3-5 シナリオライターの卵は、初シナリオを完成させたようです

今日僕は、ご主人様がサラとイチャイチャ楽しみながら、ゲームをしているのを散々見せつけられている。


彼はイグニスさんの元恋人や、ニルセンさんの元妻、そして僕のフォローをしてくれていたサラを侍らせている。


イグニスさんとニルセンさんは、そんなご主人様たちを見ているふりをして、小声で話をしていた。



(今度作るゲーム、主人公のイラストの出来はどうだ?)

(バッチリです。近未来的なジャケットを着せてるのがミソですね)

(そうか、明日見せてくれ。ところで、シナリオの件は誰かいい奴いそうか?)

(いえ。俺の仕事仲間にいい相手はいませんね。ロングロング・アゴーの連中に引き抜かれてます)

(そうか。……最近冷え込んできたが、お前のチームで体調崩してるやつはいるか?)

(クーゲルのチームで、サキュバスの子が一人、生理が重くてつらそうです)

(それは気の毒だな。せめて休める環境を用意してくれ。くれぐれも、彼女を責めることは無いようにな)


そんな感じだった。


「ねえ、性奴隷1号ちゃん。ピザ焼けた?」

「はい、出来ました! た~っぷりニンニクとマヨネーズをかけましたよ?」


また脂っこそうな料理だ。

ご主人様はろくに運動もせずにこういう食事を摂ってばかりいる。


「うっひょー! 美味そう~?」

「フフフ。ご主人様がよく食べてくれると嬉しいです」

「ウヒヒ。……あ、見てよ性奴隷2号ちゃん! レアアイテム出たよ、これ!」

「へ~? どんなアイテムなんですか?」

「うん、これはさ……」


そう言いながらしばらくゲームをしていたが、少し飽きてきたのか僕らの方を見て、バカにするような表情を見せた。


「おい、労働奴隷ども」

「はい?」


そこでイグニスさんとニルセンさんは、会話を辞めて顔を上げた。


「今日はお前らに素敵なご飯を用意したんだ~? ほら、性奴隷1号ちゃん? 用意したの、取ってきて?」

「もうここにありますよ? ……はい、屑カレ。それとそっちの奴隷もね」


イグニスさんの彼女ヒューラは、そう冷たいまなざしでこちらを見ると、わざわざ買って来たであろう、犬用の皿に残飯を使ったシチューを出してきた。



「な……」

「これは……」

「ウヒヒ! 残さず食べるんだよ~? ちょっと、会社を経営してるからって、図に乗った罰だよ、これは?」



そう言いながらニヤニヤと笑うご主人様は、少しニルセンさん達に嫉妬するような表情にも見えた。



「僕の性奴隷ちゃんたちは可愛いだろ? おっぱいも大きいし、お尻も可愛い。こんな風に好きなように出来るのは、強いオスである僕だけなんだから!」

「そうそう! ご主人様と違う雑魚オスのあなた達は、このエサでも食ってなさい?」

「社長って言ったって、生物としてはご主人様の方がずっと上ですから!」

「クソミケルも、残念ね? 私のおっぱい、揉みたかったんでしょ?」


そう言いながらも皿を見せつけながらご主人様はゲームに戻った。

イグニスさんが、いつになく暗い表情をしていた。……無理もない。自分の元恋人にこんなことをされたのだから。


僕は小声でイグニスさんに尋ねる。


(だ、大丈夫ですか? 全部僕が食べましょうか?)

(いや、そうじゃないんだ。つらいのは、これを出されたことじゃない)

(どういうことです?)

(見ろよ、この野菜クズ。こんな雑な煮込み方しなくても、まだ食えるんだよ。ブロッコリーも、芯を適当に放り込まずに一度炙ってきんぴらにするとか、もっといい調理法はあるんだよ)


そう言えばイグニスさんは、給料をほぼ全部ご主人様に手渡している。

そのこともあり、本来捨てるような野菜くずを貰って再利用したり、野菜の根を用いて水耕栽培をしたりなど、工夫に工夫をこなしていた。


(食材を無駄にしたから、悔しいんですか?)

(それもあるけど……。そもそも俺の料理の仕方は、全部ヒューラから教わったんだ。だから、彼女も催眠にかかる前は、こういう野菜クズもきちんと料理してたんだよ……)

(ってことは、つまり……)



(ああ。……彼女の人格をそこまで書き換えてるんだ。元の性格なんてご主人様にはどうでも良いんだろうな……)



