第12話 中村 陽翔の内部告発

夕暮れの薄暗い光が、中村 陽翔の自宅リビングに差し込んでいた。外では風が吹き、木々の葉がさやさやと音を立てていた。中村はダイニングテーブルに座り、目の前の夕食に手をつけることなく、遠くを見つめていた。


「パパ、どうしたの?ご飯が冷めちゃうよ。」小さな声で話しかけたのは、中村の娘、七歳の陽菜だった。彼女は無邪気な笑顔を浮かべて、父親を見上げている。


「ごめんね、陽菜ちゃん。」中村は微笑みを作り、娘の頭を優しく撫でた。「ちょっと考え事をしていてね。」


妻の美咲も、心配そうに夫の顔を見つめていた。「陽翔さん、大丈夫?最近、ずっと疲れた顔をしているわ。」


中村は深い溜息をつき、テーブルに置かれたスマートフォンを手に取った。「実は、会社で重大な問題に直面していて…それについて決断しなければならないんだ。」


「どんな問題なの?」美咲は声を低くして尋ねた。


中村は一瞬躊躇したが、意を決して話し始めた。「メディカスというAI診断システムに欠陥があることに気づいたんだ。それを知ってしまった以上、見過ごすことはできない。でも、内部告発をするとなると、私たち家族にも危険が及ぶかもしれない。」


美咲は驚いた表情を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しに変わった。「陽翔さん、私たちはあなたを信じている。もし、それが正しいことなら、私たちも協力するわ。」


中村は感謝の気持ちでいっぱいになり、妻の手を握りしめた。「ありがとう、美咲。君の言葉で勇気が湧いてきたよ。」


その夜、中村はリビングの一角でパソコンに向かい、証拠を整理し始めた。データを分析し、必要な情報を集める作業は緻密で時間がかかるものだったが、中村の決意は揺るがなかった。彼の目には、新たな光が宿っていた。


「この証拠が揃えば、全てが明らかになる。」中村は自分にそう言い聞かせながら、キーボードを叩き続けた。


しかし、突然ドアベルが鳴り響いた。その音に中村は一瞬驚いたが、冷静さを保とうと努めた。妻がドアを開けると、玄関には見知らぬ男が立っていた。


「すみません、こんな時間に…」その男は低い声で話し始めた。「中村さんにお届け物がありまして。」


中村は警戒心を抱きながらも、玄関に近づいた。「何でしょうか?」


男は小さな封筒を差し出し、無言で去っていった。中村は封筒を手に取り、中身を確認する。そこには「内部告発をすれば、あなたと家族に危険が及ぶ」という脅迫文が入っていた。


中村の心は一瞬凍りついたが、すぐに強い決意が湧き上がった。「これで確信した。彼らは何かを隠している。」


中村は妻と娘の無事を確認し、さらに証拠の整理に没頭した。彼の手は震えていたが、その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


翌朝、中村は夏川と美月に連絡を取り、証拠提供の準備を進めることを決意した。彼の心には、一人ではないという安心感と共に、真実を明らかにする使命感が強く根付いていた。


「美咲、陽菜、ありがとう。君たちのためにも、私は戦う。」中村は静かに呟き、朝の光が差し込むリビングで、新たな一歩を踏み出した。


この瞬間、中村は自分の信じる正義のために立ち上がる覚悟を決めた。彼の背中には家族の温かさがあり、その支えが彼に力を与えていた。

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