3-8 シナリオライターのひな鳥は、自作をコンペに出したようです
そして締め切りの前日。
「や、やった……完成した!」
僕はギリギリで原稿を書き上げた。
この会社は「クリエイター中心」ということもあり、業務時間中に創作活動を行うことは、本職のクリエイター以外にも認められている。
その為、僕は自分の席でそれを見て達成感に包まれた。
「おお、出来たか。……頑張ったな」
そう、同僚のサイクロプスのおじさんも労ってくれた。
ここ数日間は彼に仕事を手伝ってもらっていた。思い切って話してみたら彼は、ぶっきらぼうだが根は優しい人だった。
「仕事を手伝ってくれて、本当にありがとうございます!」
「……気にするな」
もしも僕が以前のように、人に甘えて仕事を適当にやっていたら、彼は助けてくれなかっただろう。
そう思うと、本当に僕を助けてくれたクーゲルさんには頭が上がらない。
そして僕は、担当の人に完成した原稿を渡した日の夜、クーゲルさんにも報告に行った。
「クーゲルさん! 原稿今日渡しました!」
「おお、やったね! 正直明日が締め切りだったから、心配してたんだよ?」
彼女は本当に素敵な人だった。
僕の出来ないことをしっかりと指摘してくれて、そしてそれをカバーするために色々な工夫をしてくれた。
もしも彼女が僕と近しい種族だったら、きっと告白していただろう。
まあ、僕など相手にもされないのだろうが。
そう考えると、彼女は僕とはかけ離れた、かなり珍しい種族だったのはある意味ラッキーだったかもしれない。
「それもこれも全部クーゲルさんのおかげです! お礼にこれを!」
僕は、キラキラした木の実を3つほど手渡した。
「ん? これは?」
「以前クーゲルさんに植えるように言われた、チャロの実です! 食べても美味しいですけど、乾燥させると腐らなくなるから、アクセサリーにもなりますよ!」
「きれい……これは、有翼人が好きになるわけだね。けど良いの? ミケルもこれが実るのを楽しみにしてたでしょ?」
「いいんです。……もっと大事なものをクーゲルさんはくれたから」
「そう? ……けど、そう言ってくれるのは嬉しいよ」
クーゲルさんはフフ、と笑ってその宝石草をカバンに閉まった。
「ところでさ、完成したシナリオってどんな話?」
「ええ、それはですね……」
審査員は外部の人を雇うらしいので、イグニスさん以外には話しても問題ないことは、ニルセンさんにも確認済みだ。
僕はシナリオのあらましを説明した。
やはりこちらも義兄妹ものだ。
5歳ほど離れた妹が、兄の通っている魔道の学校に行くことになり、そこであっという間に魔法の才能を開花させる。
そして、もともと優等生で有名だった兄をすぐに追い越してしまい、若き天才魔導士として評価されるようになる。
そんな彼女と比較され、バカにされる兄。
その日常に兄は激しい嫉妬を持ちながらも、妹のためにそれを押し殺し、愛情をもって接していた。
だが、兄は自身の持つ財産や家督、そして魔力までも全て妹に渡し、何も言わずに出奔する。
兄の全てを譲り受け、名実ともに世界一の魔導士となった妹は、そんな兄を異性として愛していたことに自覚し、後を追いかける。
しかしその兄が向かった館は、兄の嫉妬、情欲、愛憎、そんな歪んだ思いが怨念のように凝り固まった、恐ろしい魔物の巣窟と化していた……という物語だ。
「へえ……。怖いし、切ないし、なんか面白そうだね」
「そう言ってくれたら嬉しいです」
「よし、今夜は私が奢ってあげるよ!」
「え、いいんですか?」
「ああ。合格したら、代わりにミケルが奢ってよね?」
彼女はそうさっぱりした笑顔で答えた。
……そして1か月後、運命の日が来た。
審査の会場には、僕が知らない人ばかりが並んでいた。
ニルセン社長のつてで集めた人たちだろう。有名なシナリオライターから、敢えて選んだ素人の方まで幅広い人たちがそこにいる。
「さて。では、今回のゲームコンペの受賞作を発表する」
そういうとニルセン社長は、大きく「受賞作」と書かれた紙を取り出した。これを剥がすと、誰の作品が受賞するかがわかるのだろう。
それを、僕を含めた数名のシナリオライターが必死な表情で見守っていた。……彼らは僕と同様、最終選考に残った者たちだ。
だが、それを剥がす前にニルセン社長はつぶやく。
「だがその前に、一つだけ言わせてくれ。……お前たちクリエイターの作品は、どれも本当に素晴らしかった。……落ちた人たちも、面白い作品を作ったら、これからは直接連絡を送ってくれ」
