1-6 神絵師はついに、大きな仕事を取れたようです

その日から俺は、毎日のように様々なイラストを「勉強」のために読み始めた。



はっきり言って、今までのように娯楽としてではなく、学習するために絵を見て研究するのは、今までと違う脳みそを使う作業だった。

だが、これもこれで凝り固まった「クセ」が少しずつ溶けていくような気持ちになって、俺は楽しかった。


さらに、そのイラストの特徴や個性、そう言ったものを真似しながら何枚も何枚もイラストを描いていた。


(……まだだ。もっと、喜んでくれる絵はどんな感じだ……?)


また、自分のイラストの勉強だけでなく、周囲の人のアシスタントの仕事も積極的に引き受け、流行りのイラストを取り入れていった。


そうして俺は、週に一度、ご主人様のもとにお金を渡す時以外はほとんどの時間は絵を描く勉強と取材の時間、そして自身の健康を保つための料理に費やすようにしていた。




それから1年ほどが経過した。

同僚のクーゲルは、事務所で働いている俺の方を見て、楽しそうに答える。


「おお、頑張ってるじゃん、イグニス!」

「まあな。最近は俺の仕事も少しずつ増えてるからさ。ところでクーゲル。お前も休憩するのか?」

「うん。……にしても、イグニスの弁当、本当に手が込んでいるね?」

「そうか? なら、少し分けてやるよ」


マリネしておいたトマトとモッツァレラチーズ。

主菜は豚肉を軽くローストした後に甘草を煮詰めて作った甘味料をはちみつ代わりに塗ったもの。

そしてブロッコリーの茎を軽く炒めたソテー。


昔元カノのヒューラが作ってくれたものを俺なりにアレンジして作ったものだ。

……今にして思うと、俺は本当にヒューラにおんぶにだっこだったんだな。

仮にご主人様に寝取られなくとも、遅かれ早かれ別れることになっただろうと考えている。

クーゲルはその様子を見て、屈託ない笑顔を見せた。



「悪いね、ありがと。……うん、美味しい!」

「アハハ、喜んでくれてよかったよ」



彼女がトマトをつまんで美味しそうに食べるのを見ると、俺も嬉しくなる。

彼女の笑顔や人当たりの良さには、俺は今まで何度も支えられていた。


……とはいえ、今は彼女と恋愛関係になりたいとかそのように思うことはない。


どうせ彼女を作ってもご主人様に寝取られてしまうというのもあるが、今は仕事が楽しすぎて恋愛をするような気持ちが無いのが一番の理由だ。


そしてクーゲルは嬉しそうに、俺に羊皮紙と金貨の入った袋を見せてくれた。



「そうそう、忘れるところだった。ニルセン課長は今日休みだから、私が渡すよう言われてたんだった」

「渡すってなにをだ?」

「実はさ。イグニスの作品を見た劇団がな……」

「え? ……マジで?」


その話を聴き、俺はその時天にも昇るような気持ちになった。




その日の夜。

俺はいつものようにご主人様のもとに向かっていた。


「おう、来たね。イグニス」


ご主人様は以前俺が元カノのために描いていたイラストの束を見ながら、鼻で笑ってきた。


「久しぶりにお前の作品見てたんだけどさ~? お前の作品って本当にひどいよな。いつ見ても笑えるねえ?」

「でしょう、ご主人様? この屑カレ、絵の勉強するとか言って、私と暮らしてた頃はゲームばかりしてたんですもの」

元カノのヒューラはご主人様にもたれかかるように胸を押し付けながら、下着姿で俺に答えてきた。

……あのひどい駄作集、まだ捨てていなかったんだな、と俺は恥ずかしい思いになった。



「だよなあ? お前、稼ぎも悪いしそろそろ転職したほうが良いと思うよ~?」

「本当よね。もっと稼ぎなさいよ、屑カレ。あるいは冒険者でもやりなさい?」

「だよね~? それじゃ今週の金、早くよこせよ」


そう言ってきたご主人様に、俺は先ほど貰った契約金を全て手渡した。

仮に持っていても、これから忙しくなるから使えるとも思えない。そう考えるとこの金はもう惜しくもなかった。




だが、俺が今までにない多額の現金を渡すのを見て、二人は驚いていた。




「……え? なに、お前。この大金……」

「屑カレのあんたがこれ? まさか強盗でもしたの?」



まあ、そう言われるよな。

俺はそう思いながらも、ことの経緯を説明するために口を開く。


「実は、『グロウ・クロウ』って言う劇団に、今度の劇のパンフレットを描くように言われたんですよ。その契約金です」

「ふーん。そんなに有名なところなの?」


異世界から転移してからゲームしかしていないご主人様は知らないのだろう。

だが、その俺の発言を聞いた元カノは、信じられないと言ったように驚愕した。



「う、うそでしょ!」

「うそ?」

「だって『グロウ・クロウ』って言ったらこの国じゃ一番大きい劇団でしょ? そりゃ確かに、最近イラストの仕事が増えてたって聞いてたけど……」

