2-8 ゲーム開発会社の社長は、自分をクビにした男に復讐をもくろむようです

リグレの発言に対しても動じず、エスタさんは尋ねた。


「あら、あなたは……お久しぶりね?」

「どうもリグレっす。『元』売れっ子イラストレーターのエスタさんっすね。こんな貧乏くさい店にしか来れないなんて、気の毒っすね」



あからさまに喧嘩を売る口ぶりだったが、エスタさんはニコニコと笑みを崩さない。


「あらあら、素敵な方ね。よかったらピザでも奢ってあげましょうか?」

「はあ?」


自身を馬鹿にする相手に対して、逆に親切にするやり方が、彼女なりの意趣返しなのだろう。

その発言にリグレはペースを崩されたようだ。


「……いや、いらねえよ……。で、聞くけどさ、お前ら具体的には、何の仕事するんだよ?」

「うーん……」



それを言われて、イグニスとクーゲルは押し黙った。

……この二人、勢いだけで行動しているな、と少し呆れながらも私は考えた。


今までのようにイラストレーターを中心にした事務所を立ち上げるのも悪くはない。

実際、売れっ子のイグニスが来てくれるのであれば仕事はあるだろうし、面倒見のいいクーゲルが居るなら、社員も安心して働けるだろう。



……だが、本当にそれでいいのか?

そもそも、このリグレのような輩はどう働いても出会うことになるはずだ。彼らとまた仕事をすることになった場合、またクーゲルのようにこき使われてしまう未来が見える。

考え込んでいると、突然リグレが笑い出した。


「ハハハ、やっぱりそうか。オタクらみたいな社会人経験もないクリエイター共が数集まったって何にも出来ねえよ!」


その発言にムッと来たのだろう、突然クーゲルが叫んだ。


「今決めました! 今度の会社は『名義貸し』だけじゃなくって……ゲーム開発も一緒にやりましょうよ、ニルセン社長!」

「え?」


それを聞いたリグレは驚愕の表情を浮かべた。

ゲーム開発を行うとなれば、ロングロング・アゴーとは同業者になるためだ。



「はあ? オタクら、ゲーム開発舐めてるだろ? 俺達みたいな専門家集団じゃないと出来ねえようなもん、あんたらが出来る訳ねえだろ?」

「専門家集団、ねえ……」



クリエイターを食い物にして、その能力だけを搾取するリグレが『専門家』とは思えなかった。


……また、私はこの1年、クリエイターが働きやすい環境を作るために汗を流してきたことにより、ゲーム開発に関する知り合いは何人も作ってきた



そして現在ゲーム市場は今までにない※活況である。



(※集積回路の技術を無理やり魔法で代替させている、この世界のゲームのクオリティは、現代日本で言うと90年代後半レベルである。……ただし、その『市場の熱さ』も、だが)


そう考えれば、クーゲルの発想も決して悪いものではない。



また、リグレには事務所をクビにされた恨みも、少々ある。

この恨みを晴らすため『復讐』するというのも、悪い話ではない。



……無論、復讐と言っても本人に暴力を行ったり、権力を持ってやり返したりということはするつもりはない(そもそも肉体的に圧倒的に優れている我々リザードマンに傷つけられても、エルフである彼の心は折れないだろう)。


彼が到底思いもしないような会社を立ち上げ、真にクリエイターたちの力になれるような会社を作る。


そして、彼のような人間ですら「面白くって、もう手が止まらねえ!」と思うようなゲームを作って見せること。




これこそが、真の復讐だとも思えた。




幸い、エスタさんが起業資金を出してくれる上、手元には退職金もある。

退職金もこの世界では「給料」の扱いではないので、私はご主人様に渡す必要はないから起業に使っても問題ない。


そして私の腹は決まった。



「いや、クーゲルの言う通りだ。……ここに私は宣言する。クリエイターを食い物にせず、そして仕事だけでなく生活の基盤を支え、彼らの才能を培えるようなゲーム会社を作ることを!」



