第37話 激突 柊 奏VS冴島 唯 ⑧


 しばらくしたものの…図書室の熱気は全然落ち着きをみせなかった。


 二人は絶賛稼働中、あっちこっちといろんな席で愛嬌を振り撒いている。


 正義という言葉に情熱を持っている冴島さんに、告白を容赦のないひとことでうち滅ぼす柊。二人とも、一体どんな気持ちで営業しているのか気になるところではある。


 そんな中ではあるが…


「ふぅ…」


 俺は束の間のおトイレタイムに来ている。


「あ〜、疲れた…」


 ふと心の声が漏れた。今でも図書室では二人の「熱い?」のかどうかわからない票取り合戦がいまだに行われているのだろう。『学校のアイドル』そんなふうに言われる二人だが、本人たちの性格を少しぐらいは知っているため、嘘の営業だというのはバレバレだ。


 ただもちろんこれを知っているのは俺だけではない。冴島さんがどれだけ断罪しているかはわからないが、柊に関していえば訪れてくる生徒たちに怖い噂は流れているはず…きっと束の間の幸せの時間を楽しみに来ているんだろう。俺はそう思っている。


 普段ではありえないような光景…愛想を振り向く二人の夢の時間をどうぞ満足していってほしい。そしてあわよくば、この戦いでこの二人も少しばかり仲良くなってくれないか…


 ついでにそんなことも思ってはみたが…


 …まぁ……無理か…


 祭り前からの雰囲気からして、仲良くなるのはまだ無理そうな気がした。


 とはいえ、周囲の人間が作り出したライバル関係…二人は勝手にライバル視してるところもあるため、いつかは仲良くなってほしいところ…


 ではある。


※ ※ ※


 …このあとは〜…


 戻って、外の票の箱を確認して、中に入って〜…


 おトイレタイム中に今後の予定を考えている時だった。


 ピンポンパンポーン


《新緑祭、終了の時間が近づいてまいりました。催し物を主催している生徒たちは規定の時間になりましたら随時片付けを始めていくよう、よろしくおねがいします》


 …もうそんな時間!?…


 トイレをすまし、スマホを見ると、時間は午後4時を指していた。列整備をしたり、皿の片付けをしたり、材料運びをしたり…時間を確認するようなことが全然なかった。そんなに時間が経っていたとは…


 自分でもその時間の経ちように驚いた。


 楽しくない時間というのは長く感じてしまうもの…そんなことをよく言われることがあるがその通りのようだ。意外にも俺は今のこの時間を楽しんでいたらしい。


 よくよく思い返せば、形だけでみれば柊と冴島さんの戦い…とはいえ、裏ではみんながみんな支え合いながら準備を頑張ってくれていたし、今でなお頑張ってくれている。


 なんだか、初めて図書委員として一体になれた。そんな気もする。


 それもこれも…


『柊 奏』


 良くも悪くも柊のおかげなのかもしれない。柊と関わるようになって、俺の学校生活が少しずつだが変わってきているような気がする。「ここが変わった!」と自分で強く言えるわけではないが、なんとなく…ほんの少しずつ変わっている、錯覚かもしれないがそんなふうに思えるような…そんな気がしている。そこから冴島さんとも出会って…今でこそ歪み合ってる二人ではあるが、こういう場ができてすごく盛り上がっている。


 柊なしではこんなことはできなかった…それは間違いない。きっと去年同様、生徒会の手伝いで終わりだ。


『楽しかった』


 今ぐらいは柊に感謝しておくことにしよう。


 とはいえ油断大敵。この催しで勘違いした男たちが近くにいる俺にとてつもない視線を向けてくる可能性もゼロではない。


 …精進せねば…


 俺はトイレ休憩を終えると、気を引き締め終幕を迎えようとする図書室喫茶の会場へと戻ることにした。


※ ※ ※


「で、これはどうしたんだ?」


 俺は意気揚々に図書室に戻ったのだが。


「あんた、前からずっとムカついてたのよ。いい加減くらいなさい!!」


「そんなへなちょこパイがあたるわけないじゃないですか?そっちこそくらいなさい!!」


「うぉぉ!!やれやれ!!」


「奏ちゃーん!!唯ちゃーん!!頑張れー」


 目の前には大量の紙皿に白いパイ…それがそこらへんに散乱して落ちているのが見て取れた。


「あー、これね!!水原先輩が材料が余ったからってパイを作ってくれて、どうせならって二人に!どう!?楽しくない!!」


 ………水原先輩…


「ふ…」


 視線をそらしながらなんだか楽しそうにしてる水原先輩。


「くらえっ!冴島」


「きゃっ!!」


「やりましたね〜…そりゃーー!!」


「あんっ!!」


 二人の喘ぐような声が図書室内に響き渡る。学生たちは部屋の隅でギャラリー状態。胸が揺れたり、見せパンが見えそうになったり…エッチな声が上がるたびにここ1番の盛り上がりを見せている図書室。皮肉なことだがメイド対決の時よりもものすごい盛り上がりを見せているし、票の入りの加速率も以上に上がっているのが見て取れる。


 それに…


「大丈夫だよ!相坂君。本棚にはビニールも張ってるし、汚れることはないよ!」


 …柿島先輩まで…


 なんでそんなノリ気なの。謎の図書委員のノリに軽く引いてしまう自分がいた。


「くらえーー!!さえじまーー」

「くたばりなさい!!柊かなでーー!!」


「きゃっ!」

「きゃっ!」


「ぶふっ!!」


 少しばかりのよそ見をしていた時だった。声のほうへと顔を向けたその時に俺の視界が急に真っ暗になった。気づけば、鼻には甘い香り。口に入ったものからは甘い味…


 …こいつらー…


「ごめん!相坂君、足が滑っちゃって手が勝手に!」


「すいません、相坂さん!柊さんが投げて振りまいたパイで滑ってしまって!」


「はぁ?あんただってやってたじゃない!?」


「多く投げてたのはあなたの方です。私じゃありません」


 …お前ら…


「いい加減にしろーーーー!!」


 学校に入ってから…いや、人生において1番叫んだかもしれない。そんな俺の一声でこの新入生歓迎イベント『新緑祭』は幕をとじた。


 後日、二人の勝敗を決める開票をしたところ、見事に同票となり引き分けという形になった。お互いその結果にあーだこーだと痴話喧嘩を始めたが、喧嘩するほどなんとやら…とりあえずはこのまま見守っていくことにした。

 


 


 






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