第2章 パワハラ上司が、部下に優しい実業家になるまで
2-1 パワハラ男は浪費家の妻を愛しているようです
私の名前はニルセン。
種族はリザードマンで、職業は事務所の管理職であり事務所を一つ任されている。
現在はろくに働かないクリエイター気取りの馬鹿どもを抱えて、この事務所のリーダーとして、仕事を振っている。
彼らは自身の立場が分かっていない。
遊びの延長で仕事をしているにもかかわらず、まともに納期も約束も守れないで、レベルの低いイラストを作成する。
そんなバカなクリエイターを管理するのが私の仕事だ。
よく「リザードマンは声ばかり荒げて仕事ができない」と言われることがあるが、私はそんな偏見にも負けずに部下たちを上手に従えている。
「おはようございます、ニルセン課長!」
「おう!」
部下のイグニスが、今日も元気そうに挨拶してきた。
彼は最近、イラストレーターとしてめきめきと頭角を現している。
1年前までは才能があるのに努力せずにぼーっとしていたダメ社員だったが、先日ついに劇団からの大きな仕事を勝ち取った。
もっともこれは、私の指導力のたまものだろう。
これからももっと、厳しく指導をして能力を高めなくては。
「どうだ、お前たち、調子の方は?」
そう言いながら、俺は他の社員の様子も見てやった。
だが、部下の一人であるクーゲルは、調子が悪そうにしているのをみた。
そういえばここ最近彼女のイラストは少し精彩を欠いている。私が一言言ってやらないとな。
「あのさあ。お前、なんだよ、このイラストはさあ!」
「え?」
「こんな作品、納品できると思ってんのか? 色彩はひどいし、絵柄は誰かのパクリ。少しはイグニスを見習えよ!」
「す、すみません……」
そうクーゲルは頭を下げるが、この女はまだ問題の本質が分かっていないようだ。
「つーかさ。お前マジで最近調子悪そうだけど自己管理がなってねえぞ?」
「は、はい……」
「そんなんじゃこの仕事やっていけねえぞ? どうせきちんと体調管理もしてなかったんだろ?」
「す、すみません……」
「謝らなくてもいいからさあ! ちゃんとやれよ! ったく……」
そう私は指導をしていると、横からイグニスが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あ、あの、すみません」
「なんだ?」
「彼女、ここ最近ずっと厄介なお客さんとやりあってたんですよ。それで少し疲れてるんですよ」
「だから何だよ! そんなの言い訳だろ? 疲れてるから戦えませーん、って冒険者が言ってるのか、あん?」
「い、いえ。俺の方で彼女の仕事を手伝うんで……」
「お前、確か『グロウ・クロウ』の仕事もあっただろ? 納期に間に合うのかよ?」
「はい、任せてください! ばっちり最高のものを作るんで!」
……本当にこいつは変わったな。
以前はどんなに自分が暇でもこんなことは言わなかったのに。
やはり私のこの『熱血指導』は部下を成長させるのだと、改めて思った。
「そうか……まあいい。今週のパーティまでには直しておけよ? ったく、使えねえ奴はこれだから……」
私は部下同士の親睦を深めるために、毎週一回、我が家でホームパーティを主催している。
むろん私の家を使う以上、会費は徴収するし、料理も一人2品は持ってくるようには伝えている。
仕事で一番大事なのは協調性だ。
私の主催するパーティに参加できないような、協調性のない奴は、この事務所にいる資格は無いとすら思っている。
私はそのことを想いながら、自身の仕事をはじめた。
それから数日後。
私の元にはイグニスとクーゲル、そして数人の部下がやってきた。
……よし、全員参加しているな、まあそれは社会人として当然だが。
私はパーティの飾り付けをしながら皿を並べている妻をしり目に、部下たちに声をかけた。
「おう、お前たち! ちゃんと時間通りに来たな。関心関心」
「ええ、こんにちは、ニルセン課長。それから奥様もお元気そうで!」
「あら、ようこそ。イグニスさんでしたね」
私は、このサキュバスの愛妻を自慢するのがこのホームパーティの楽しみだ。
彼女とは以前、場末のバーで知り合った。
