#59 モデル、先輩との遭遇

「ど、どどどど、どういうことや!?」


 驚きの声を上げた後、すぐに栞お姉ちゃんがどもりながら、言葉の意図を尋ねました。

 すると、お姉さんは何と見えない苦い表情を浮かべて口を開いた。


「あ、あー、さすがにこの往来でお話しするのもなんですし、そこの喫茶店でお話をさせてもらえると……あ、もちろん代金はこちらで持ちますので」


 と、そう言って来ました。

 たしかに、モデルさんのことをお話しするのならそうかもしれないけど……。


「し、栞お姉ちゃん、どうする……?」

「……そ、そやなぁ……とりあえず、話を聞くだけ聞いてみよか……? えらい困ってるみたいやし……」

「う、うん、そうだね……あの、じゃあお話だけでも……」

「本当ですか! ありがとうございますっ! じゃあ、ついて来てください!」


 とりあえず、お姉さんの後を追う形で喫茶店に入りました。

 中は都会にしてはかなり落ち着いた雰囲気の、すごくほっとするような居心地のいいお店でした。

 あ、結構好きかも……。


「まずは飲み物を頼みましょうか。なにか希望はありますか?」

「うちは……アイスコーヒーでええよぉ」

「僕はオレンジジュースで」

「わかりました。すみませーん」


 と、お姉さんが代表して飲み物を注文して、飲み物はすぐに来たので、それぞれ一口だけ飲んでからお話に。


「まずは自己紹介と行きましょうか。私はファッションブランド、『small&cute』にて広報を担当しております、大森と言います」

「うちは、東雲栞や」

「桜木椎菜です」

「栞さんと椎菜さんですね? 改めてになるのですが、モデルをやってみませんか?」

「さっきも言うとったけど、なんでうちらなん? うちら以外にもモデルが出来そうな女性はいたと思うんやけど?」


 そこは栞お姉ちゃんの言う通りで、僕たちよりも背が高くてモデルさんができそうな人って普通にいた気がするんだけど……どうして僕たちに?


「それなのですが、我が社は低身長女性向けのブランドなのです」

「……ん? そういうたら、さっき『small&cute』言うてへんかった?」

「はい、ご存じでしたか?」

「おおぅ、ほんまか……」


 栞お姉ちゃんはブランドの名前を聞き返すと、お姉さんが少しだけ嬉しそうに返す。

 それを受けた栞お姉ちゃんは、少し驚いたような表情を浮かべていました。


「栞お姉ちゃん知ってるの?」

「知ってるも何も……ついさっき、買うたやん? それに、椎菜さんが着てるその服も、そのブランドのものやわぁ」

「……え!? そ、そうなの!?」


 このお洋服を作った会社さんなの!?

 え、どういう偶然!?


「やはりそうでしたか。いやはや、我が社の衣類を着ているので、もしやと思いお声を掛けさせていただきました」

「なるほどなぁ。ちゅうことは、うちらに声をかけたのは、ブランドのイメージにぴったりな女性やったさかい、ちゅうことでええの?」

「そうですね」

「ですけど、あの、僕たちが小学生だった可能性もあると思うんですけど……」

「いえ、そこは賭けですね。というか……小学六年生や五年生はともかく、その下の女の子は可愛い服を好むと思いまして。我がブランドでは、大人っぽいデザインで売っておりますし」

「あ、なるほど」


 たしかに、小さい内はカッコいいよりも、可愛い方がいいって思う子もいるもんね。

 なるほど……。


「そやけど、こう言うてはなんやけど、うちらは素人。どないな理由があったら、うちら素人に頼むことになるん? プロとかいるんちゃうん?」

「それなんですけどね……実は――」


 と、お姉さんがどうして僕たちに頼んだかをお話してくれました。


 簡単に要約してしまうと……。


 本来なら、『small&cute』専属のモデルさんがいるらしくて、その人が雑誌のモデルをするはずだったんだけど、不慮の事故で全治一ヶ月の怪我をしてしまい出れなくなっちゃったそう。


 その時点ではまだ他にも人がいたはずなんだけど、その人たちは別のお仕事が入っていたり、実家がかなりバタバタしていたり、他にも一時海外に行かないといけない用事が出来てしまったりと、本当に不運に不運が重なったような状況になってしまったそう。