その発言にイグニスとクーゲルは嬉しそうな顔をした。


「ですよね、ニルセン社長! 俺も全力でお手伝いしますよ! もちろんこいつらも一緒に!」


そう言いながら『アダンとツマリ』が互いに抱き合いながら喜ぶイラストを私に渡してくれた。


……まったくこいつ、私がこういうことを最初から想定していたな。



「前の事務所のことは気にしないでください! 男爵がしっかりと面倒見てくれるそうですから!」


クーゲルもそう言ってくれた。

所長……いや、男爵も、プライドさえ満たすことができる状況なら『領民』とも言える部下たちには、それなりの待遇を用意してくれるはずだ。


少なくとも、元の木阿弥にはならないだろう。



……まったく、クーゲルには私の目を覚まさせてくれた上に、新しい道筋も与えてくれる。

もしも元妻フリスティナと結婚していなかったら、彼女を口説いていたのかもしれないな。



リグレはそれを聞いてバカにしたような笑みを浮かべた。


「けっ! ま、せいぜい頑張んな。もし仕事が無くなってもうちに泣きついてくんなよ?」


そう言って、彼はその場を去っていった。




エスタさんは、その話を聴いてニコニコと笑みを浮かべていた。


「フフフ。あなた達の判断はきっと正しいと思うわ?」

「そうでしょうか? ……正直勢いだけで突っ走ってる感がぬぐえないのですが……」

「若いうちはみんなそうよ? あなたもまだ若いじゃない。きっとうまく行くわ?」


もう私は30をとうに超えているのだが、彼女の基準では「若い」なのだろう。



「ありがとうございます。……ただその、本当に設立資金を頂いてよろしいのですか?」

「ええ。ただ……資金を出してあげる代わりに一つだけ条件があるの」

「条件、ですか?」

「ええ。私の知り合いのミケルのことなんだけど……」


そう言って少し申し訳なさそうな表情でエスタさんは口を開いた。






それから数日後。

私はご主人様の元にまた行くことになっていた。


「おい、金よこせよ」


そうご主人様に言われて、イグニスは自身の稼ぎを献上するが、私は首を振った。


「すみません、私は……今週の給料は……ゼロです」

「あん? ……ププ! お前まさか、会社をクビになったのか?」

「はい……」



私は怒鳴られることを覚悟したが、ご主人様は逆に、嘲るような笑みを浮かべてきた。

私の元妻フリスティナもだ。



「ウヒヒヒ! ボクに妻を寝取られたのが、そんなに悔しかったの? それとも仕事が出来なくてクビになったの? まったくみっともないねえ?」

「本当ね。仕事しか取り柄のないあなたが会社をクビになるなんて! ほんっとうに、今のご主人様にお会いできてよかったわ!」

「それで、お前これからどうすんの? ボクと性奴隷ちゃんのハーレムライフを守るため、ちゃんと働くんだよな?」

「そうそう! まあ、偽旦那のあんたに務まる仕事なんて思いつかないけど!」

「……ええ、そうですね。なので……」



そう言われた私は、一枚の名刺を差し出した。

そこには「代表取締役 ニルセン」と書いてある。


「今後はゲームの開発会社をやろうと思っています」

「……ハイ?」



私の発言に、ご主人様は驚いたような表情を見せた。

そして横からもイグニスが口にする。



「起業資金を出してくれた方が居たんです。なのでこれからニルセン課長は、新しい会社の社長として働くんですよ」


その発言に、明らかにご主人様は動揺していた。



「で、でもさ。お前なんかについてくる人なんているのかよ?」

「ええ。わざわざ事務所を辞めてきてくれると、何人ものクリエイターの方々から約束を受けています」

「は? 嘘だろ?」

「いえ、本当です。私は本当に、周囲の仲間に恵まれていますよ……」

「う……」



私は先ほどの態度に違和感を感じた。

私が失業することは「自分の飯の種」が減ることだ。通常は憤りを覚えるはずなのに、何故かご主人様は嘲ってきた。


……そこから考えられる仮説は一つ。

ご主人様も、元居た世界で会社をクビになったことがあるのだろう。


そして、私が「自分と同類になった」と思い込んだからこそ、先ほどあれほど喜ぶような態度を取ったと容易に想像できた。



「ま、まあさ。そういう仲間とかってすぐ裏切るもんだしさ! あてにはならないんじゃないの?」


その反応を見ただけで分かる。

利己的なご主人様のことだ。きっと自分がクビになった時には、誰も支えてくれなかったのだろう。



私はご主人様の発言を無視して、イグニスに伝えた。


「イグニス、これから忙しくなるけど、手伝ってくれよ?」

「ええ、営業先開拓もやらないとですね! 俺だって頑張りますから!」

「ああ。いつか、私達のゲームを世界中に広げたいな!」

「キャラなら任せてくださいよ! まずはアクションゲームから作ってみませんか?」

「悪くないな!……というわけでご主人様。事業が軌道に乗ったら、またお金をお渡しします」



イグニスの希望に満ちたキラキラした目を見て、ますますご主人様は目つきが悪くなった。

それを見て、イグニスの元カノや、私の元妻フリスティナは慌てるようにフォローを始めた。



「よ、よかったですね、ご主人様! ご主人様、ゲーム大好きじゃないですか! きっと、面白いゲームを作ってくれますよ!」

「そ、そうだね……」

「喜んで! 偽旦那たちはゲームを作る側、つまり生産者です! ご主人様はそれを消費だけして遊んでいればいいんですよ!」

「う、うん……」



あの発言は寧ろ逆効果じゃないんだろうか?

多分ご主人様は元の世界でも『消費ばかりして生み出さない生活』を送っていたのだろう。

そんな日々を思い起こしているようだった。


彼女たちはフォローを続けた。


「それにご主人様にだって、私たちがいるじゃないですか! 何を言っても言うことを聞いてくれる、何をしても文句ひとつ言わない、素敵な性奴隷の私たちがいますよ!」


「そうですよ! 私もこの偽旦那も『奴隷』ですから! 『対等な立場で話し合う』ような面倒なことも、ご主人様はしなくていいんですよ? 全部言うこと聴きます! そうだ、おっぱいもみませんか? それともお酒飲んで、嫌なことは忘れませんか?」

「あ、そうだ! 今からセックスしましょう? ……ああ、私も急にエッチな気分になっちゃったなあ……」

「…………」


だが、その『フォロー』……なのか? ……もむなしく、ご主人様は機嫌を損ねてしまったようだ。


「もういい! 今度お前たちの会社で新しい性奴隷でも探してやるからな! 今日は帰れ!」

やはり、ご主人様の気を損ねてしまったようだ。




だが私とイグニスは、また明日から始まる事業への想いに胸を膨らませながら、帰途に就いた。


……絶対に世界を喜ばすようなゲームを作ってやる。

クリエイターの明日を築く会社を作ってやる。


そんな思いと共に。

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