1-4 元ヒモ男の絵は「凄いのに売れない」ようです

それから、俺はクーゲルに案内された酒場をいくつか回り、俺のイラストを貼ってみた。

まだまだ俺の満足する水準ではないが、それでもその中では「マシ」と判断できた力作たちだ。


これとともに「ご連絡、並びにご依頼、お待ちしております」と事務所の連絡先を記載する。

ここを通して仕事が来れば、晴れて仕事を受注と言うことになる。



そしてそれから数日後。

俺が事務所にやってきたときに、いきなりニルセン課長から怒鳴られた。




「おい、イグニス! お前何やったんだ!」

「え?」

「あちこちで、お前の描いたイラストの話で持ち切りだぞ? ほら、見ろ!」


そう言ってニルセン課長は新聞を見せてくれた。

そこには、


「恐ろしい、天才神絵師現る!」



という話と共に、俺のイラストを模した挿絵が貼られていた。

……こういうのをやるのなら、一言事務所に連絡くれれば、俺が新聞用に描いたのにな、と思いながらも、その記事を見た。



どうやら、俺のイラストの書き込み量やイラスト自体の美麗さについて美辞麗句を並べているもののようだった。


俺はあれからずっと絵の練習を続けている。この時描いた絵の粗は正直いくつも思いつくが、それでも悪い気持ちはしなかった。


「ほら、問い合わせの手紙もこんなに!」

「え?」


そこには、事務所に送られてきた手紙が山ほど届いていた。


「酒場に貼られていたイラスト、凄い素敵です! 今度は、私の好きな演劇のキャラクターを描いてください!」

「感激しました! おなじイラストレーターとして憧れます!」

「こんな恐ろしい執念を感じる変態イラスト(いい意味で)は初めてです!」


と言ったものだった。



「こんな大量の手紙、処理しきれねえからお前が全部相手しとけよ?」

「え? ですが……」

「うっせえ! こっちは忙しいんだよ。とにかくてめえが全部やれってんだ。俺に迷惑かけんじゃねえ!」



そう言いながらニルセン課長は怒りと共にその場を去っていった。




「ねえ、凄いじゃない、イグニス!」

「クーゲル?」


そんなやりとりが終わった後、同僚のクーゲルがニコニコ笑ってやってきた。


「イグニスの絵、こんなに評価されるなんて思わなかったよ」

「ああ。俺も正直意外だった。……まだ、満足いくイラストじゃないんだけどな。返事を書くのも大変だよ」


やはり感想を手紙で頂き、それに対して返事を書くのは、悪い気持ちはしない。

俺はニヤニヤしながら羽ペンを取った。

……だが、クーゲルは少し表情が暗い。


「たださ……」

「え?」

「イラストの人気が出るってのと、それとイラストレーターの仕事が来るってのは別問題なんだよね……」

「どういうことだ?」

「……ううん、何でもない。この状況じゃ、私の嫉妬みたいに聞こえるからね。じゃあ今日もお互いに頑張ろう?」

「ああ」


そう言いながらクーゲルは複雑そうな表情で羽ペンを取った。






それから数週間が経過した。


「バカ野郎!」


俺はいつものごとく、ニルセン課長に怒鳴られていた。


「あのなあ、お前さ。やる気だけあっても無駄なんだよ、ムダ!」

「は、はい……」

「なにが天才イラストレーターだよ、仕事を取ってこなきゃ話になんねえの。分かる?」

「はい……」


そう、あれからしばらくの間、俺の作品はどれもこれもあちこちから「素晴らしい」と絶賛の嵐を受けていた。

……だが、それだけでありイラストの仕事が来ることは無かった。


「やっぱ、天才様ってだけじゃダメなんだな。まったく、少しはクーゲルを見習えよ?」

「あ、はあ……」


そう言いながらクーゲルはどうこたえていいか分からないような表情をした。

クーゲルは、画力自体はさほど高くないが、そのシンプルで親しみやすいイラストが受けているのか、割と仕事の受注数が多い。


「後、お前みたいなのをなんていうか知ってるか? お荷物ってんだよ」

「はい……」


何もここまで言わなくても良いじゃんか、と思いながらも俺は頭を伏せた。

下手に言い返すと、ますます怒鳴られることが分かっているからだ。


「お前今週便所掃除な。それと、後でクーゲルたちのインク買ってこい。……お荷物は雑用ぐらい、言われなくてもするもんだと思うけどな」

「はい……」

「ったく……」


そう言いながらニルセン課長は帰っていった。





(何がいけないんだろう……)


