第38話 梅雨のひととき ①


 季節は梅雨どきに入った。暇があれば雨が降っているような毎日。傘を忘れてしまえば致命傷…放課後なんてもってのほかだ。梅雨に加えて雷雨も混じるような日々。こんな日に傘を忘れるやつなんて…


 やつなんて……


「あぁ…」


 ………いた…


 放課後の昇降口の前、そこには雨さえ似合ってしまう一人の美少女…柊が、空を見上げながら雨を背景に、絵画図のような風貌で立っていた。


 …傘、忘れたのか?…


 予報は完全な雨予報、今はまだ帰れるかもと思うくらいの小雨…とはいえ、夜には本降りに変わるなんてのをスマホの天気予報で見た。ずっと待ってたところで雨は強くなるだけだ。


「柊さん…傘、忘れたの?」


 聞いてみることにした。


「あ、相坂君も帰り?……そうなんだよねぇ…朝、ちょっとだけママと喧嘩しちゃってさ、そのままの勢いで出てきちゃったから…つい…」


「あ〜…」


 それはなかなかに大変そうだ。以前会った時の印象からも『元気』を体で現したような人だった。柊の性格も似たり寄ったりのところがあるため、きっも何かと合わないところもあるのだろう。そう思った。


「やまないかなぁ…………やまないよねぇ……どうしよう…今日はモデルの仕事の打ち合わせなのに…マネージャーに連絡して、日程変えてもらおうかなぁ…」


 天を仰ぐように雨を見ながら独り言のように囁く柊。


「仕事なの?」


「あ、うん…マネージャーから『すごく大事な案件だからって…』まぁ、でもいつもそんなふうに言ってるからどれくらい大事かわからないところもあるんだけど…でも…」


 …でも?…


「今回はちょっとニュアンスが違ったから、まずいかなって思ってて…」


「あぁ〜〜………」


 柊には申し訳ないが、そんな言葉しか出てこなかった。正直モデルの仕事に関わったことなんてないため、そんな俺が何を柊にフォローしてあげればいいのか。咄嗟に思いつく言葉が何もない。


「う〜〜〜ん…」


 ………これ…貸すか…


 悩んだ結果の答えだった。俺の右手には一本の傘…今の俺なら非常事態に苦しんでいる柊を救ってあげることができる。


 しかし…


 それは自らを犠牲にするということ。心なしか雨足も強まってきてる気がする。そのまま帰ればずぶ濡れで帰宅すること間違いなしだ。


 でも…


「はぁ…」


 ため息ながらに俺は覚悟を決めた。


「柊さん、これ、よかったら使って」


「え?」


 俺の言葉にポカンとする柊。その顔からは「それだと相坂君が〜」という言葉がこもったような感じが窺える。


「急ぎの用事なんでしょ?ここは黙って何も言わずにこの傘を持ってって」


「でも、相坂君!?」


「柊さん…」


「あ…………うん…」


 最後の言葉で柊さんは納得してくれたようだった。柊はそのまま俺の傘をさすと、雨の中を一歩、二歩と進んでいく。


「相坂君!ありがとう!!このご恩は絶対にっ!!絶対に返すからっ!!」

 

 そのまま軽く手を振り、俺は走り去っていく柊の後ろ姿を見送った。


 これでいい。俺は腐っても男だ…真剣に困ってる女の子を助けないというのは次の日の目覚めが悪くなるというもの。


 俺は自身の直感に従って行動した。


 だからとりあえずはこれでいい…めでたし、めでたし。

 

 柊の件は一件落着とした。


 でだ…


「どうやって、帰ろう…」


 柊が帰ってすぐ、天候は一気に大雨へと変わっていった。




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