3.モテモテ前野君とセクハラ八重樫さん

「海外事業推進部の八重樫課長と話せるなんて光栄です」

「合コンで課長はやめてー。ガッシーでいいよ」

とにこにこ笑う八重樫さんに桐谷君が困った笑みを浮かべた。


「桐谷君、誰もガッシーなんて呼んでないから、安心して『八重樫さん』ってよんだらいいよ」

と助け船を出すと、ほっとした表情になった。


「残念。で、桐谷君は今誰とアシスタン組んでるの?」

「はい。いろいろですけど、一番多いのは倖さんですね」

「あれ?今はペア組んでしてないの?」

「今はアシスタントの人数が減ってしまって、その都度、アシスタントさんに書類作るのをお願いするって感じなんです」

榊さんが説明をする。

「へえ。そうなんだ」


榊さんと桐谷さんは合コンそっちのけで八重樫さんとの会話を喜んでいるようだった。

私はお代わりの3種のビールを頼んで、会話を聞きながら飲みまくっていた。


「八重樫さんは推進部ってお忙しいんじゃないですか?」

「うん。合コンに参加できるくらいには無茶苦茶忙しいよ」

「「あははは」」

「たまには息抜きも必要だからね。それに今回は倖ちゃんにも再会できたし、無茶苦茶忙しい中、参加して良かったよ」


さらっと『会えて嬉しい』的なことを言う。

尊敬する先輩にこんなふうに言われたら、私も嬉しくなる。


「さすが元営業ナンバーワンですよね。」

「?」

「さらっと人をいい気分にさせてくれる」

「えーそう?思ってることしか言ってないよ」

「これ!桐谷君、これ覚えて帰るといいよ」


ハイとメモを取る真似をする。

「エアメモだよ。覚える気ないな」

と笑い合う。


合コンっぽい駆け引きのないノリの飲み。

席替えをしたこの空間はただの飲み会になったいた。


「倖ちゃん、ペース早くない?」

「そうですか?なんか楽しいしおいしくって」


「酔み過ぎて俺にお持ち帰りされちゃっても知らないよ?」

「八重樫さんが?」

「うん」

「あはははははは!ないない!」

「ひでえ。昔から俺が口説いても冷たいんだよ」


八重樫さんは榊さんと片桐君に訴えている。


「こんなこと言ってますけど、八重樫さんがお持ち帰りするとこ見たことないですから、倖も信じませんよ」

と榊さんは笑う。


「そうそう。それにいくら部署が代わったっていっても、世話した後輩を一晩に付き合わせるとかないですよね」

と相槌を打つと、

「倖ちゃんに一晩とか言わないよ」

「当たり前です」

「何晩でも付き合うよ」

「むしろサイテーだった」


ポンポンと軽口をたたき、笑う。

久しぶりのこの感覚。

榊さんによく飲みに連れて行ってもらったな。

懐かしい。



「あのっ。八重樫さんと倖さんってお知り合いなんですか?」

片桐さんが緊張気味に声を掛けた。


「うん。俺がまだ営業にいた頃一緒に働いてた。ね?」

こちらを向かれて、八重樫さんと目があう。


「その節はとてつもなくお世話になったんです」


「倖ちゃんは俺の営業アシスタントだったの。で、俺は前にアシスタントの仕事を半年くらいしたことがあったからさ、倖ちゃんに結構いろいろと教えたんだよねー」

「はい。ほんと、今の私があるのは八重樫さんのおかげと言っても過言ではないですよ」


「ふふっ。あの頃の倖ちゃん、めちゃくちゃ大変そうだったよね」

「そうなの!八重樫さんのサポートに着いたから、ファンの皆さんにめちゃめちゃ裏で言われてましたよ。仕事ができない新人のくせに八重樫さんの後ばかりついて歩くって。だから必死になって仕事覚えました」


「そうだったの?

