第44話 梅雨のひととき ⑦
「あら、お客さん?お兄ちゃん?」
…は?……お兄ちゃん?…
初めてまともに聞く呼び名だった。一瞬、何かの間違いかだと勘違いを起こしたくなったが、声は間違いなく柚子のもの。だが、今までとは違い、その声からは今までのクソ生意気なものではなく、聞いたこともない清楚を装っているかのような綺麗な声。
後ろを振り向くと。
「こんにちは、はじめまして。私、相坂勇太の妹の相坂柚子って言います。いつも兄がお世話になっています」
ヒョイと俺の横から体を出し、柊に律儀に挨拶をする柚子。
ゾワっとした…いまだかつてこんな柚子を見たことがない。
「え、あ、はい…こちらこそ……って、えぇっ!妹さん!?相坂君!?相坂君にはこんなに可愛らしい妹さんがいたの?」
「んーー……まぁ」
なんだか隣に立つ柚子が腹立たしくなり、返す言葉が濁る。
「そんな可愛らしいだなんて…お言葉がお上手なんですから〜」
…うわぁ…腹立つわ〜…
隣で口に手をあて、クスクスと笑う柚子に謎の怒りが込み上げてくる。今の今まで俺に生意気な口を聞いてきたお前のどの口からそんな綺麗なセリフをツラツラと出てくるのか…すぐにでもその口を閉じてやりたいくらいだ。
だが…
今はいけない…目の前には柊、この愚妹にはどうしても手出しができない。
「あぁー、そうだ!お兄ちゃん…せっかくはるばるウチまで来てくれたんだから、少しの間ウチでゆっくりしていってもらおうよ」
…何を好き勝手言ってるんだ、こいつは…
笑顔でこの場を仕切り出す柚子。
「はぁ!?何言ってるんだ、お前!それはさすがに…」
ガンッ!!
…いっつぅぅぅ…何しやがるこいつぅ…
否定的に返した俺に柚子は、笑みを浮かべながらに足先を力強く踏みつけてきた。
「お兄ちゃん…今は雷だってなってるし、これから雨だって強くなるんだよ!そんな中、レディを一人雨の中帰らせるの!?……もう信じらんない!」
「…………」
…この猫被りがっ!…
柚子に腹たちながらも言葉を抑えた。本当は喉から手が出るほどにこの妹に天誅を下してやりたいくらいだ。
「雨もこれからいっぱい降ってくるんだしさ、少しの間ウチでゆっくりしていってもらおっ!?別に長居してもらおうってわけじゃないんだし……いいでしょ!?……ねっ!?」
…なんだか上手く話を回されてるような…
未だみない妹の上目遣いお願いボイスに気持ち悪ささえ覚えたが、兎にも角にも大雨が降るであろうことはほぼほぼ確実…であるなら。
…しょうがない…か…
俺は覚悟を決め、玄関でそわそわしている柊を見た。どのみち長い時間いることもないだろうし、柚子とも息もあいそうだ。きっとどうにかなるだろう。
「って、妹が上がっていってほしいみたいなオーラを出してるんだけど…柊さんはどうかな?とりあえず雨が上がるまでの間でよければって話なんだけど……」
おそるおそるに柊に聞いてみると。
「えっ!!あ、うん!!全然大丈夫!!時間も余裕だし、むしろ……ううんなんでもない!!」
何故だろうか?柊のトーンが2段階ぐらい上がったような気がした。
それに…
…むしろ?…
最後の言葉が少し気になりはしたが、とりあえずは妹の口車に乗る形で柊を自宅へと上げることになった。
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