3-7 シナリオライターの卵は、最高の『ビジュアルノベル』を作るようです

ニルセンさんはぽつり、とつぶやく。


「実は私の会社のゲームはさほど売れていなくてな。……どうやっても資金力のある、ロングロング・アゴーの会社に後れを取っているところだ。だが、そのアイデアはいいな」


「ええ。というか、俺の絵がそのままゲームで使えるなんて嬉しいですよ。確かに戦闘とかがなければ、その分容量稼げますよね。これならいろんな表情を書けるし『これが俺の作ったキャラだ!』ってのを伝えられるのは……良いっすね」


イグニスさんもそう言ってくれた。

……だが、僕の作品はまだまだシナリオとしては三流も良いところのようだ。

これがそのまま採用されることは無いのだろう。



そしてニルセンさんはつぶやいた。


「よし。……じゃあ、コンペを開くことにしよう」

「コンペ?」


聞きなれない言葉だ。

恐らくどこかの転移者からニルセンさんが教わった言葉だろう。



「ああ。町中の酒場の掲示板に貼ってくれ。『小説として読める分量の、ゲームシナリオ募集! ジャンルはホラーミステリー』とな」



そういうあちこち飛び回る仕事は、僕達有翼人の独壇場だ。

そのことも踏まえて、ニルセンさんは僕に話を振っているのだろう。



「掲示板にそれを貼って、どうするんです?」

「その持ち込んでもらったシナリオ『だけ』を見て、その中で一番『売れる!』と思ったものをシナリオにする。……無論、種族の垣根も実績も無視して、だ」

「へえ……」


それを聞いて僕は少し驚いた。

イグニスさん達を見ていて分かった。


この世界のクリエイターは『実力主義』なんて耳障りの良い言葉を使っているが、実際には「才能」ではなく「種族」や「人柄」といった、能力以外のところでの評価が大きい。


仕事を取るために、直接関係者と会って話をする関係上、どうやっても『頭がいい種族』とされる上、容姿にも優れるエルフなどは有利になりやすい。


更に彼らは長寿なので『キャリア』で判断されると、ますます有利になる。100年も前にヒットした演劇の台本なんてのが経歴として評価されるのだから当然だ。




……こんな、特定の属性の人たちに有利な『実力主義』なんか認めたくなかった。だからこそ、あのリグレとかいうクソ野郎がのさばってたのだから。




僕はその「コンペ」というシステムについて尋ねる。

「えっと、じゃあシナリオを集めた後は、純粋にそれだけで決めるんですか?」

「勿論だ。経歴や種族は書けないようにするし、審査員は『誰が何を書いたか』を分からないようにする。……もちろん、お前もな」



やはり、とは僕は思った。

そもそもニルセンさんと懇意な僕は、それだけで有利になりやすい。

そういう『自分が得をする不平等』もないのは、寧ろ自分の実力をはっきり知ることが出来るから、ありがたい。



「折角書いてもらって申し訳ないが、公平を期すために、お前が今回書いたシナリオは無条件で失格だ。別のシナリオを書いてくれ」


「……はい。どっちにしろ、こいつはまだまだ未完成だって分かりましたから」


ちょっと残念だが、この作品は十分に役割を果たした。




僕の考えたゲームの新しいジャンル、その名も『※ビジュアルノベル』という考えがニルセンさんに理解してもらえたからだ。


(※我々の世界と同じ概念の名詞が、同じ言葉で産まれるのは違和感があると思いますが、そこは気にしないでください)