俺はそう思いながらも仕事を終えると、ご主人様のもとに今週の稼ぎを渡しに言った。

相変わらず仕事はアシスタントどまりだったが、それでも単純に手伝った量が多いこと、そしてクーゲルの厚意によって今までよりは賃金が増えている。



「ふうん、前よりは稼いでるね。結構結構」


……もっともその稼ぎはすべて、ご主人様のものになってしまうのだが。

ご主人様は俺の差し出したお金を見ながら、見下すようにつぶやく。


「けど、お前は本当に仕事出来ないんだな。これじゃあ、新しいゲームも買えないよ。ねえ、性奴隷1号ちゃん?」

「そうですねえ? この屑カレ、仕事を得る才能が全然ないんですもの」



そう言いながら、ご主人様は自身の膝の上に元カノのヒューラを乗せ、楽しそうにゲームをやっている。

時折ぶちゅぶちゅと汚らしい唇を彼女にくっつけるその姿は醜悪の一言だった。


また、ご主人様がやっているゲームは、以前俺と一緒にヒューラとプレイしていたものだったが、セーブデータを消して自分のものを登録していることも分かった。


「あれ、ここどうやって進むんだろ?」

「そこは鍵を取っていけばいいんですよ、ご主人様?」


話を聴いている限り、ストーリーはすでに佳境に差し掛かっているのが分かる。

どうやらご主人様は、セックスと食事の時間以外はゲームばかりやっているようだ。以前よりも体型がさらに丸くなっていることから、それが感じ取れる。


「うひひ、先に進めてよかったよ、ありがとう、性奴隷1号ちゃん?」

「いえいえ、ご主人様。屑カレと比べてゲームが上手いんですね。ますます好きになっちゃいました!」

「でしょ? ボク、ゲームは上手いからね」



ゲームが上手いくらいで異性を好きになる奴などいない。こうやってことあるごとに自身を俺を引き合いに出して褒めさせるのは、ご主人様の自信のなさの表れなのだろう。

俺がその様子を見つめていると、ご主人様は見下したような目で笑う。


「ん? お前、まだこの1号ちゃんに未練あるの? いいだろ、お前には分けてあげないよ、バーカ!」


だが、俺が見ていたのは彼らではなく、ゲーム画面で剣を振るっている戦士たちだった。



(なんで、俺の絵が全然売れなくて、こんなつまんないイラストばかりが評価されるんだよ……)



俺は昨今のゲームにみられるような画風がどうしても好きになれなかった。

少し前の古典的な、リアルな体型をするキャラクターこそが真に美麗なイラストだ。

そして、昨今のデフォルメしたポップなイラストなんて、面白くない。



時代に迎合し、ユーザーに媚びたイラストなんて、すぐに飽きられてしまって周りから相手にされることなんてない。

仮にこれを描いたとしても、数年後にはつまらない絵として笑われるはずだ。


そう思いながら俺は今まで、自分が素晴らしいと思えるようなイラストを描いていた。

……だが、どうも俺の考え方は間違っているのか、と感じてきた。



しばらくしてゲームに飽きたのか、ご主人様はこちらを向いてきた。


「あれ、まだ居たのかい、イグニス。お前、目障りしだし、金渡したらさっさと帰れよな」

「そうですよ、屑カレがここに居ると、ご主人様に可愛がってもらえないじゃないの」

「ウヒヒ、そうそう。ほら、帰れよゴミ」


そう言いながらご主人様は元カノの尻を揉みしだきながら、俺を足で追いやるような態度で追い返してきた。





俺はその帰途に就く傍ら、ずっと気分は重かった。

これはご主人様に見せつけられた言動のせいもあるが、それは寧ろどうでも良い。


俺が今本当に関心があるのは、自身のイラストについてだった。

どうして、俺の作品は評価はされるのに仕事にならないんだろう。



これでは、ただの自己満足野郎で終わってしまう。

そう考えていると、


「あれ、イグニスさん? どうしたんですか、こんなところで」

「あれ、ミケル?」


昔学校で後輩だったミケルに出会った。

こいつはこの世界では珍しい有翼人で、空を飛ぶことが出来る。


一般的に有翼人はその能力を生かし、伝令を行ったり貴重な薬品を僻地に届けたりと言った形で仕事を行い、一生食うに困らない生活が行える。


「俺はちょっと野暮用でさ。お前はどこ行くんだ?」

「えっと……あれ、なんだったっけ?」


だが、ミケルは有翼人の特性である『鳥頭』が強く出ており、ちょっとでも空を飛ぶと、ものを忘れてしまう悪癖がある。

その為、日雇いで簡単な雑用しか行えない。


ミケルは少し考えた後、答えた。


「なぜかは忘れたけど、そこの酒場に行く予定だったんです。よかったらどうですか? 僕、奢りますから」


ご主人様にお金を搾取されてしまった俺に、その提案はありがたい。


「ああ。それなら一緒に行かせてもらおうかな」

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