#64 皐月の家へ、年上の魅力的な

 記念配信を終えた翌朝。


「じゃあ、行ってくるね!」

「はいはーい、楽しんできてねー。まあ、相手がたつなちゃんだし、問題はないと思うし! あ、家の鍵は持って行ってね? 私も今日は色々用事があるから」

「あ、うん! お姉ちゃんも気を付けてね?」

「もちろん! でも……はぁ、今日はみたまちゃんの配信、見れないかもなぁ……」


 と、お姉ちゃんが溜息を吐きながら、そう零しました。

 いつもなら絶対に見る! って言って憚らないお姉ちゃんなのに、どうしたんだろう?


「何かあったの?」

「んー、単純に今日の用事が原因で見れなさそうって話。くっ、善は急げとばかりにゲーム制作の話をある程度進めてしまったのが悪かったなぁ……」

「あ、な、なるほど……」

「ま、今回はアーカイブで見させてもらうよー。それじゃ、気を付けてねー」

「うん! 行って来まーす!」

「はい、いってらっしゃい!」


 玄関でそんな会話を交わしてから、僕はお家を出ました。



 さすがに僕がお邪魔する側ということで、今日は皐月お姉ちゃんの家に直接出向く形になります。

 配信終了後、皐月お姉ちゃんから住所がLINNに送られてきて、今はそれを頼りにスマホのナビで向かっている途中です。


 隣町なので、電車で一駅移動して、そこから徒歩。

 場所は来咲市。


 どんな場所に住んでいるのかなぁ、なんて頭の中で色々と想像しながらお家までの道のりを歩く。

 道中、ご飯の材料をある程度買って行くのも忘れません。

 配信の趣旨だもんね。


 一応、ご飯は二食分で、お昼と夜ご飯。

 でも、片方はいらなくなる可能性もあるので、その辺りは着いてからかなぁ。


 あと、この辺りでのお買い物は初めてだったんだけど、なんと言いますか……いっぱい材料を買ったら、すごく微笑まし気な顔で見られました。

 多分、おつかいって思われたんだと思います。

 道中もそう言う目で見られたしね……うぅ、やっぱりちっちゃいからかなぁ。

 別に気にはしないんだけど……。


 と、そんなことを考えている内に、目的地に近くなってきました。

 地図を見つつ、目的の場所はどこかなぁ、と辺りを見回していると、目的地が見えてきました。


「ここかな?」


 辿り着いたのは、全体的に白い一軒家でした。

 二階建てで、ちゃんとお庭もあって……というより、すごく綺麗なお家だなぁ。

 あと、車やバイクもありました。


 皐月お姉ちゃんって実家暮らしなのかな?


 ともあれ、まずはインターホンを鳴らさないと。

 僕は表札のすぐ横に設置されているインターホンを鳴らしました。


 ピンポーン、と定番の音が鳴って少しすると、ガチャ、という音がして皐月お姉ちゃんの声が聞こえてきました。


『やぁ、椎菜ちゃん。開いているから入って来ていいよ』

「うん!」


 簡潔に言葉を交わすと、僕は門を通って玄関へ。


「お邪魔しまーす」


 扉を開けて、そう言いながらお家の中へ。

 すると、ふわり、と果物のような甘い香りが飛び込んできました。


「いらっしゃい、椎菜ちゃん」


 そう言って僕を出迎える皐月お姉ちゃんは、なんと言いますか、すごくカッコいいお洋服を着ていました。

 おへそが見えるシャツを着て、上には革ジャンで、下はダメージジーンズ。

 すごくカッコいい……!


「今日はよろしくお願いしますっ!」

「はは、それを言うならこっちの方さ。私がお世話になるわけだしね。さ、上がってくれ」

「はーい!」


 さりげなくスリッパを用意してくれて、僕は靴を脱いでからスリッパに履き替える。

 靴はきちんと揃えて置いておきます。


「配信の前に、軽く打ち合わせでもしようか。リビングはこっちだよ」

「うん」


 皐月お姉ちゃんに案内されて、リビングへ移動。

 リビングはシンプルにソファーとテレビにテレビラック、キッチン、あとは観葉植物などが置かれていました。

 すごくシンプルな内装だけど、なんだかお洒落な雰囲気もある……!


「オレンジジュースでいいかい?」

「あ、うん! 大丈夫だよ!」


 冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出すと、皐月お姉ちゃんはコップにジュースを注いで、テーブルの上に。

 さらっとコースターも置いてる辺り、なんだか細かいお気遣いができるみたいです。

 大人のお姉さんってすごい……!