 このままで一度も宣伝が出来ずに売りに出すことになってしまうということで、急遽大森さんがモデルに相応しい女性を探し回り始めたんだそうです。


 それが始まったのが今週の月曜日くらいで、全然成果を上げられないまま撮影当日になってしまったみたいで……。


 そうして途方に暮れている時に見つけたのが、僕と栞お姉ちゃんだったみたいです。

 僕たちを見てびびっときた! って言って一縷の望みに賭けるように声をかけた、とのことでした。


「なるほどなぁ……」

「そう言う理由だったんですね。その、大変でしたね……」

「はい……正直、もう精神的にきつく……」


 そう零す大森さんはすごくこう、しんどそうでした。

 うーん……。


「栞お姉ちゃん、どうしよう……?」

「そうやなぁ……うちとしては、おもろい経験になるし、受けてもええとは思うんやけど……こればかりは、椎菜さんの気持ちもあるし、事務所にも相談せなあかんしなぁ」

「事務所……? お二人は別事務所でモデルを……?」

「あ、いえ、モデルじゃなくて、んっと……その……は、配信者と言いますか……」

「え、そうだったんですか!?」

「は、はい」

「んー……とりあえず、社長に電話した方がええかもなぁ」

「で、ですね。あの、僕から電話してみます」

「頼んだ」


 僕たちの一存で決めるのはまずいということで、一度らいばーほーむの社長さんに相談することに。

 事務所用のスマホを取り出して、社長さんに電話を掛けると、すぐに出ました。


『もしもし、この番号はみたまちゃんかな? どうした? 初めてじゃないか? 君が電話をかけて来るのは』

「あ、はい、えと、その実は相談がありまして……」


 と、僕は社長さんに僕と栞お姉ちゃんが置かれている状況を説明しました。


「――というわけなんです」

『なるほど。ふむ……これはもしかするとかなりあり、か……? ふむ……よし、ちょっと電話を代わってもらえるかい?』


 電話の向こうで考えこむのを感じた後、社長さんは電話を代わってほしいと言ってきたので、僕は大森さんにスマホを渡す。


「あ、はい、わかりました。あの、大森さん、社長さんが代わってほしいって……」

「私に? わかりました。……もしもし、お電話代わりました、『small&cute』の大森と申します。はい、はい……え、よろしいのですか? はい、はい、あ、なるほど……ふむふむ、はいはい……いえいえ! こちらとしても大変助かります! もちろん、守秘義務はお守りします! はい! ありがとうございます! では、また後日! はい、代わりますね。桜木さん、雲切社長が代わってほしいとのことです」

「あ、はい。もしもし、代わりました」

『あぁ、色々と話した結果、君たち二人が良ければだが、是非ともそのモデルの件を受けてほしい』

「え、い、いいんですか?」

『構わないとも。まあ、さすがにモデルとして出る以上、その姿が表舞台に出てしまうことにはなるが……何、誤魔化しようはいくらでもある。それから、今後君とリリス君の二人には『small&cute』からの案件を受けてもらうかも知れない。それはいいかい?」

「ふぇ!?」


 なんだかすごいことを言われなかった!?

 え、案件!? 案件って……え!?


「どないしたん?」

「あ、え、えと、このお仕事を受けてほしいと言うことと、もし受けたら今後『small&cute』の案件を受けてほしいって……」

「ほほう! 案件! おもろいなぁ。うちはええよぉ」

「わ、わかりました。……あ、えと、僕も栞お姉ちゃんの二人もOKです!」

『あぁ、ありがとう! これが成功してくれれば、さらなる利益が出そうでね。とはいえ、リリス君はともかくとして、君はいいのか? まだ高校生だろう?』

「んっと、その、モデルくらいならいいかなぁ、って……」


 神薙みたまとは違って、キャラクターを作るわけじゃないし、おにぃたま、とかおねぇたま、とか言うわけじゃないからね。


 それに……その、栞お姉ちゃんが言うように、面白い体験が出来そうだもん。

 もちろん、恥ずかしくはある、けど……。

 多分、女の子になったばかりの僕だったら、断っていたと思うけど、今は配信活動でちょっとずつ慣れて来て、色々なことに前向きになってるのかも。


 ……ただ、やっぱりモデルさんなので、クラスのみんなだけじゃなく、学園でいろんな人に、色々言われるかもしれないけど……。

 VTuberとして色々と言われるよりはマシな気がします……!


