1-5 元ヒモ男は「売れるイラスト」について必死に考え始めています

その後、ミケルと一緒に酒場に向かった。

ここも以前俺が張り紙を貼ったところだった。



「いらっしゃい。……おお、噂の神絵師さんじゃないですか!」



俺は酒場に着くなり、宿の店主にそう言われた。


「あんたの絵を見たいって言って、みんなここに来てくれているんだ」

「そんなに俺の絵は人気なのか?」

「ああ。そうだ、そのおかげで客入りもよくてな。折角だし今日はワシが一杯奢ってやろう」

「まじ? やったあ!」


……と、喜んだのは今日奢る予定だったミケルの方だった。

まったく、これだったら一人で今日来店して、別の日に奢ってもらえればよかったな。



「それじゃあメニューは……とりあえずピクルスとエールを貰っていいか?」

「ああ」

「……ありがと、親父さん。それじゃ、男二人で乾杯だな」

「え? えっと……。そうですね、乾杯しましょう」


そう言って俺とミケルは二人でグラスをチン、と合わせた。

相変わらずミケルは、何かを思い出せないかと、うんうんうなっている。

それを見かねた宿の店主は、呆れたように尋ねる。



「ミケルの坊主、お前さん、また何しに来たか忘れたのか?」

「は、はい。そうなんです……」

「まったく、そんなことだと思って言伝を受けているよ。『エスタ』って人が『ミケルはどうせ、何の用か忘れてると思うから、私の名前出しといて』だってさ」


それを聞いて、ようやく思い出したようにポン、と手を叩いた。


「そうだった! ありがとう、親父さん。久しぶりに近くに来たから飲もうって話だったんでした!」

「ん? エスタって……どっかで聞いた名前だな。どういう人だ?」

「ああ、僕の家の近所に住んでいたおばさんです。イグニスさんと同じ、イラストレーターをやっていました」

「エスタ、エスタ……あ!」



それを聞いて俺は、エスタという名のイラストレーターを思い出した。

俺が昔大好きだった絵師であり、その人の絵柄は何度も真似をしていた。というより、今俺が描いているイラストも、全盛期の彼女が描いたイラストだ。



「エスタさんが来るのかよ! 驚いたな」

「あら、私のことを知っている人がいるなんて感激ね?」


そう言うと、1人の上品な老婆が現れた。

種族はドワーフ。と言っても、イラストレーターで有名な人は手先が器用なドワーフが多いのだが。



「あ、エスタさん! お久しぶりです!」

「久しぶり、ミケル。あなたが約束を忘れなかったことの方が驚きよ。今日はあなたの家に迎えに行かなくて済んで、良かったわ」

「あはは……」


約束自体は忘れていなかったが『誰と約束をしていたのか』を忘れたのかについては、ミケルは口にしなかった。

俺は、思わず立ち上がり、エスタさんに話しかけた。



「あ、あの! エスタさんですよね? 俺は『イグニス』っていって、イラストレーターやってます!」

「イグニス? ひょっとして、今噂になっている神絵師の?」

「あ、はい……」


尊敬していたイラストレーターにそう言われると、俺も恐縮してしまう。

だが俺は、エスタさんに熱い口調で語る。


「俺、エスタさんのファンだったんですよ! あの昔描いていた『天使と悪魔のシャーベット』って作品のヒロインが大好きでした!」

「え? あ、そ、そうなのね」


だが、それを聞いて少し複雑そうな表情をエスタさんは見せていた。


あの頃の作品は、まさに彼女の人気の絶頂期だった。彼女の現在の作品は正直あまり好きではないが、全盛期のそのリアルで美しいイラストは今でも俺の心の中に残っている。


「なんでしたっけ、その作品?」


ミケルはとぼけた表情でそう答えると、エスタさんは呆れた顔をした。


「まったく、本当にあなたは……。ほら、あなたに昔、資料を届けるようにお願いした作品よ」

「え? ……ああ、思い出した!」

「そうよ、結局あなた、お使いのために飛んでる途中に、事務所がどこにあったのかを忘れて、私のところに戻って来たじゃない」

「そうでした。それであの後、エスタおばさん滅茶苦茶怒られたんですよね」

「ええ。まったく、本当にあなた、忘れっぽいのね」


こいつの鳥頭は昔っからなんだな、と思いながら俺は少し呆れた。



「あの時はごめんなさい……。けど、思い出したました。……『こんな駄作がなんで評価されるんだか……』って呆れてましたよね」



……え?