彼女の人格が消えてしまっていることにイグニスさんは嘆いていたのか。

……もう、この人は『自分のために怒る』ような人ではないんだな、と僕は少し尊敬と同情の混じった気持ちになった。



……それに引き換えご主人様は、僕らと自分の身の回りをしてくれる性奴隷、そしてゲームと『自分の世界』だけですべてが完結してしまってる。


そう考えると、どこかご主人様は哀れな人にも思えてきた。





それからしばらくの後、僕らは解放された。

イグニスさんはいつものようにご馳走(ご主人様の家に行く日は、気晴らしもかねて用意してくれている)を振舞ってくれたので、僕らはそれを食べて自室に戻った。



……そして僕はいつものように寝ようと思った瞬間、手元にあったメモ帳が震えた。


(ああ、そうだ。忘れないように一時間ごとに震える魔法をかけてたな……)


そう思ってメモ帳を見た。

……そこには夕方のうちにメモしておいた「シナリオの走り書き」があった。



「……!」


その瞬間僕は、寝取られを見せられていた時の悪感情も全て吹き飛び、猛烈な勢いで頭の中でキャラクターたちが立ち回る姿が浮かんできた。


一刻も早く、このキャラクターを頭の中から出していかないと、耐えられない。

そう思った僕はいてもたってもいられず、そこにあった羽ペンを手に取り、猛烈な速度で筆を走らせた。


(やばい、やばい、やばいやばい!)


書けば書くほど、どんどん頭の中から言葉が浮かんでいく。

そして、それが形になっていくにつれて凄まじい快感が頭の中を突き抜けていく。



……この感覚は恐らく物語を書いたことのある人でないと味わえないのだろう。

そう、ご馳走を食べた時やたっぷり寝た時、そんなときの感覚ともまるで違う快感に身をゆだねながら、僕は手を止めることなくシナリオを書き続けた。




……それから数か月が経過した。


「おはようございます、イグニスさん、ニルセンさん!」

「おはよう! 今日も台所がきれいだな、助かるよ」

「洗濯板もきれいにしてくれたのか。悪いな」


僕は職場でやっていたように、家でもシェアハウスの掃除を引き受けるようになっていた。

イグニスさんが料理、ニルセンさんが洗濯だから、ちょうどバランスが取れると思ったこともある。


こうやって『自分の役割』を持って家事をやると、自分が疑似的とはいえ家族の一員になれたような気がして、少し自分に誇りを持てた。




「おはようございます!」

「ああ、おはよう」


僕はクーゲルさんに言われた方法を何度も試しているうちに、すっかり「朝一番に来て掃除をしてくれる男」「雑用をしっかりとこなしてくれる男」として会社内で思われるようになっていた。


その甲斐もあってか、同僚のサイクロプスの男性とも、普通に挨拶をすることが出来る程度の関係になっていたし、社内でもあまり白い目で見られなくなった。


まだまだ一人前には程遠いけど、それでも少し嬉しかった。




だが、何より最近充実しているのは、シナリオについて考えている時だ。


休日に行列に並んでいたり、イグニスさん達とご飯を食べていたりする時、


(……ん、待てよ? 主人公が双子の兄って設定だろ? だから妹は、兄が声変わりしたときのイベントで……)


そんな風に今書いているシナリオの内容が思いついたら、忘れないようにメモを残しておく。そして家に帰った後にそのシナリオを見て、頭がはじけるような感覚と共にそのシナリオを書いていくのは、とても楽しかった。


これについては、クーゲルさんに手伝ってもらって身に着けた早起きの習慣がとても役に立っているような気がする。

休日でも、頭がしゃっきり冴えるようになって、いいアイデアがどんどん浮かんでくるからだ。


そんな日々を続けていて、ついに、

「出来た……」


新しいゲームに使えそうなシナリオが完成した。


(けど……これ、誰に見せるかなあ……)


イグニスさんは本来イラストレーターだ。シナリオは読んでくれないだろう。

ニルセンさんに見せても良いかもしれないけど、しばらく出張で帰ってこないとのことだ。

そんな時、街の酒場でシナリオを募集していた会社があったのを思い出した。



「そうだ、ロングロング・アゴーって会社があったよね? そこに見てもらおうかな」


そう思って僕は、その会社にアポイントを取ったところ、幸い一度見てもらえるという話になった。




そして数日後、約束の時間になり、僕はロングロング・アゴーの応接室に座っていた。


(けど……大丈夫かな?)


確か、その会社はクーゲルさんがすごく悪く言っていた。

誰か凄い嫌な人がいるって聞いたけど、その時は「仕事に関係ないこと」としてメモをしなかったので、その人の名前を憶えていない。


……まったく、鳥頭なのは相変わらずだな。

けど、よっぽど運が悪くない限り、そんな人にまた当たるなんてことはないと、その時の僕は思っていた。



……だが。

約束の時間から遅れること10分、そのことを謝りもせずにエルフの男が椅子にどっかり座ってきた。



「ああ、どうも。俺が今回の担当、リグレだ。ま、よろしくな、鳥頭野郎」


その第一印象だけで、僕はこの男こそ、クーゲルさんが言っていた男なんだと確信した。

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