『そうか。いや、助かるよ。というわけだ、あとは大森さんの指示に従ってほしい。では、頑張るように』

「はい!」

『それじゃあ、私は失礼するよ。あぁ。リリス君にも応援してると伝えて置いてく。失礼する』

「わかりました。失礼します! ……んっと、栞お姉ちゃん、社長さんが頑張ってって言ってたよー」

「ふふ、そうか。ほな、頑張らななぁ」

「えっと……お二人は引き受けてもらえる、ということで?」

「はい!」

「ええよぉ」

「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございますっ!」


 僕たちがモデルの件を引き受けることを言うと、大森さんは少しだけ涙を流しながら何度も頭を下げてお礼を言って来ました。

 すごく申し訳ない気持ちになるので、僕たちは頭を上げるように言って、早速モデルについてのお話に。


「まず、今回のお仕事なのですが、雑誌の撮影が主となります」

「ふむ、雑誌とな?」

「はい。ご存じかどうかはわかりませんが、『C×C』という雑誌なのですが……」

「なんや、えらい有名な雑誌やなぁ。うちは読んだことあんで」

「僕もちょっとだけ知ってます。見たことはないですけど……」


 そもそも、女性向けのファッション誌とは無縁だったし……。


「そうでしたか。桜木さんはないですよね?」

「はい」

「でしたら、まずはそこのお話を」


 と、大森さんが雑誌についての説明をしてくれました。

 とは言っても、そこまで複雑な物じゃなかったのですんなりと理解できました。


 どうやら、その雑誌では各客層に向けたものが複数入っているみたいで、例えば高身長向けのお洋服を作るブランドのページだったり、可愛い系を好む人向けのページ、他にも『small&cute』のように低身長の人向けのページだったりと、綺麗に分かれているみたいです。


 基本的に色々な所のモデルさんが参加してるとかで、それぞれのブランドで日程を設けて撮影しているとか。


 今日は『small&cute』ともう一つ、別のブランドの服を着てお仕事をする人が来てるとか。


「というわけですね」

「なるほど~」

「それで、お二方にはこう、ペアで参加してほしく……」

「ペア? どういうことや?」

「簡単に言いますと、今回は友人同士で着る冬服、というテーマなんです」

「あぁ、所謂ペアルック的な?」

「そうですね。低身長の女性向けだからこそできるようなテーマと言えます。元々、メインの購買層は二十代ですから。ですが、平均身長よりも上ですと、ペアルックのような物はあまり好まれにくいと言いますか、恥ずかしがる人が多いと思うんです」

「そらそうやなぁ。学生はともかく、大人はなぁ」


 そう、なのかな?

 そうなのかも。

 小学生で大丈夫だった服装が、高校生でやると恥ずかしい、みたいな感じかな?