「コンペの期限は半年後だ。……かなり短いと思うが、お前なら完成するだろう」

「半年後、ですか……」


結構ギリギリかもしれないな、と僕は思った。

けど、あまり期間を長くすると、この新しいゲームのアイデアが横取りされるかもしれない。

そう思った僕は、頷いた。





その翌日、僕は各地の酒場を飛び回り、件のチラシをばらまいた。

これにはイグニスさんが徹夜で仕上げてくれたイラストも一緒に描かれていた。



「へ~? シナリオか? しかも種族不問? じゃあ私もやってみようかな?」

「結構な文字を書くことになるけど、面白そうじゃん! ホラーミステリーのゲームなんて、初めてだからどうなるか……」

「けどさ、採用されたらイグニスさんがイラスト描いてくれるんでしょ? 最高じゃない!」



……そんな感じで、酒場はしばらくその話でもちきりだった。



ニルセンさんとイグニスさんは、この日以降僕の作品を読んでくれなくなった。

彼らは審査員でこそないが、やはり会社の重要人物が口出しをするのは不公平であると判断されたためだ。



「公平を期すために、私はお前の作品制作には関わらない。……できることは、これを買ってやるくらいだな」


そういってニルセンさんは、ご主人様に使用を許されたわずかなお金から、シナリオの入門書を買ってくれた。


僕はそれを読みながら、毎日寝る間を惜しんでシナリオを書き続けた。


分からないところはイグニスさんが紹介してくれたプロのシナリオライターさんに教わったり、独学で調べたりした。こういう時こそ有翼人の移動力が生きる。


僕の頭の中は、いつのまにか「面白いシナリオ」のことでいっぱいになっていった。

頭の中でキャラクターたちがわいわいと騒ぎ、そして時にはケンカをし、そして僕のシナリオ作成を時に手伝い、時には勝手に書き換えていく。


そんな感覚が、たまらなく楽しかった。




……そんなある日。

僕はいつものようにご主人様に呼び出されていた。

ご主人様はいつものように、ベッドの上でお菓子を食べながら、性奴隷と称する彼女たちを侍らせていた。


「やあ、ミケル。たまにはお前にも見せてやるよ。僕らがお前の大好きな子と愛し合っている姿をな? 羨ましいだろ?」


そう言って、見せびらかすように、サラに対してキスをした。

ご主人様は唇を離すと、再度のキスをせがむように、彼女はつぶやく。


「もっと、もっと……」


その様子に、ご主人様は『ウヒヒ!』と下卑た笑いを浮かべる。


「まったく可愛い性奴隷ちゃんだ。じゃあ、もっとキスしてあげるね?」

「ありがとう、ご主人様~?」


そういってキスをする二人。イグニスさんの彼女やニルセンさんの奥さんも、その様子を見ながら一緒にキスを始める。


「どうだ? どうせお前には恋人なんかできてないんだろ? なあ、非モテのお前は、今の僕を見て、どんな気持ちだよ?」


サラも同様に、僕を見下すような口調で尋ねる。


「ねえ、クソミケル? あんたまだ雑用係なんでしょ? 私は仕事辞めて、ご主人様みたいな強―い旦那様の性奴隷になれて、毎日幸せなのよ?」


こうやって『元恋人』に罵倒させ、更に自分を持ち上げさせるのはご主人様の好きなことの一つだ。

……だが、今の僕にとってはそのことに対して頭を巡らせる余裕はなかった。


「もっと、もっと……」


僕は先ほど彼女がつぶやいていたセリフと同じことを言いながら、腕に巻いていたメモにシナリオのネタを書き続けていた。

もう、今のこの手を止めることは僕自身にも出来ない。


「おい、なにやってんだ、お前?」

「……シナリオを書く手が止まんないんです! すみません、ご主人様!」


それを言った僕は少し後悔した。


こんなことを言ったらご主人様はまた催眠をかけて、手を止めさせてくる。

……そう思ったが、ご主人様は意外にも催眠をかけてこなかった。


「ウヒヒ! シナリオって、このコンペのこと?」


そう言って酒場に貼ってあったチラシを見せてきた。

ああ、ご主人様にもこの話は通っていたのか。


「はい、そうです。今度のコンペにかけてるんです、僕……」


僕がそう言うと、ご主人様はニヤニヤと笑った。


「ふーん。まあ無駄な努力をしているのを見るのはいいけどね」

「無駄な努力……ですか?」

「どうせお前なんかには無理だからね~?」

「無理かどうかは、やってみないとわからないですよ」

「ふーん。ま、下手に催眠をかけて『あの時催眠をかけられなかったら成功していたのに!』なんて思われるのも嫌だし、勝手にやってろよ。僕は性奴隷3号ちゃんと楽しくイチャイチャしているからさ」

「まあ、ご主人様って慈悲深いですね? ますます好きになりましたわ!」


そう言うと、ご主人様はまた3人の性奴隷といちゃつき始めた。



催眠をかけられなかったのは、ありがたい。

けれど、なぜ「無駄な努力」と断じるのだろう。


僕はそう思って顔を上げた。



(……ああ、そういうことか……)



有翼人の僕は、一般的な種族より視力が優れている。

ご主人様の机の上には、何枚か原稿と思しき紙が置かれていた。


……だが、10枚ほど書いたところでそれは終わっている。



(ご主人様もこのシナリオに応募しようとしたんだな。けど、書ききれずに挫折したってことか)


原稿にものを書くというのは、頭の中にある漠然とした「何か」を現実世界に表出する行為だ。

最初は活発に動いていたキャラクターが突然動かなくなり、僕ら作者の指示を待たないと何もできなくなってしまうことも多い。



その為、シナリオを書ききるのは意外に才能がいるし、なにより根気が必要だ。



……正直ご主人様を見る限り、元の世界でもこの世界でも、何か努力をしたり、何かを成し遂げたりしたのは見たことない。

あるのは、ただ性欲と食欲に身をゆだねた自堕落な生活と、時間をつぶすために行っているゲームだけだ。


そうやって、元来持っていた根気すら失い、催眠アプリで操った女の子に『他者を下げながら自分を褒めさせる』ようなことをして優越感を保っているような人間に、シナリオを完成させられるわけがない。



そう僕は思いながらも、シナリオのネタを出し続けていた。

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