そう言って、連絡先を書いた羊皮紙を手渡してくれた。
……失敗しても、僕らに再挑戦のチャンスをくれる。そういうニルセンさんの性格はクリエイターからも高く評価されていた。
「さて……では、受賞作を発表する。……今日の受賞作は……」
僕は、その日の感動を永遠に忘れることはない。
そう思った。
「『臆病ものの隠し砦』だ! 受賞者の……ミケル……だと? ……は前に」
公平を期すため、ニルセン社長は今回の審査には一切関与していない。
僕もニルセン社長には、自作の内容は勿論、タイトルも伝えていない。
……ニルセン社長は平静を装っていたが、受賞者が僕と知り、声が微妙に震えていた。
前に出た僕は、審査員の人たちから拍手を浴びた。
「おめでとう。君が受賞者のミケル君か。素晴らしい話だった」
「私も、あの妹の気持ちを想うと、切なくて……グッドエンドで、兄と両想いになるエンディングを見た時には泣いてしまいましたわ?」
「俺はバッドエンドで、別の男と結ばれる話も好きだな。あの男も誠実で素敵な奴だったから、最高だったよ」
こんなにも、人から自分の作品が評価されることは、嬉しいことだったんだな。
僕はそう思っていると、
「あ、あれ……変だな……」
目から涙が止まらなかった。
僕のことが心配で見てきてくれたイグニスさんやクーゲルさん、そしてサイクロプスのおじさんは、そんな僕を温かいまなざしで見てくれていた。
そして僕は前に出る。
「おめでとう、ミケル君。君の作品をこれからゲームで使わせてもらうことになる。感想はどうかな?」
「えっと、その……。ごめんなさい、今ちょっと話せなくて……」
「そうか……」
そして、ニルセン社長はにやりと笑う。
「だが、忙しいのはこれからだぞ? ゲームシナリオはそのままゲームに落とし込めるわけじゃない。直さないといけない場所も一つや二つではないだろう。……ここで落ちていてよかったと思えるほどに忙しくなるから、覚悟しておけよ?」
「……はい!」
好きなように書けていた、今までも本当に楽しかった。
だが、これからは『世界にゲームを届けるために』書くことが出来る。それはそれで大変なのだろうが、それでも僕の心の中は希望と達成感にあふれていた。
……そして、半年の月日が流れた。
その期間は、本当に大変だった。
僕は授賞式の翌日から、雑用係ではなく「シナリオライター」として、新しい形態で雇用されることになった。
おかげで、軽食をみんなに作るような仕事からは解放されたが、いつの間にか癖になっていた事務所の掃除は相変わらず続けていた。
そんな僕のことを見てくれていたからか、周りの人たちも僕のことを応援してくれ、時にはご飯を奢ってくれることもあった。
時にはメンバーとケンカをすることもあった。
それでも自分の考えたシナリオが少しずつ絵と共に形になっていく喜びや、それをテストプレイした人たちの表情を見ていると、そんなストレスも消し飛んでいく。
「やった……これが、僕達のゲーム……」
そしてついに、ゲームは完成した。
その時にみんなとやった打ち上げは、おそらくどんなに楽しいゲームをプレイしても、味わえないと思える時間だった。
社長のあいさつのあと、ニルセンさんは僕とイグニスさんの肩を叩いて、
「……やったな、イグニス、ミケル。これがこの世界では初の『ビジュアルノベル』だ」
そう言ってくれた。
「ええ。俺の絵が、こんなにきれいに描画されるなんて最高ですね。それにミケルのシナリオのおかげで、魅力が何倍増しにもなったな」
「僕も……このシナリオは、イグニスさんの力があってのものです。本当に素敵なイラストで、嬉しいです」
そしてニルセンさんはそのゲームソフトを掲げて答えた。
「このゲームが多くの人に喜んでもらえれば……また新しいクリエイターを所属させることが出来る。そうして、皆が楽しく創作に専念できる世界を作れれば最高だな」
「ええ」
「はい!」
この会社のように、クリエイターのことも、それ以外の人のことも考えてくれる人が居れば、今以上に創作の世界は素晴らしいものになるだろう。
そして最後にニルセンさんはこうつぶやく。
「私たちが『ビジュアルノベル』という世界をゲーム界に切り開く。そして世界のゲーム市場を塗り替えるんだ!」
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