3-6 シナリオライターの卵は、自作品をボロクソにけなされてしまったようです

「お前、どこの会社?」


その男は僕が自己紹介するより早く、いきなりそう言ってきた。


「えっと……。セントラル・クリエイトです」


ニルセン社長は確か「クリエイター中心の会社を作りたい」という気持ちから、そう言う名前の会社名にしたと聞いている。

実際僕の会社は、クリエイターだけでなく僕らのような雑用係同然の人であっても、十分な待遇が受けている。



だが、それを聞いてリグレの顔はこわばった。


「げ、あのクソニルセンの会社かよ? ったく、来て損したな」


その発言にむっときた。

ご主人様の命令によるものとはいえ、ニルセン社長と僕は自宅でも一緒に生活している関係だ。


少なくとも、彼に侮辱されるような人格ではないことはよくわかっているつもりだ。


「まあいいや、とりあえずシナリオ見せろ」

「はい」


こういう高圧的な話しかたをする人は好きじゃないんだけどな、と思いながら僕は作ってきたシナリオを見せた。


「ったく。汚ねえ字。育ち悪いだろ、お前?」


その発言にムッと来た。

このシナリオは、わざわざ徹夜して、きれいな字に書き直したものだ。

それを汚いと言われるだけならまだしも、それと育ちの良さを関連付ける言い方は腹が立った。


僕のシナリオのタイトルは、『止まる永遠の血と涙』。

いわゆるホラーミステリーものだ。

義理の双子が主人公であり、ヴァンパイアの妹はインキュバスの兄を異性として愛している。


兄の方もいつしか妹への恋愛感情を募らせていくが、義両親は兄妹の恋愛を快く思っていないことから、その思いを封印し、妹に自らの血を分け与える生活を送っていた。



だが、孤児だった自分を拾ってくれた義両親への義理と、日増しに募る妹への恋愛感情の間で揺れ動き、次第に兄は精神を病んでいってしまう。


そんな中、ある日突然両親が行方不明になる。


このまま両親が見つからなければ、自分たちは結ばれる。しかし、両親を放っておくわけにもいかない。そんな葛藤の中、謎を解いていく物語だ。



「ど、どうでしょうか……」



勿論今流行りの冒険ファンタジーではなく、ジャンルをホラーミステリーにしたのにも、ちゃんとした理由がある。そのことも後で伝えるつもりだった。

……その時までは。


ざっとシナリオを斜め読みした後、リグレはバサッと乱雑に投げ捨てながら、手に持っていたお菓子をバリバリとかじった。



「はあ~。いかにも『モテない男が必死で考えたような、童貞臭い恋愛』って感じで、だっせー設定だな。この兄妹……ていうか、この兄妹を考えたお前、キモすぎ」



そう言ってふう、とリグレは口の周りについたお菓子のかすを吹き飛ばすと、それは原稿にかかった。


……おいてめえ! これを書くのにどれだけかかったか、分かってんのか?

ていうか、その言い方はなんだ!



「しかも、この文章ひでーよ。誰が何言ってるかわかんねーし、文法も滅茶苦茶。お前、まじめに学校いってなかったろ?」

「学校には行ってましたけど……」

「じゃあ一度、小学校に入り直せよ。ま、有翼人って、馬鹿な親が多いだろうし、教育に金かけられねえんだろうけどさ」



そのあまりの発言に、僕はリグレの首根っこを掴んで飛び去り、はるか上空から落としてやろうかと思った。



確かにシナリオが稚拙なのは認めるし、文章に脈絡が無いと言われたら、多分そうなのだろう。

僕の作品は僕が「一番いい」と思っているものだが、第三者から見たら未熟なのは仕方がない。


……だが、さっきの話もそうだが、いちいち僕のパーソナリティにかかわることや、家族のことにまでケチをつけるんじゃない。



そりゃエルフは、金持ちだし頭が良いし、社会的にも優遇されてる種族だよ。

だけどな、てめえの両親は今のてめえの姿を見て、泣くだろうな!


……とも言ってやりたかった。



リグレ……いや、もう名前を出すのも嫌だ。このクソエルフは続けた。



「あと、アクションシーンが無さすぎ。お前、売れるための勉強した?」

「あの、それは……」

「今売れてるゲームのシナリオはなあ? 派手なバトルのある、バカなガキに喜ばれる作品なんだよ。お前のつまんねー妄想恋愛日記じゃない訳。分かる? 分かんねえか、バカだしお前」

「いえ、あの……」


確かにそれはそうだ。

だが、その「派手なバトル至上主義」の考え方には、致命的な欠点がある。だからこそホラーミステリーのシナリオを作った。


僕はそのことを伝えようとしたが、それを口にする前にクソエルフが遮ってきた。……後になって思うと、僕はこの時に本当によく暴力を振るわなかったなと自分を褒めてやりたい。



「てゆーかさ。お前、見た感じさ。会社でうまく行ってないタイプだろ?」

「え?」


クソエルフはそう言いながら、嘲るような笑みを見せる。

まるでご主人様が見せる笑顔だが、なまじ社会人経験や社会的地位がある分、この男の方が始末に負えない悪辣さを感じさせた。


「いるんだよね~? 会社ではじかれてるやつが一発逆転目指して、シナリオとか書く奴? これくらいならボクでも書けるんでちゅ~? みたいな考えさ。そういうの、俺みたいなプロは分かんだよ」

