6.俺にしときなよ side前野晴久

倖さんを後ろに乗せてバイクに乗る。

女性を乗せて走るのは久しぶりだった。

万が一のことを考えて、デートの時は車に乗るようにしていた。

けれど、最近泣いてばかりいる倖さんに笑って欲しかったから、バイクを選んだ。

悲しいことや嫌なことがあった時、バイクで走りたくなる。

体全部で風を感じ、倖さんに笑って欲しい。

作られた笑顔じゃなく、ちゃんと幸せな笑顔を見せて欲しい。




道の両側にたくさんの木々が並んでいる。

冬だから、ほとんどの木々は葉を落とし、茶色い枝々が重なっている。

所々にある針葉樹のとがった葉は鈍い緑をしている。

少し寂しい風景だったが、木の隙間から落ちてくる太陽の光がオレンジ色で綺麗だ。



 『まえのくん も りちぎだね』


さっき、倖さんに言われた言葉が気になる。

俺と元彼を重ねたのか?



緩やかなカーブを何度も抜けて、高台にある気象台に到着した。


駐車場の奥にあるつるんとした緑の葉を持つ赤い寒椿の横にバイクを止めた。

倖さんのはずしたヘルメットを受け取る。

倖さんはポシェットをかけ、首にストールをしっかりと巻き、キャスケットをかぶった。

準備ができるのを待って、手を繋ぐ。



「こっちだよ」

と椿の間にある小道を歩く。

小道を抜けると、そこは開けた広場があって、正面にはオレンジ色の沈み始めた太陽があった。


「うわあ。きれー・・・」

目を輝かせて景色を眺める倖さんを見つめ、喜んでいる様子に嬉しくなる。


倖さんが見ている景色に目をやる。


遠くの山の近くにある夕日。

淡い水色の空に、薄い雲がいくつもの層を織り成している。

飛行機雲が一本、白い線を残していた。その筋が少しずつ広がっていく。広がるにつれて白い線がオレンジ色に変っていって、他の雲に紛れていく。




倖さんの手を引き、広場の端へ連れて行く。

端には木でできた柵がある。

柵に手を置き、二人で並んで立つ。

夕日のオレンジは眼下に見えるビルや家の屋根に反射してきらきらと輝いている。


「うわー。すっごいきらっきら!」


嬉しそうに笑って、俺の顔を見上げた。


その瞬間。

ぴゅうっと風が吹いて、倖さんはストールを持って首をすぼめた。


ポンッ。


飛んでしまう!と、とっさに倖さんの頭のキャスケットを抑えた。


倖さんの体が俺の胸にぶつかる。

抱き寄せたような態勢になってしまった。


「ごめん。ありがとう」

慌てて離れる倖さんは俯いていた。その耳が赤くて、照れたのがわかる。

か・・・かわいい・・・。


やばい。かわいすぎるだろう。

俺は口に手を当て、にやけるのを堪えた。

「寒さ対策しよう」

「なに?」

しばし夕焼けを堪能したあとに、バイクの椅子を開けた時に出した麻布の袋をあけた。

出したのは大きな手袋が二つとテニスボールみたいな球だった。


「倖さん運動は得意?」

「わかんないけど、体育は8だった」

「8?」

「10段階評価の8」


無言で見つめ合う。


『8』は普通?普通よりちょっといいけど、ものすごく良くはない?

倖さんは誇らしげに俺を見つめているけれど・・・。

「……微妙なところで分からないよ」

「ぼちぼち良いってことでしょ。で、何それ?」


俺はピンクとブルーのカラフルな巨大な手袋と黄色いボールをだした。


「手袋の真ん中にバリバリするのがあるでしょ」

「うん。巨大なマジックテープになってるんだね」

「それは知らない」

「いいの、こういうのマジックテープっていうんだよ。で?」


左手にブルーの手袋をはめるの俺をじっと見て、倖さんも左手にピンクの手袋をはめた。


「テニスボールみたいなこのボールがバリバリにあたるとくっつくの」

「なるほど。この手袋がグローブってことね。どうして片手しかないのかと思ったよ」

「両手だとボールがくっついて投げられないよ」


倖さんははめたグローブを少しの時間見つめたと思うと笑い出した。

「あははは!それはそれでおもしろい!」


きっとボールが手にくっついて投げられなくなっている様子を想像したのだろう。

「笑えるだけでしょ。よし、キャッチボールしよ」

「うん!楽しそう!する!」

倖さんはぱあっとした、満面の笑顔を見せた。


二人できゃーきゃーワーワー言いながらキャッチボールをする。

たまに、手袋にくっつきすぎて離れなくなって、必死にもぎ取ろうとしている姿がとてつもなくかわいかった。

「倖さん、うまいじゃん」

「だから、体育8って言ったでしょ?」

「それ微妙過ぎだって」


体を動かすと暖かくなってくる。

「ちょっとタイムー」

汗をかく前にダウンコートを脱ごうと、ファスナーを下ろした。



「あ!」

倖さんが目をキラキラさせて俺に近づいてきた。

「ね、前野君。見て」

倖さんの視線の先に目をやる。



そこには時間がたつにつれて、色が変わった夕焼け空があった。



目を輝かせている倖さんを愛しいと思った。





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