その為、横暴な契約を行ったとしても、クリエイターたちはみな引き受けてくれた。
だが、それゆえにセントラル・クリエイトのように「クリエイターを自社に所属させる」ようなことはさせず、外注頼みになっていた。当然その方が会社側の負担が小さいからだ。
……だからこそ、今回のように反旗を翻されると、大きな問題になる。
「あいつら、俺たちの仕事がなかったら、飯の食い上げだろ? ちょっと締め上げれば、また『仕事をください』って言ってくんだろ?」
「そ、それが……。今後はセントラル・クリエイトのゲーム開発を引き受ける」って言っていまして……」
「はあ? ……あのニルセンの野郎が作ったクソ会社の仕事を? 内の仕事を断って? ふっざけんじゃねえよ!」
そう言いながらリグレはバン! と机をたたいた。
ビクリと身を振るさせて部下も動揺した。
……だが、そんな会話をしていたら奥から、
「おい、リグレ。ちょっと来い」
と、威厳のある声が聞こえてきた。
リグレの上司だ。
猛烈に嫌な予感を抱えながらも、リグレは奥に歩いて行った。
上司は、眉間にしわを寄せながらリグレに尋ねた。
「おい、リグレ。……うちの会社の『クリエイター離れ』の話は知っているな?」
「え? ああまあ、はい」
「だが、その理由の大半は、お前にあるようだな。……見ろ」
「はあ? んなわけ……ないですよ!」
だが、リグレの弁明を聞く前に、上司は自身の元に届いていたのだろう手紙を見せてきた。
「リグレと言う担当者に、酷い契約を結ばされました! もう二度と仕事はしたくなかったので、ちょうどいい機会です!」
「セントラル・クリエイトの待遇を受けたら、もうオタク、特にリグレとは仕事をしたくありません!」
「私の書いたシナリオをリグレさんに破られた恨みが忘れられません! あなた達の会社名など『Wrong Wrong あぼーん』になってしまえばいい!」
というものだ。
リグレはそれを見て顔を青ざめた。
……ちょうど、シェアをセントラル・クリエイトに奪われたことで、クリエイター側も今までの仕返しとばかりに一致団結してきたのだろう。
上司は、こうつぶやいた。
「お前……分かってるのか? クリエイターは『替えの効く使い捨てのコマ』じゃない。『命も心もある専門家たち』だ。それを理解していたのか?」
けど、そのおかげで開発費は安く抑えられれてたろ?
第一、会社の業績が良かったころは、お前も俺のことを評価してたじゃねえか。
今更善人面すんじゃねえよ!
……と、リグレはそう思いながらも押し黙る。
そして上司はつぶやく。
「とりあえず、お前は今後、営業の仕事に異動することにした」
「え、営業ですか?」
リグレは、営業の仕事を見下していた。
必死に汗をかいて、日々の目標の達成に追われながら努力する姿を格好悪いと思っていたためだ。
その為、今回の異動には相当思うところがあるのか、露骨に嫌そうな顔をした。
だが上司は怒りを押し殺したような口調で語り掛けてきた。
「お前は3年以内に、セントラル・クリエイトの営業成績を追い抜くために全力を尽くせ」
「3年……って、殆どないじゃないですか!」
エルフの感覚では、3年は極めて短いのだろう。
だが上司はリグレをきつく睨みつけた。
「お前が今回の件で会社に与えた打撃を考えれば、これが最大限の譲歩で、最後のチャンスだということだ。……分かったな?」
「く……はい……」
その後、リグレは自身の机に戻ると机に突っ伏しながら、独り言をつぶやいた。
「くそ、くそ……! 覚えてろよ。もし会社をクビになったら、てめえも道連れだ……ニルセン!」
リグレにとっては、今回の直接の原因になったミケルよりも、彼の所属する会社の社長であり、かつ、自身に反抗的な態度を取ったニルセンの方に悪感情を抱いているのだろう(2-4 元パワハラ男はクソな得意先に言ってやりました 参照)。
リグレはそうつぶやくと、その日は会社を早退した。
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