「…………」


怒りのあまり、僕はもう何も言う気になれなかった。


「だからさ、そう言う奴って、キモいしうぜーんだよね。ったく、読んで損したよ。さっさとそれ持って帰れよ」

「……はい……」



もうこの「ロングロング・アゴー」には一秒だっていたくない。

というか玄関まで歩くのも嫌だ。


僕はそう思って、窓から外に飛び立った。





「ってことがあったんですよ……」

「そうか……。それはひどかったな。と言うより、運が悪かったというべきだな。よりによってリグレに当たるとは……」

「あのリグレって野郎は……。あいつのせいでニルセンさんも会社をクビになったし……俺も滅茶苦茶嫌いだからさ。けど、お前は偉いよ。そこでパンチを叩きこまなかったんだからな」

「全くだ。以前の私なら、その場で天井に叩きつけてる。無論原稿ではなく、リグレの方をな! はっはっは!」


帰るなり、僕はイグニスさんと、ちょうど出張から帰ってきていたニルセン社長に話を聴いてもらった。


……なんか、こんな偉い人に愚痴を聞いてもらうなんてカッコ悪い気もしたけれども、それでも二人は嫌な顔一つしないで、ユーモアも交えつつ話を聴いてくれた。


僕もいつか、こんな風に人に接することが出来ればな、とも思えた。



「そうだ、折角だからお前のシナリオ見せてくれないか?」

「え?」

「大丈夫だ、リグレの奴のような侮辱はしない」


そう言われて一瞬ためらった。

正直、あれだけボロボロに言われたシナリオを見せるのは気が引けたからだ。

だが、この二人なら信頼できる。そう思って僕はシナリオを見せた。




「ふんふん……。えっと、この表現ってどういう意味だ?」

「ああ、そこは主人公の独白です。妹のことを想って出た、妄想なんですよ」

「……ん? これはどういうシーンなんだ?」

「はい、そこは洞窟の中で出てきた影におびえているシーンで……」


この二人は、僕の作品を『理解する』ことを第一に考えてくれた。

僕の文章が稚拙なせいで理解できないところについても、話を聴いて補完しようとしてくれる。


……今にして思うと、あのクソエルフは「俺様がどう思うか」ばかり考えていて、僕の作品を理解する気なんか、これっぽっちもなかったな。


だが改めて、本当に僕の作品は読みにくいのだな、ということが分かる。

僕は才能が無いのかな……とも感じた。



それから数時間後、全部読み終えた二人は答える。


「……うん。……面白いじゃん、これ!」

「え、お世辞じゃなくてですか?」


僕は思わずそう答えたが、二人とも首を横に振った。


「いや、これはマジで良いと思うよ」

「ああ、私もそう思う。最初は何書いてあるかわからなかったが、筋書き自体は優れている。……原石を磨いて行ったら、きれいな宝石が見えてきそうって感じだな」

「そうそう。特にこの兄が一線を越えようとする瞬間の描写! 妹の目線から兄を見上げるシーンとか、凄いと思ったよ!」

「そうだな。あとは最後に二人が『兄妹として』両親の前で見せつけるように抱き合うシーンもだ。やはり、双子の義兄弟ものは、こういう余韻があってしかるべきだ」



それを言われて、僕は嬉しくなった。

作品の「読みやすさ」はまだまだみたいだが、作品自体は良いと思ってもらえたからだ。

思わず僕はニルセンさんに尋ねる。


「じゃあ、僕のシナリオはゲームとして採用は……」

「いや、そのレベルには全然足りないな。まだせいぜい『卵』と言ったところだろう」


ああ、やっぱりか。

ちょっとがっかりしながらも、また頑張ろうと思えてきた。



「ところで、なんでお前は今流行りの冒険ファンタジーじゃなくて、ホラーミステリーを題材にしたんだ?」


そう、その質問が欲しかった。

僕は答える。



「その手のゲームって、どうやっても動きとかエフェクトとか、そう言うのにお金と※容量を取られちゃいますよね?」


(※しつこいようだが、この時代のゲームのレベルは現実での90年代後半と同等である)



「ああ。正直そのあたりの依頼の方が、俺も最近は多いくらいだからな」


イグニスさんもそう答えた。

イグニスさんの美麗な絵も、ゲームになるとデフォルメされたイラストになってしまうので、パッケージくらいにしかそれが反映されていないのが気になっていた。


「ロングロング・アゴーみたいな会社が巨額をかけて作るようなゲームなら、まだいいんですよ。けど、うちらみたいな会社の場合は、そう言うのって難しいですよね?」

「ああ。……それに、どうもうちの金庫の金が抜き取られているようでな。正直予算はいつもギリギリなんだ」


……ん?

確か誰かが金庫の金を抜き取っていたような気がしたけど……ダメだ、『鳥頭』の僕がそんな昔のこと、覚えてるわけない。


「だから思ったんです。……逆に『戦闘が無いゲーム』だったら? つまり『物語だけ』のRPGがあったら? って。そうすれば、容量が余るから、イグニスさんの絵も……」


「デフォルメしないで良いってことか。しかも低予算で済む……そりゃいいな!」

「……けど、従来のアクションものから戦闘を抜いただけのシナリオなんて、ただつまらないだけだって思ったんです。寧ろ『文章とイラストだけで臨場感を得られるジャンル』を考えたら……」

「ホラーミステリーになった……というわけか」

「ええ」


やっと、この話が出来た。

これを言えただけでも、このシナリオを書いた甲斐はあったな。


そう考えていると、ニルセンさんは少し押し黙ったと思うと、ぽつりとつぶやく。



「これは……新しいゲームのジャンルになりそうだな……」

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