第3章 鳥頭野郎が、売れっ子シナリオライターになるまで

3-1 鳥頭野郎は、経理の子に片思いしているようです

「おはようございま~す」


僕の名前はミケル。

種族はフクロウ系の有翼人で、ニルセンという人が立ち上げたベンチャー企業『セントラル・クリエイト』の社員として働いている。



「おそいよ、ミケル?」

「すみません、僕フクロウ系なんで朝弱いんですよ」

「ミケルの他にもフクロウ系の種族はいるでしょ? もう少し早く起きれるようにしないと」


僕はクーゲルさんにそう注意をされた。

彼女は今の会社でイラストレータ―として働いている。



この会社の特徴は、基本的に後ろ盾のない彼らを一種の「お城の正規兵」と同じ待遇として働かせていることだ。



病気の際には会社の仲間が出し合った金を使うことが出来たり、食事は無料で供されたりなど、この会社の福利は『クリエイターのための組織』といっていいほど質が高い。


まだ出来上がって間もないようだが、社長のニルセンさんは本当に内部の人たちを大事に思っていることが分かった。



僕がこの会社に社員として雇ってもらえたのは、知り合いのエスタさんのおかげだ。

彼女が「僕を雇ってくれるなら、創業資金を出してくれる」といい、今の会社が出来ている。



……つまり、この会社が今あるのは僕のおかげだ。


だからこそ、彼女たちは僕の仕事に対して文句を言うことは出来ても、強い態度には出れない。



「おはよう? ミケル君」

「ああ、はい」


そう考えながら席に着くと、隣にいた経理の女の子『サラ』が、僕ににっこりと笑みを浮かべて挨拶してくれた。


「今日も遅かったね。体調悪いの?」

「ううん、ちょっとゲームしすぎちゃってさ」

「それで……寝坊したってこと?」

「うん。けど、これもまた会社のための『勉強』だから」

「ふーん……」



まあ、これは言い訳だ。

僕は別にクリエイターとして雇われているわけじゃない。

総務部……という名目で一種の雑用係として仕事をしている。



「そうそう、昨日ミケル君が忘れていたランプの補充、私の方でやっといたよ?」

「え、ランプの補充? そんな仕事なんてあったっけ?」

「もう、忘れたの? クーゲルさんがお願いしてたじゃない?」

「あ、ゴメン、忘れてた!」



僕は有翼人の特性である『鳥頭』が極めて強く出ている。

その為、言われたことをすぐに忘れてしまうことで迷惑をかけ、そして今まで何度も会社をクビになった。


そんな僕にとって幸いなのは、隣の経理の子、サラがいつもフォローをしてくれることだ。



僕は彼女と仕事をしていれば、とりあえず怖い種族の人たちに怒られることはない。

ニルセンさんは見かけによらず怒らない人だからいいけど、クーゲルさんなんか、ほんとうに怒ると迫力があるからなあ……。



「今日はミケル君、何の予定があるの?」

「ああ、僕は料理当番だから、お昼作らないといけないんだ」



雑用として、ボクはこの会社の社員のための昼食をいつも作っている。

まだ資本の弱いこの会社が出せる昼食は、サンドイッチのような軽食くらいだ。それでもクリエイターたちにとって、この無料の食事はありがたいようだった。



「ふうん、そう言えば今日は、イグニスさんもお昼食べるってさ。獣人だから食べ物に注意して」

「ああ、分かったよ」


本当に彼女はよく気が付いて、僕の仕事をフォローしてくれる。

可愛いし、おとなしくて元気で、いつも明るい彼女のことを僕は好きだった。


……いつも僕を庇ってくれる彼女も、きっと僕のことが好きなんだと思う。

だから今度、デートに誘おうかと考えていた。



そうこうしていると、会社の外に誰か来た音がした。


「ん? 誰か来たみたい。ちょっと見てきて、ミケル君」

「うん」



僕は翼を羽ばたかせて、玄関に降りていった。




「いらっしゃいませ……って、エスタおばさんか」

「ああ、ミケル。元気にしていた?」


どうやら今日はエスタおばさんが来てくれたようだ。


「今日は何の用?」

「うん。私もイラストの仕事を頼まれてね。それでニルセン社長に会いに来たのよ」

「分かった。じゃあおばさんはそこの椅子で待ってて。呼んでくるから」

「ああ、ありがとう」



ニルセン社長の部屋は2階の奥の部屋だ。

外から飛んで入室する訳にもいかないので、僕は階段を上っていった。



「おい、ミケル?」


すると、社員の一人に声をかけられた。


「なんですか?」

「悪いんだけどさ、ちょっと4階にここにある椅子、全部持ってってくれ」

「ああ、分かりました」