「ふ、ふーん……。そんなに凄いところなんだ。けどさ、お前の腕じゃ、恥かくだけじゃないの?」


そう言われると思っていた。

確かに俺の腕なんてまだまだなのは俺自身がよくわかっている。

だけど、この一年間毎日のようにイラストの勉強をしてきたこの俺だって、多少は画力が上がっているんだ。


そう思った俺は、昨日描いた練習用のイラストを見せた。

勿論ご主人様の大好きなゲームのキャラクターだ。


「これが、今の俺の絵です。確かに恥を搔くかもしれませんね」

「ウヒヒ、どれどれ……って、え? マジ? う、うそ……だろ? これがお前の今の絵?」

「…………」


それを見た二人は絶句していた。

そして、二人は俺がヒューラと付き合っていた時に描いた『絵のような紙ゴミ』とそれを交互に見比べていた。


「……え、マジなの? お前、こんなに絵が上手くなってるとか……嘘だろ?」

「あんなに古臭かった絵の癖が抜けています……信じられない、この屑カレ、とんでもない成長しています……」



俺はにやりと笑みを浮かべて答える。



「はい。……1年間一生懸命勉強してきましたから。今の俺のイラストは、海外でも結構評判良いんですよ?」

「う……」

「これから収入が増えるから、ご主人様にお渡しする金額も増えていきますよ?」


そう言って俺は、ファンレターも一緒にお見せした(もちろんファンからは、許可はもらっている)。



「俺は……ファンのこの声に支えられてきたおかげで、ここまでこれたんです。これからも頑張りますのでご心配なく」



そこに書かれていた俺の絵に対する評価の言葉や、賞賛の言葉、時には手厳しい指摘。そう言ったものの全てが、今の俺の支えになり、糧になってくれた。


その1年間の苦労の後でもあるファンレターと、俺の描いたイラストを見比べながら、ご主人様は急に落ち込んだような表情を見せ始めた。




「く……くそおおお……ボクを馬鹿にしているのか、お前は……」




それを聞いた俺は、意味が理解できなかった。

ご主人様のことは嫌悪しているが、別に皮肉を言うつもりでこれを渡したわけではない。

あくまでも「今週お渡しするお金の出所は、怪しいものではない」ということを知ってもらうためのものだったからだ。


ヒューラはその様子を見て、必死に励ましていた。


「き、気にしなくていいんですよ、ご主人様! 好都合じゃないですか! この屑カレの収入が増えたら、ご主人様の遊ぶお金が増えるんですから!」

「そ、そうだよな、性奴隷1号ちゃん。ウヒヒヒ……」


そう、ご主人様は俺の金をただ搾取するだけの存在だ。

だが今の俺にとっては、そんなことはどうでも良い。それよりなにより、今は少しでイラストを多く描きたい。


ヒューラは続けた。


「ご主人様はこの屑カレと違って、努力なんてしなくていいんです!」

「努力……まあ、ボクの嫌いな言葉だね」



「そうですよ! ご主人様は一生、なんの努力も成長もしないまま、ゲームとセックスしていればいいんです! 私は、そんなご主人様を永遠に愛し続けるから安心してくださいね!」



「う……」



どうやら『この1年間何もしてこなかった』『人間的に何も変わっていなかった』ことをご主人様は気にしていたのだろう。

だが、自身が失言したことに気が付いたのか、元カノは少し慌てた様子でフォローするように囁く。



「そ、そうだ、ご主人様! 私以外にも性奴隷を作るのはいかがですか? きっとそうすれば、気もまぎれますよ!」

「性奴隷……ふうん、いいアイデアかもね」



そう言うと、またご主人様は気を取り直したのか俺の方を見て、にちゃあ、と気味の悪い笑みを見せてきた。


「確かにボクも、性奴隷1人とセックスするのも飽きてきたなあ。だから、新しいのが奴隷が欲しいね。けど、変わらずお前も愛してやるから感謝しろよ?」


そう言いながらご主人様が元カノの胸を揉みしだくと、嬉しそうに彼女は答えた。


「流石です、ご主人様! 英雄色を好むって言いますけど本当ですね? 次はどんな奴隷がほしいのですか?」

「うん、そう。次は『巨乳枠』が欲しいから、巨乳の子がいいなあ。街で適当に攫ってきてもいいんだけど、面倒ごとが起きるのは嫌だしなあ……」



ご主人様は、相変わらず女性を『女体』としてしか認識していない。ヒューラの言う通り、この1年で何も成長していることがないんだな、と少し憐れむような気持ちになった。


「そうだ、お前に上玉の奴隷候補を見繕ってもらおうかな」


そう言うとご主人様んは、また催眠アプリを起動した。



「『可愛くて、巨乳の女の子が居たら、ボクに伝えること』……これでよし、ウヒヒヒ……」


また俺の頭にキイイイン……と音が響くのを感じた。

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