3-4 鳥頭野郎はシナリオライターへの第一歩を踏み出したようです
翌日。
「おはよう、ミケル。朝ごはん出来てるぞ?」
「今日の洗濯は済ませてある。お前のタンスに閉まっておいてくれ」
そう言われた僕は、イグニスさんが用意してくれた朝食を食べた後、ニルセンさんが洗濯してくれた衣服をタンスにしまう。
(……ちょっと待って。僕の今の状況って、相当やばいことなんじゃないか?)
イグニスさんは一流のイラストレーター。
そしてニルセンさんは僕の会社の社長。
僕よりもずっと立場が上の人物だ。
ここ数日は特に気にも留めていなかったが、よくよく考えるとそんな人にご飯を作ってもらったり、洗濯をしてもらったりしているのが現状だ。
(そうか、これも……『催眠アプリ』の効果なんだ……)
……そう言えば昨日受けた催眠アプリでは『自己中な性格を改めること』という暗示だった。
なるほど、本当に僕は自分のことしか考えてなかったってことか。
「あの、すみません……ありがとうございます……」
だがイグニスさんは気にする様子もなく笑みを見せた。
「気にすんなって。それに料理って、結構仕事するうえでも役に立つからな」
「そうなんですか? イグニスさんはイラストレーターだから、料理で色彩感覚を養う、とかそんな感じですか?」
イグニスさんはその発言に少し首を傾げた。
「それは分からないな……。けど、料理が好きな人って結構多いからさ。仕事先の相手とその話で盛り上がれるのが良いんだよ」
「へえ、そうなんですね」
すると、ニルセンも横から話に入ってきた。
「私の洗濯もそうだな。私の仕事はいつも悩み事が多いだろう?」
「社長ってそうですよね」
「そういう時に洗濯して頭を空っぽにするのは、気分転換にもなる。単純作業は意外と頭をすっきりさせるからな」
「へえ……」
そう言いながらも僕は歯を磨きに洗面所に立った。
「えっと……そうだ、まずは歯磨き、その後は寝ぐせ直し、そしたらカバンを開けてっと……」
洗面所には、昨夜張り付けておいた「朝のルーティン」について書かれていた。
まずカバンを開いて忘れ物チェックをすることと書いてある。
僕はそれを見て、通勤用のカバンを開いた。
因みに、通勤用のカバンは洗面所近くのボックスに置くようにしたので、カバンを探したり取りに戻ったりする必要もない。
いつも出がけに『あれがない、これがない』って騒いでいたが、これならその時間も短縮できる。
「あ、そうだった!」
カバンを開くと、そこには「明日持っていくもの」と書かれた一枚の紙が貼ってあった。
僕はそれを見て、昨日会社の仕事を持ち帰っていたことを思い出し、自室の机の上に置いてあった資料を回収した。
「常に自分の動線を意識して、その場所ごとにメモを貼っておくんだよ」
そう昨夜クーゲルさんに言われたことが早速役になった。
そして窓から会社に向けて飛び立とうとするが、窓の脇にハンカチと財布が置いてある。
「うん、ここに置いておいてよかった」
いつもハンカチや財布などの小物を取りに戻って余計な時間を取られることも多い。
また、酷い時にはハンカチを取りに自室に行ったついでに『ちょっと今日は朝早いから少しだけゲームやろうかな』と考えてしまい、結局遅刻することもあるくらいだった。
その為、自分が出かけるときの動線に合わせてものを置くようにしたおかげで、いつもより出立の時間がだいぶ早くなった。
僕は今度こそ窓の外から飛び出した。
「よし、こんなものかな……」
クーゲルさんは『チャロの実の種』を買うように言ってくれた。
この種は、育てるとまるでチャロアイトのような、僕達有翼人が好む美しい実ができる。
正直、この種が早く発芽するのが楽しみで、今日はいつもよりも早く会社に来たくてたまらなかった。
(やっぱり、こういう『楽しいルーチン作業』を朝決まった時間にやるようにすると、寝坊しなくなるんだな……)
そう思いながら、僕はいつもよりもかなり早い時間に会社に到着することが出来た。
「おはようございます!」
「……ああ。……ん、早いな今日は」
サイクロプスの男性はぶっきらぼうながら、その表情は少しだけ笑っているのが分かった。
……多分僕がいつも遅刻するのは内心快く思っていなかったんだろうな。
そう思うと、僕は彼に対しても少し申し訳ない気がした。
……それにしても、彼はよく帳簿を見ながら、しきりに首をかしげている。計算が合わないのかな? 見た感じ昨日家に帰ってないようだ。
よほど多額のミスがあるのか?
何か、彼ら経理の人に言わなきゃいけないことがあったような気がしたが、思い出せないので僕はあきらめた。
そして僕はとりあえず事務所の掃除を始めた。
これは一応僕が頼まれている仕事だからだ。……大抵の場合、サラにお任せしてしまっていたのだけれど。
よく見ると洗剤には「補充ポイント」と書かれた太い赤いラインが引かれていたり、キッチンの台布巾と雑巾を派手な色で分けてあったりなどの工夫がしてある。
(クーゲルさん、本当に色々してくれたんだな……)
僕はそれを見て、恥ずかしくなりながらもありがたく感じた。
『鳥頭』の僕は、よくキッチンの掃除をしていたことを忘れて台布巾で床を拭いたり、床拭きする時に洗剤が無くなっているのを忘れて、水拭きでごまかしたりすることがあったからだ。
(折角クーゲルさんがやってくれたんだから、少しでもきれいにしなきゃ!)
