第43話 梅雨のひととき ⑥


「はい、どちらさまでしょうか?」


 俺は階段を降りると玄関付近に設置してある室内インターホンに声をかけた。


 すると…


「あ、ひ、ひ、柊です!!あ、あの、先生からお手紙が出てて!…お、お届けに…」


 …………え?…


 一瞬でその場が凍った。なんで柊が俺の家を…


 謎でしかなかった。俺は柊に家の場所を教えた覚えなんてない。じゃあ誰が?


 …………。


 …………恵ちゃんか…


 よくよく考えれば一択しかなかった。俺の中でふと、前回の柊家での出来事が脳裏をよぎる。あの時も確か手紙を渡してくれと俺に柊の家の住所を教えてきた。


 …先生としてそれはダメだろう…


 心の中で恵ちゃんにダメ出しをするが、柊が来てしまった現実は変わることはない。とりあえずは応対をしなければ。


「あ、お疲れ様…柊さん、ちょっと待ってて!すぐ玄関開けるから」


 俺は玄関で待ってるであろう玄関へ急ぎ向かい、ドアを開けた。


 すると…


「こ、こんにちは。相坂君」


 目の前には傘を片手に雨も滴るいい女…雨の中でも金に輝く美しい髪。柊奏が玄関前に立っていた。


「あー、うん…お疲れ様。今日はどうしたの?わざわざ家まで…」


 と、一応は聞いてみるものの、柊の手にはあの時と同じ茶封筒が一通握られているため、なんとなく状況を察することができたが、とりあえずこの言葉から始まっておかなければ柊との会話が詰まってしまう。テンプレみたいな挨拶ではあるが、これも立派な挨拶の一つ。しっかりと使わせてもらう。


「あの、清水先生が急ぎだからこの封筒を渡して欲しいって…急ぎだからって…でも勝手に相坂君の家の住所を教えてもらっちゃって……先生に『大丈夫だから』って…その…」


「あの…えーと………」


 どこから話せばいいものか…もう、話の順序がメチャクチャだ。それに、急に俺の前でもじもじダンスをし始める柊。そんなことをされるとなんだか俺のほうも緊張してしまう。


 どうするべきか…少しここで話したほうがいいのか?それとも何事もなく早めに帰ってもらうべきなのか?俺の中で究極の2択を迫られる。


 だが…


「相坂…君?」


 目の前の柊にはまったくと言っていいほどの落ち着きがなかった。この現象…少し前の俺にも見覚えがあった。柊が体調を崩した時、俺が柊の家に手紙を届けた時も、いろんな意味合いが重なりこそしたが、俺もすごく落ち着かなかったことを覚えている。


 …きっと今の柊もそうなのだろう…


 そう考えた俺は。


「うん、そうなんだ。わざわざありがとう…清水先生にはまったく…困っちゃうもんだよねぇ…うん!とりあえず封筒ありがとう。雨もこれから強くなってくるらしいから、柊さんも早めにウチに帰ったほうがいいかも…」


 早口で俺は「早めに帰ったほうがいいよ」アピールを柊に向けた。正直、異性と話す経験なんてそこまで多くないんだ…これで勘弁してほしい。それに柊だって、好きで俺の家に来たわけじゃないはず。初めてくる家だ、早めに帰してあげれば、柊だって変なプレッシャーから解放されるだろう。これは俺からのちょっとした親切…こう言ってもらえれば、柊だって人の家に来るというプレッシャーから解放されるはず。


 そう俺は思って親切だと思い言葉を選んだはずだったのだが。


「えっ!あっ…………うん…そうなんだ…」


 …ん?…


 なんだか柊のトーンが少し下がったようにみえる。何か気に触ることにでも触れただろうか。気のせいかもじもじのレベルも一段階上がったようにも見えるのだが。


 …何か間違ったことでもしてしまっただろうか?…


 その時だった…


 



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