「さて、まずは今日どうするかを決めたいんだが……一つ、たしか、Aコース、Bコース、Cコースの三種類があったけど、あれは自由に選択できるのかい?」

「あ、ううん、ちゃんと条件があるよ!」

「そうか。それを教えてもらうことは?」

「うんとね、企画を始める前に僕と二回ジャンケンをして、一回勝てばBコースにできる権利が貰えて、二回勝つとCコースになるよ!」

「ふむ、なかなかに簡単だね。しかし、運も絡むと」

「そうなる、かなぁ。お姉ちゃんが、『無条件Cコースは許さん!』って言ってたので……」

「あぁ、愛菜の差し金か。ふふ、そうか。しかし椎菜ちゃん。配信中にジャンケンとなると、Aコースが難しくならないかい?」

「ふぇ?」


 突然そう指摘されて、僕はこてんと首を傾げる。

 どういうことだろう?


「ほら、Aコースは掃除と希望する時間帯の食事一食だったよね? なら、早めに始めてAコースになり、夜ご飯を希望した場合、その間の時間がかなり空くことになるんだが……」

「……あっ!」


 い、言われてみればそうだよ!

 皐月お姉ちゃんの言う通り、もしも二回とも負けちゃうか、勝ってもAコースを希望して夜ご飯を早い時間に希望しちゃった場合、かなり時間が空いちゃう……!


「あー、その様子だとそこまで頭が回ってなかったんだね」

「あぅぅ……」


 頭が回ってなかった僕を見て、皐月お姉ちゃんは苦笑いを零してから、でも、と声をかけます。


「一回目の私で気付けて良かったよ。それに、事前の打ち合わせで気付けたんだから尚のことね」

「そ、そう、ですね……!」

「だから、そうだね……今度はジャンケンというより、何らかのクイズでもいいかもしれないね。それをルーレットで決まったライバーにクイズを送って、回答を貰う。結果を前日に教えることで、時間も決められるだろう?」

「な、なるほど!」

「まあ、今でこそ椎菜ちゃんは100万人も登録者がいる存在にはなったが、それでも初めてまだ二ヵ月程度だ。言ってしまえば、君はまだまだ駆け出し。この程度の失敗はいくらでもしていいさ。その分、私たちが教えてあげるし、注意もしてあげるからね」

「皐月お姉ちゃん……!」


 皐月お姉ちゃんの優しい言葉に、思わず胸がきゅんとしました。

 やっぱり皐月お姉ちゃんはすごく優しくてカッコイイです……!


「ま、本来は愛菜のようにある程度の時間をかけてその人数に到達するはずなんだが……あの時の全員コラボが原因だからね」

「あ、あはは……あの、その、100万人も行っちゃいましたし、え、えっと、色々気を付けた方がいいことってやっぱりある、の……?」

「ん? いや、君は特に気にしなくてもいいよ。少なくとも炎上しかねないようなマイナスなことを君はしないだろうし……というか、らいばーほーむはちょっとやそっとじゃ炎上しないからね。それに、らいばーほーむの基本方針は、ライバーが自由にのびのびと個性を出す配信、だから」

「そう言えばそうだったね」

「あぁ。だから、椎菜ちゃんは今まで通りのほんわかとした配信や、らいばーほーむの面々とのコラボをメインにやっていくのが一番いい。視聴者たちもそんな君の姿を見て登録したんだから、100万人を超えたとて変える必要はないよ。君はあの配信だから受けているんだからね。自然体が一番いい、ということさ」

「な、なるほど……! ありがとうっ、皐月お姉ちゃん! なんだか、安心したよ! やっぱり、皐月お姉ちゃんはカッコよくて、すごく頼りになるねっ!」

「んぐっ……」


 やっぱり最年長さんだからかな?

 一番歳が上で、一番大人っぽく見えるし!


 ちなみにだけど、次に大人っぽく見えるのは千鶴お姉ちゃんだったりします。

 そう言えば、今回の配信って一番年上の皐月お姉ちゃんと、一番年下の僕の配信になるんだよね……なんだか面白いかも?