見たところ結構な量だ。

僕はそれを見て少し嫌そうな顔をしながらも、椅子をひとつづつ4階に持っていく。




「ふう、結構重かったな」


それから10分ほど経って椅子を全て運び終えた。



「ん? なんか忘れてたような……まあいいや」



そして僕は自分のデスクに戻ると、昼食の準備を始めるために買い物の準備を始めようとした。


だが、その矢先に下から息を切らせながら、サラが階段を上ってきた。


「ミ、ミケル君! エスタさんのこと、忘れてたでしょ?」

「え?」

「エスタさん困ってたよ? ああ、またミケルが忘れたんだなって……」

「あ、そうだった!」

「とりあえず私がニルセン社長に話を通しておいたけど、次からは気を付けてね?」



そういえば、エスタおばさんを待たせていたんだった。

けど、それは本来僕の仕事じゃない。そんなことで怒られるのは心外だ。


「ゴメン……けど、時間通りにエスタさんが来たんだから、ニルセン社長が自分で挨拶に行くべきだよね?」

「え?」

「だってさ、僕はただ親切で彼女を出迎えたんだもの。そっから先は、本来ニルセンさんのやることだよね?」

「けど、頼まれたのはミケル君でしょ? 一度言われたことはきちんとやらなきゃ」

「そうだね、次は気を付けるよ」



いつも彼女には心の中では凄い感謝している。

いつか彼女と結婚出来たら、今までの分も全部借りを返さないといけないな。

そう思いながら僕は、心の中でお礼を言うと、


「じゃあ僕は自分の仕事があるから」


そう言って窓から飛び立った。






「なんとか間に合ったみたいだね……」


それから数時間後、僕はサンドイッチを人数分作り上げた。

今、うちの会社はニルセン社長を含めて10名前後しかいない。それでも10人分を他の仕事をしながら作るとなると、結構重労働だ。




「おお、お疲れ様、ミケル!」

「あ、ども」



しばらく食堂(といっても、4人掛けの椅子が2つあるだけの、小規模なものだが)で待っていると、うちの稼ぎ頭であるイグニスさんがやってきたようだった。

彼は現在、イラストレーターとして非常に知名度が高い。


話によると、ニルセン社長の仕事のやり方に惚れこんでうちに来てくれたようだが、個人でも様々な仕事を行っているとのことだ。


……その割には生活が貧しそうなのは不思議だったが。


「お昼はこれだな? いつも悪いな」

「あ、いえ」



……あれ、なんか僕、大事なことを忘れていなかったか? ……まあいいや。



そう思いながら僕はサンドイッチを手渡した。


「はい、どうぞ」

「にしても忙しいな、今日は。急いで食べるとするか……」


そう言ってイグニスさんが口を開けた瞬間。



「ダメです、イグニスさん! それ、食べないで!」



また、大慌てでやってきたサラが大声で叫んだ。


……あれ、僕また何かやっちゃいました?



「ど、どうしたんだよ一体?」

「そのサンドイッチ、見てください!」

「え? ……うお!」


そうだった! イグニスさんは獣人で、玉ねぎを食べることが出来ないんだった!

僕はうっかりしていた。


「あ、危なかった……」

「ちょっとミケル君! イグニスさんは今日お昼食べるって言ったでしょ? 同じものを出しちゃダメだよ!」

「あ、そうだったよね……」



けど、今朝急に言われたことを僕に注意されても困る。

そう思って、イグニスさんに注意した。


「けど、イグニスさんもお昼食べるなら前日のうちに言ってくださいよ?」

「ちょっと、ミケル君!」

「僕だって暇じゃないから、突然言われても間違えるんですよ」



そう言ってやった。

そもそも、売れっ子のイラストレーターで金持ちなはずのイグニスさんがこの無料食堂でご飯を食べるのは、正直嫌みにしか思えない。


イグニスさんはそれを聞いて、少し恐縮するように頭を下げる。


「ああ、悪かったよ。次から気を付ける。とりあえず玉ねぎは抜いてくれないか?」

「ええ、分かりました」



僕はそう言って玉ねぎを抜いてあげ、イグニスさんの前にドン、と置いた。


「それじゃ、どうぞ」

「あの、ミケル君……」

「いや、良いんだ。ありがとう」


サラは何か言いたそうなのをイグニスさんが制止していたが、僕は別におかしなことをしていない。


鳥頭の特性があることくらい、みんなにも理解してもらわないとダメだ。

そう思いながら、僕は自分のサンドイッチに、イグニスさんが食べなかった玉ねぎを入れた。

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