そう思った僕は、いつもよりも丁寧に事務所を行った。
「おはよう、ミケル! おお、凄い部屋がきれいになったじゃない!」
クーゲルさんは部屋に入るなり驚いていた。
褒めてもらえて僕は嬉しい気持ちになる。……やっぱり、出来ることをしっかりやるっていい気持になれるんだな。
「おはようございます、クーゲルさん」
また、僕はよく挨拶をぞんざいにすることが多いと言われていたので、そう言ったところも気を付けるようにしている。
……『周りが良い気分で仕事ができるようにすること』は、僕にとって一番大事な仕事だともクーゲルさんに言われているからだ。
にしても、やはり笑顔を作るのは苦手だ。僕は普段、よっぽど感情表現をサボってたんだな。だがクーゲルさんは、そんな僕の笑顔に嬉しそうに返してくれた。
「ああ、良い挨拶だね。でね、今日はミケルにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「こいつだよ」
そう言うと、クーゲルさんは変わった形のメモ帳を用意してくれた。
「これは何ですか?」
「メモ帳なんだけどさ。こいつの凄いところはね? ……ちょっと腕出して」
「え? はい」
そう言うとクーゲルさんは腕にそのメモ帳を巻き付けた。
「こんな風にミケルの腕に巻けるんだよ。何か新しく言われたことがあったら、すぐにこれにメモしておいて!」
「あ、確かに。便利ですね!」
確かにこれであれば、言われたことを忘れることは少なくなる。それにメモをなくす確率もずっと少なくなる。
「後、どうせミケルのことだからメモを取ったこと自体、忘れちゃうでしょ? だから、一時間ごとにそのメモが震えるように魔法をかけてあるんだ」
「そう言えば、クーゲルさんはウィザードの資格を持っていましたね」
「ああ。まあその程度の魔法ならお店でもかけてもらえるから、次からは自分でやってね?」
「はい!」
そう言うと、クーゲルさんが何か言いたげな目をした。
「……そうか、そう言うことですね」
そう言うと僕は『魔法をかけてくれるお店を探す。期限=×月×日』とメモを残した。
「そうそう、そうしておけば忘れないでしょ?」
「はい。……ありがとうございます!」
「とにかく最初はそうやって、小さなことで良いから信頼を積んでいって。そうすればきっと、ミケルも大きな仕事を任せてもらえると思うから」
そういいながらクーゲルさんはにっこり笑みを浮かべてくれた。
……そして3日後。
「おい、先週話したゲーム、買ってきたか?」
「はい!」
相変わらず僕はご主人様のパシリとして働かされている。
だが、少なくとも『買うように命令されたもの』を忘れるようなことは無くなった。
それを見て、ご主人様は少し満足そうに笑みを浮かべた。
「ふうん。腕にメモをしてるんだね。関心関心」
「クソミケル、少しはやるようになったのね。まあ、これでやっと半人前ってとこだろうけど」
サラもそう言って、高圧的ながらも笑みを浮かべていた。
……今のサラやご主人様に、こういわれるのは少し複雑だが、それでも『言われたことが出来るようになった』ということ自体が、僕の自信に少しつながった。
「さて、ちょっとゲームをやるかな。お前はちょっと酒とつまみ買ってこい。度の強いウイスキーと、フライドチキンな。性奴隷3号ちゃんは、僕の肩でももんでくれる?」
「はあい、ご主人様?」
下着姿の彼女がそう言ってご主人様に奉仕する姿を見るのは、やはり気持ちが悪い。
だが、僕はご主人様に言われたことを忘れないよう「度の強いウイスキーとフライドチキン」とメモをして飛び立つ。
(えっと……なんのお酒だっけ?)
どうしても空を飛ぶと物事が頭から抜けやすい。
酒場で、そう思いながら僕はメモ帳を見る。
「ああ、そうだった。度の強いウイスキーとフライドチキンだった」
本当に僕は鳥頭だ。だけど、このメモ帳のおかげで忘れることはずいぶんなくなった。
店主にお願いして、料理を作ってもらう。
どうやら少し時間がかかるようだった。
(そう言えば、ご主人様が買っていたゲームって、RPGだったよね……。僕がRPGを作るとしたら、そうだなあ……。双子を主人公にしたいな。それから『戦闘のない、物語だけのRPG』みたいなのを作るとして……あ!)
その瞬間、僕の頭に突き抜けるような快感とともに、ストーリーが猛烈な勢いで頭から湧き出てきた。
……この感覚は普段だったら『ちょっとした妄想』で済ませてしまい、鳥頭の僕はそのことを割とすぐに忘れてしまう。
(待てよ、ひょっとして、これって……凄いアイデアじゃないのか……?)
そう思うと僕は大急ぎで手に巻いてあるメモ帳に、思いついたことを書き殴った。
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