「……まずいな、今日の私の体はもつのか……」

「どうしたの?」

「あぁ、いや、気にしないでいいよ。とりあえず話を戻して、今日はジャンケンでいいと思うよ。今更だからね。配信開始後にやる感じで行こう」

「うん!」

「あと、もしもクイズ式にするのであれば、期間を設けた方がいい。まあ、らいばーほーむの面々は不正とかが嫌いだからやらないとは思うけど」

「んと、どういうこと?」


 皐月お姉ちゃんの言葉にこてんと首を傾げながら聞き返す。


「あぁ、期間が長いと、クイズの答えを調べられちゃうからね。その辺りも、ね?」

「なるほど! じゃあ、期間を設けて、それまでに答えられなかったらAコースとか?」

「あぁ、それがいいだろう。まあ、配信中でもできないことはないだろうけど、君の配信は視聴者が多いからね。間違って答えを言っちゃう人がいるかもしれない」

「たしかに! じゃあ、そうしますっ!」

「はは、まあ、この辺りは一つにこだわるんじゃなくて、いろんな方法で試してもいいと思うけどね。……ま、この話は一度終わりにしよう。長引きそうだ」

「うん!」

「さて……正直、あとは配信中にすればいいことばかりだし、打ち合わせをすることが実はもうないんだ」


 ふふ、とどこかいたずらっぽく笑って、皐月お姉ちゃんがそう言いました。

 あ、たしかにそうかも……何をするかどうかは配信内で決めるようなものだし……。


「だから、配信を始めるまでの間、軽く雑談でもするかい? 何か聞きたいことがあれば教えるよ」

「聞きたい事……あ、そう言えば皐月お姉ちゃんって一軒家に住んでるけど、家族は一緒なの?」


 聞きたいことと言われて、この一軒家について尋ねました。

 家事をするのなら、マンションとかかなぁ、なんて思ってただけに、一軒家とは思わなかったので。


「ん、あぁ、この家かい? まあ、職業柄色々ね」

「職業? あ、モデルさん?」

「そうだね。元々はマンションに暮らしていたんだが、ある時仕事で使った衣類を仕舞うスペースが無くなってね。その解決策として、家を購入したんだよ」

「え、このお家って買ったの!?」

「あぁ。幸い、モデルの収入とライバーの収入があったからね。もちろん、ローンは組んだよ。一括もできないことはなかったが、それだと色々とね」

「そ、そうなんだ……あ、じゃあ、このお家のお部屋のほとんどって……」

「私が仕事で着た衣服を仕舞ってある部屋がほとんどだね。まあ、それは二階に限定しているが。基本的な生活スペースは一階だよ」

「そうなんだね」


 そっか、そうだよね、皐月お姉ちゃんはモデルさんのお仕事もしているんだし、当然お仕事で着た服もあるよね。

 となると……。


「じゃあ、二階は掃除しなくてもいいのかな?」

「そうだね。出来れば一階をお願いしたい。寝室と配信部屋は二階だから、そっちの二か所はお願いしたいが……」

「もちろんっ! 今日はそのために来たからねっ!」

「ふふ、それならありがたい。あぁ、そうだ。椎菜ちゃん、家事をするってことだけど、それって実質リアルの姿が映ることになるんだけど、それはいいのかい?」

「うん! 大丈夫!」


 バレないように上手に動かないとね。


「そうか……あー、しかし、椎菜ちゃんは特徴的な体をしているし……うん、椎菜ちゃん、あとで衣類を一着渡すから、それを着て今日は配信をしてほしい」

「ふぇ?」

「着るとは言っても、私のパーカーだけどね。君は胸が大きい。たしか、君のクラスメートにも見ている人がいたはずだ。体型でバレないとも限らない。だから、着やせを活用して、その胸を隠すために大きい服を着た方がいい。幸い、私の体格では少し小さい程度のパーカーがあってね。それを貸すよ」

「い、いいの?」

「もちろん。椎菜ちゃんが恥ずかしさからバレないようにしているのは知っているからね。まあ、モデルはしてしまったが」

「あぅっ!」


 た、たしかに、モデルさんをしていたことはそのうちバレちゃうし、なんだかもう、今更感はあるけど……それでも、モデルさんの方がバレてもダメージは少ないから……。

 さすがに、VTuberの方はバレちゃうと恥ずかしいので。


「ふふ、まあ、私たちも協力するから安心するといい。……っと、話が脱線したね。たしか、家族の話だったかな?」

「あ、うん」

「実家は一応この街にあるが、最近はあまり行ってないね」

「ふぇ? そうなの? あ、もしかして……」

「別に不仲というわけじゃないよ。むしろ良好さ」

「あ、そうなんだ、よかったぁ……」


 不仲だったらどうしようって思ったけど、なんだか安心。


「ふふ。で、まあ、家を出たのは……高校卒業後かな。卒業間近でモデルのスカウトを受けてね。それで、学生時代のアルバイトで稼いだお金を使って一人暮らしを始めたんだよ。運がいいことに、仕事はその頃からあったからね」