当時バーの歌手としてナンバーワンの人気を持っていた彼女だが、私は多額の金を出すことで彼女からの愛を勝ち取ったものだ。
クーゲルは相変わらず体調が悪そうだが、愛妻の方を見て笑顔を見せてくれた。
「そのイヤリング、似合いますね」
「でしょ? 実はこれ、最近主人に買ってもらったのよ」
「へ~。いいですね! これ確か、行商人が売っていた奴ですよね?」
そうだ、あのイヤリングは私が大枚をはたいて妻のために送ったものだ。
妻は歌手として働いていた時期も多くのパトロンから金を受け取っていたようであり、金遣いが荒い。
その為私の家系は少々厳しい状況だが、そんなことはどうでも良い。
他の部下たちも争うように、彼女を口々に褒める。
当然だ。私の妻を褒めなかったような馬鹿は、明日たっぷりと可愛がってやるつもりだったからな。
「ド、ドレスも凄いキレイです! 奥様のようにセンスがある方にはピッタリですよね!」
「フフフ。お上手ですね。……ねえあなた、そろそろ飾り付けてきたし、パーティでもしましょう?」
「そうだな。ご苦労だった」
私が妻を選んだ理由は言うまでもないが、この胸の大きさだ。
卵生であるリザードマンには授乳と言う文化が無い。だからこそ、胸の大きい女性に希少価値を感じ、結婚を申し出た※というのもある。
(※こう書くとニルセンが非常識に感じるかもしれないが、そもそも肉体的魅力に第一の価値観を持つサキュバスに対して「見た目で選んだ」というのは、この世界では決して無礼ではない)
私がグラスを一つ手に取ると、
「あ、ニルセン課長。俺つぎますよ」
そう言ってイグニスが酒を注いでくれた。
よろしい。クリエイター風情が、多少は社会のマナーを身に着けたようだな。
「ではみんな、これより私のホームパーティを開催しよう」
「カンパーイ!」
そういって私たちは酒を飲みはじめた。
「ほう、お前の料理はそれか?」
「はい、鳥肉の香草焼きに、キャベツのボイルシチューです」
私はイグニスの用意した料理を見て驚いた。
昔はリザードマンである私と獣人であるこいつしか食べられないような生肉系の料理を出して、そのたびに私の指導を受けていた。
だがここ最近は、本当に美味しそうな料理を作るようになった。
「お前、本当に料理が上手になったな」
「ええ。イラストレーターは体が資本ですから。皆さんもどうぞ」
「へ~。やっぱうまいな。お前の料理は」
そうクーゲルも嬉しそうに答えていた。
「で、クーゲルはどんな料理を作ったんだ?」
「え? あ……ごめんなさい、ちょっと朝体調悪くて、一品しか持ってこれなくて……」
「はあ? ……いや、しょうがないか」
「まあまああなた。この子の生ハムのピンチョスも、美味しいですよ?」
そこで大声を出してしまったが、ここで怒鳴るのはよそう。
私は普段はきっちりと熱血指導を行うが、愛妻の前では出来る限り「優しいダーリン」でありたい。
職場でのストレスを家に持ち込まないこと、これが夫婦円満の秘訣だ。
私はクーゲルの料理を一口食べてつぶやく。
「確かに旨いが、工夫を感じられないな」
「す、すみません……」
「こういうちょっとした日常でも工夫を探さないと、クリエイターとしての未来は無いぞ? 気を付けるんだな」
「はい……」
私はクリエイターではないし、イラストを描いたこともない。
だが、今の事務所で多くのクリエイターを抱える中で、クリエイターとして必要な心の在り方を学んできた。
「ま、まあニルセン課長? 今日は折角のパーティですから!」
「そうそう! ほら、私たちも料理作ってきましたよ? 今度やるスポーツのことでも話しましょう?」
部下たちも私との交流を望んでくれているようだ。
今後もこのパーティを通して、クリエイターたちを育てていくとしよう。
そう考えていると、隣で何かメモを取っているものが居た。
……イグニスだ。
「どうした、イグニス?」
「あ、いえ、何も……」
そう言いながらイグニスは何かを隠すようなそぶりを見せていた。
もっともこいつのことだ、新しいイラストの構想でも練っていたのだろう。
そう考えた私は、またパーティに戻ることにした。
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