俺はさ、倖ちゃんが頑張ってたのを知ってたから、負けないように頑張んなきゃって思って仕事したよ。おかげで営業成績伸びてた」

「私は八重樫さんの足を引っ張らないようにするだけでしたよ」


懐かしい話に、懐かしい香り。


入社当時の出来事を久しぶりに思い出していた。


「あの頃は若かったなあ」

「今もじゅうぶん若いでしょ?」


「全然わからないことだらけで不安だったけど、わからないからこその強みがありました」

「?」

「今は新しいことに飛び込む勇気とかあんまりないなって思って」


そういうと、榊さんが、

「あー。ちょっとわかるかも」

と言った。


「ねえ、倖ちゃん」

八重樫さんはそれまでの人懐こい笑顔を隠し、真面目な顔をした。


「?」

「推進部に来る気はある?」


びっくりしすぎて、思考回路が止まった。

榊さんと桐谷さんも同様に固まった。


「えっと・・・唐突にどうしたんですか?」

「合コン来てるってことは、彼氏と別れたんだろ?じゃ、すぐに結婚とか考えてないだろうし。

推進部は大変だけどやりがいもものすごくあるぞ。倖ちゃんなら俺も推薦できる。

それに・・・また一緒に働きたい」

「いやいや、無理ですよ」



「なぜ?」


「内緒ですよ」

小声で

「彼氏できたんで」

と教えた。


「ええええええ!まじで?!」

「こ、声が大きいから」


「ごめん、ごめん。で、誰?」

小声で話しかけてくる。

「内緒ですって」

「てことは社内か」

両腕を胸の前で組みながらつぶやく。

真剣に考え事をする時の八重樫さんの癖。


「追求しないでください。しかもそんなに考えないでください」

「彼氏がいたっていいじゃん」


「海外事業推進部なんていったら昼夜逆転の休みぐっちゃぐちゃじゃないですか。

付き合いだしたばかりなのに会えないなんて嫌だし、別れたくないですもん」

「そんなんで別れるくらいなら、最初から付き合わなくていいんじゃない?」

「!?」


八重樫さんは、びっくりしている私と、自分の発言をスルーして話し続けた。


「その人、そんなに器ちっちゃいの?」

「そんなことはないと思うけど」

晴久にちらりと目を向ける。

完全に先輩方にロックオンされてて、いらっとした。


「それに、本社でアシスタントならそんなにぐちゃぐちゃにならないよ。

しかも今はコンプライアンスとか言ってるから昔みたいにひどくないしね」


「そ、そうなんですか?」

話してる途中だったと、慌てて頭を八重樫さんとの会話に戻す。


「まあ、すぐにとは言わないから考えておいてよ。携番変わってないから、連絡して」

「・・・はい」




「それにしても凄いね」

八重樫さんが視線を向けた方に目をやる。




「すごーい!楽しそう!」


視線の先を見ると、美女に囲まれた晴久がいた。


「私もドライブとか好きなんですよ。

今度どこかお奨めのところに連れて行ってくださいよ」


「ごめんね。

彼女以外を乗せるつもりがないから、お奨めの場所は機会があったら教えてあげるね」


「じゃ、私彼女になりたい!」


「ずるい!私も立候補します!」


晴久を囲む美女が、挙手している。


「お二人が頼んだら、男連中は喜んで連れてってくれますよ」



「ふふふ」

八重樫さんが可笑しそうに笑った。

「心配?」

「え?」

と八重樫さんをみると、

「顔に出てる」

と笑われた。


「大丈夫だよ。よくみて」

顎で晴久たちをさす。


「ほら、女の子たちがぐいぐい来るもんだから、前野の椅子がだんだん後ろに下がってる」


「本当だ」

どうやら鼻の下を伸ばしているわけではないようだ。少しほっとした。


そして、八重樫さんが晴久を「前野」と呼んだことに少し驚いた。


晴久を見ていると視線に気付いたのか、こちらに目が向いた。


目があった。


「モテモテも大変だねー」

と桐谷君が言う。



「はい。モッテモテですねえ。羨ましいですか?」

と、八重樫さんに話を振る。


「おい、俺が持てないみたいな言い方するのやめてくれる?」

「そんなこと言ってないじゃないですか。でも、八重樫さんは前野君のこと知ってるんですか?」


八重樫さんは遅れてきたのに前野君の名前を知っていた。


「まあ・・・ね」


と言った八重樫さんは串に刺さった輪切り玉ねぎのフリッターを私の口に突っ込んだ。


「んんん!」

口いっぱいになって、もぐもぐさせてたら、八重樫さんは嬉しそうに笑った。


どうにか飲み込んでビールを飲む。

ふうっと呼吸を整え、

「扱いが雑!ひどいっ!」

と涙目で文句を言うと

「ごめんごめん」と八重樫さんは私に手を伸ばし、唇に触れた。


きゅっと、口の端を擦られ、驚いて

ぴくっとする。


「ソースついてた。ほら」

ソースを拭き取った人差し指の横を見せた。


「八重樫さんがつけたんでしょ!?」

とおしぼりで口元を拭った。


「そっか」

とまだ笑い続けている八重樫さんは指についたソースをぺろりと舐めた。


「ちょっと!舐めないでくださいよ!」

その瞬間、がたっと音がして、晴久が立ち上がった。


「智花!」

と言って私の腕を掴んで立ち上がらせる。


「俺ら、抜けます!すみません」


あっけに取られているみんなをよそに、晴久に手首を引っ張られるように連れていかれる。

「あ、に、荷物荷物」

「持ってるよ」

見ると私の鞄も持ってくれている。


「「「ええええええ」」」

背後でみんなの叫び声が聞こえる。


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