「なるほど~」

「たまに家には帰っているけどね。お盆シーズンとか、年末年始とか」

「家族の人は、モデルさんや配信をしてることは知ってるの?」

「あぁ、知ってるよ。というか、モデル業に関しては、家に帰ると私が写った雑誌が大量にあって恥ずかしいくらいだよ……」


 はは、と乾いた笑いを浮かべる皐月お姉ちゃんに、僕は苦笑いを零しました。

 そっか、家族の人、知ってるんだ……。


 ……そう言えば、お父さんやお母さんがそろそろ帰って来るかも知れないんだよね……。


「あの、皐月お姉ちゃん。やっぱりその、VTuberをしていることをお父さんやお母さんに言った方がいい、のかな?」

「ん? あー……まあ、そうだね……正直、高校生でライバー、しかも登録者が100万人も超えてるとなると……何か問題が起こった時に対処しやすいように、両親には話しておいた方がいいかもしれないね。というか、愛菜は伝えているのかい?」

「お姉ちゃんは……あれ、どうなんだろう……? そう言えば知らない」

「まあ、愛菜だしね。だけど、二人の両親は海外にいるんだろう?」

「あ、うん。それなんだけど、近々お仕事を終えて帰って来る! って言ってまして……いつ帰って来るかはまだわからないんだけど」

「そうか。まあ、帰って来たら言えばいいんじゃないか? だが、配信はどうするんだい? さすがに、あのキャラを家族がいる家でやるのは……」

「その辺りは、お姉ちゃんが一人暮らしをしていた頃の場所でやるつもりです」

「あぁ、らいばーほーむが提携してるあのマンションか。なるほど、たしかにそれならもってこいだね。それに、愛菜も一緒に行くだろうし……なるほど、理にかなっている。両親が部屋に突然入って来ると言うハプニングもなさそうだし」

「あ、やっぱりそういうのってあるんだ……」


 お父さんやお母さんが入って来ちゃう、みたいなことは実家で配信をしている人じゃたまにあるハプニングとしてかなり有名だし。


「そうだね。たしか……ミレーネ君と暁君、それから栞はあったね」

「え、そうなの!? ……あれ? でも、栞お姉ちゃんって実家は京都、だよね?」

「いや、その時はたまたま実家に帰省していて、謎テンションで配信を始めたらしいんだが……その時の母親が入ってきてしまったらしくてね」

「うわぁ……」

「しかも、素はあの喋りだろう? だが、配信ではのじゃろりと呼ばれる話し方だったものだから、それはもう母親に心配されたというか……まあ、事情を説明したら、見始めるようになったとは言っていたが」

「えっ」

「まあ、最初はかなり恥ずかしがってはいたが、今は何とも思ってないみたいだけどね」

「す、すごい……!」


 僕なんて、もしも自分が配信してる時に入って来られた上に、配信を見られるようなことがあれば穴に入りたくなっちゃうくらい恥ずかしがると思います……ずっと。


「ま、栞は特殊だからね。なんだかんだ、らいばーほーむということさ」

「あ、あはは……」

「というか、うちの事務所、君たち姉妹を除けば、全員両親に知られてるしね」

「え、そうなの!?」

「あぁ。ま、問題はないよ。全員受け入れられてるし」

「そ、そう、なんだ」


 何気に話せるのってすごいような……?

 それに、みなさん登録者数もすごいし……。

 僕なんかが100万人行くよりも、みなさんの方が行ってそうなのにね……。どうしてあんなことに。

 それにしても、寧々お姉ちゃんたちも知られてるんだ。


「案外、一度話してしまうと気が楽になる物だよ。私はまぁ、普通だからね。私的には恋雪君とか絶対に死にたくなってそうなのに、そうならない辺りがすごいと思ってるよ」

「た、たしかに……」


 恋雪お姉ちゃんってこう、すごくおどおどしてるもんね……。


「さて、と。そろそろ準備をしようか。あぁ、エプロンとかはもってきてるのかい?」

「もちろん! エプロンは家事の命だと思ってるからねっ」

「そうか。じゃあ、配信の準備を始めよう」

「うん!」


 お話はそこそこに、僕たちは配信の準備を始めました。

 上手く行くといいけど……。

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 皐月がマジでまともだなぁ……。

 なんというか、前回まで頭のおかしい奴を書いていたせいか、皐月は結構書くのが楽。

 こう、変に狂人を書かなくていいんだ、っていう感じがあって。

 まあ、次回この人がどうなるかわからないんだけどね!

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