それを聞いて俺は唖然とした。

あれは彼女の描いたイラストの中でも最高傑作だと思っていたからだ。


「駄作……ですか?」

「ええ。正直あれはね。事務所から『とにかく今の子どもに売れるものを描け!』っていわれて書いたものだったのよ」

「子ども……ちょうど俺たち世代ですね」

「ええ。あの頃は我が子を学園に入れるための学費が必要だったの。だから、仕方なく事務所の言う通りにしたのよ。……そしたらそれが大ヒット。笑っちゃうわよね」

「じゃあ、エスタさんの一番のお気に入りの作品って何ですか?」

「これよ。『永遠を名乗る紳士』って作品の主人公。……最近の作品だけど、知ってるかしら?」



そう言いながら、大切そうに持っていたと思しき原画を取り出してきた。

それを見て、俺はますます困惑した。


この作品は『もうすっかり、この人の才能も枯れたんだな』と思いながら見ていた、晩年の作品だったからだ。

だが、その様子を見てエスタさんは少し残念そうな表情でクスクスと笑った。



「やっぱり、あなたはこの作品は好きじゃないのね?」

「え、ええ……」

「そんなものよね。けどね。子どもも自立して、これからは好きなようにイラストを描けるぞ~! って思って書いたのがそれなのよ。この頃には、事務所も私には逆らえなかったから、出してもらえたのよね」

「そうだったんですか……。あの、エスタさん! 実は……」


そこまで聴いて、俺は自分の境遇について話をした。

俺は今、神絵師として周囲から高い評価を受けているのに、仕事が全く舞い込んでこないこと。


これは、自分のイラストと世間の流行に乖離があるからかもしれないということ。

だけど、世間に迎合するのは絵描きとして負けなんじゃないか、ということ。


全て話した後、エスタさんはにっこりと笑みを浮かべた。


「フフフ。あなた、若いころの私とそっくりね」

「そう……ですか? いえ、そうでしょうね……」

「確かに、あなたの絵柄は少し古いわ。今の時代ではこういうのはあまり売れないわね」

「僕は好きですけど……確かにこれにお金を出すかって言うと……」


ミケルはそう言いながら、テーブルの上に置いてあるチキンの香草焼きを口にしていた。

……有翼人がこれを食べることに一瞬疑問を感じたが、よく考えたら他種族の小鳥を食べる鳥なんて珍しくもない。俺はそのことは突っ込まなかった。



「俺もそう言われると自信がなくなりますけど……。けど、自分が描きたくもないものを描いて、それでお金貰うってつまらなくないですか?」


すると、エスタさんはますます懐かしそうな表情になった。


「フフフ。ますます私の若いころにそっくりね。……けど、あなたが一番イラストを描いて嬉しかったのって……どんな時だったの?」

「どんな時……ですか……」

「ええ。あなたの一番好きな絵を描き終えた時だった? それとも、これを見た人が喜んでくれた時だった?」




「それは……俺の絵を見た人が、喜んでくれた時、です」



それが自分の口から出た時には信じられないと思った。

今まで俺は、自分の絵を他人に理解してもらおう、或いは他人のために自分の絵を世間に合わせよう、なんて思ったことも無かったからだ。


俺が好きに絵を描いて、それを勝手に評価すればいいというのが俺の信念だった。元カノのヒューラにイラストを見せて褒められても、別に嬉しいとすら思わなかったくらいだ。



……だが、俺は以前受けたご主人様の暗示を思い出す。

あの時ご主人様は、


「お前は、今の仕事が好きでたまらなくなる」


という暗示をかけており「絵を描くのが好きでたまらなくなる」ではなかった。

……俺は本当にご主人様のために働く馬車馬なんだなと思いながらも、それによって嗜好自体が変化していることに納得した。



「フフフ。やっぱりあなたも『こっち側』ね。自己満足のための絵じゃなくて、あなたは他人のための絵を描く方が向いているのよ」

「……そう……ですね……」

「だったら、どんどん今の流行の絵を見て勉強なさい。そうすればきっと、今の私みたいに『あなたにあこがれてイラストを描き始めました』って言われるわよ」

「……はい!」


そう返事をした俺に、エスタさんは少し心配するような口調でつぶやく。


「あと、あなた少し自炊したほうが良いわよ? 体調があまりよくなさそうだもの」

「そうですか?」

「ええ。私も同じように無理をして体を壊したから、よくわかるのよ。……絵描きとして働き続けたいなら、滋養のあるものをしっかり食べなさいね?」

「分かりました! ……悪い、ミケル、俺……」

「帰るんですね? イグニスさんのイラスト、楽しみにしていますよ!」


今すぐにでも俺は勉強を始めたい。

そう思っていてもたってもいられなくなった俺は、そのまま全速力で家に戻っていった。

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