「ですが、低身長であればかなりありだと思うのです。背が低いと、人によりけりですが、実年齢より低く見られますからね。……ところで、お二人のご年齢は……」

「うちは21や」

「僕は16です。あ、今年で17になります」

「……えっ、ほ、本当、ですか?」

「「はい」」

「な、なるほど、本当にうちの会社からすると、逸材としか言いようがないですね……!」


 大森さんは驚いたような表情を見せたけど、すぐに不敵に笑いました。

 だけど、やっぱり驚かれるんだ……。

 うーん、初対面だと間違われやすいからね……。


「と、話が逸れました。それでですね、今日は二人一緒に撮る形になるのです。もちろん、ポーズの指定はこちら……というより、撮影班がしますので、そこはご安心ください」

「了解や」

「わかりました」

「最後に報酬ですが……こちらはお二人の所属する事務所の方にお支払いし、その後振り込まれる形になるかと思いますので、そこはご了承ください」

「あ、そうなんですね」

「はい。さて、時間もありませんので、そろそろ行きましょうか」

「はいなぁ」

「わかりました!」


 というわけで、ある程度の説明を受けたので、僕たちは喫茶店を出てタクシーに乗って目的地へ。

 やって来たのは撮影スタジオ。

 初めて来たので、すっごく緊張してるし、何より上手くできるか心配だよぉ……。


「お、いいね、いいね雅ちゃん! うん、ばっちりだ!」

「ありがとうございます」


 と、撮影をする場所へ入ると、そこでは既に撮影をしているみたいでした。

 あれ? 今の声って……。


「いやー、雅ちゃんはほんとに撮っていて気が楽だよ。いつも完璧だからね!」

「はは、そう言ってもらえると気が楽ですよ。内心ドキドキしてますので」

「またまたぁ、全然緊張した素振りを見せないじゃーん?」

「プロですので」

「そりゃそうだ! んじゃ、雅ちゃんはこれで終わり! お疲れ様!」

「はい、ありがとうございました」


 と女性がにこやかに笑ってこちらへ向かって来て……。


「……ん? あれ? 椎菜ちゃんに、栞? どうしてここに!?」


 僕たちを見るなり驚いた表情を浮かべながら、少し大きな声を出していました。


「おぉ、皐月や」

「こんにちは、皐月お姉ちゃん!」


 やっぱり皐月お姉ちゃんだ!


「あぁ、こんにちは……って、そうではなく。ここは撮影スタジオだが……」


 うーん? と首を傾げる皐月お姉ちゃん。


「あれ、お二人は雅さんとお知り合いで……?」


 すぐ傍にいた大森さんが皐月お姉ちゃんと僕たちが普通にお話している姿を見てそう尋ねてきました。


「そうやぁ」

「お友達です!」

「はは、そうだね。……しかし、たしかあなたは『small&cute』の大森さん、でしたか?」

「私とは接点がなかったはずですが……」

「あぁいえ。あなたの熱意は本物ですからね。顔を覚えていたんですよ。……そう言えば、そちらの専属モデルが来られなくなって代役を探しているところと聞いていましたが…………って、あぁ、そういうことか……」


 色々と言っている途中で、皐月お姉ちゃんはどうして僕たちがここにいるのかを察したみたいです。

 すごい。


「そう言えば二人は今日、新宿と秋葉原に行くと話していたね。ということは、新宿を歩き回っている時にスカウトされたと言ったところかな?」

「皐月お姉ちゃんすごい! 探偵さんみたい!」

「ふふ、正解やわぁ」

「やっぱりか。なるほど、しかしこのことを社長は?」

「相談した上で受けとるよ」

「むしろ今後僕と栞お姉ちゃんに案件が来るって言ってたよ?」

「……あぁ、なるほど。あの人のことだし、断るわけがないか……というより、うちの事務所で断る人間はいなさそうだ。よっぽどの場所じゃない限り」

「そやなぁ」

「あ、あはは……」


 なんだろう、否定できない……。


「あ、雅さんとお知り合いなら丁度いいですね。あの、雅さんはこの後ご予定は?」

「私は特にないですよ。今日はこの撮影だけですので」

「それなら、お二人のこと見てあげてくれませんか? もちろん、カメラマンの方々が色々と指示を出してはくれますが、やはりプロからのアドバイスがあった方がいいと思うんです」

「なるほど、たしかに。それに……栞だけじゃなくて、椎菜ちゃんもいると考えると、それもそうか。というか、何もしなかったことが愛菜にバレたら普通に殺されそうだし」

「あぁ、愛菜やからなぁ……」

「さ、さすがにしない、と思う、よ……?」


 皐月お姉ちゃんにも色々あるんだもん、さすがにしない……よね? え? しないよね?


「ともあれ、だ。大森さん、そのお話お引き受けします。私としても、大事な友人であり同僚のようなものなので」

「ありがとうございます! では、よろしくお願いします!」

「いやまぁ、頑張るのは二人ですが」

「それはそれです。それじゃあ、二人は早速着替えましょう!」

「「はい!」」


 皐月お姉ちゃんと遭遇すると言うことがありつつも、僕たちは撮影をするためにお着替えをすることになりました。


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 余談ですが、皐月は自分がモデルをしていることを公言しております。

 というより、ライバーよりも先にモデルを始めてますしね。始めたのは高校三年生くらいの頃ですが。

 ちなみに、らいばーほーむにも一応案件は存在しています。

 シスコンも実は案件を受けており、その内容はペンタブですね。あいつ、一応デザイナー兼同人作家なので……。

 あとは、いくまとか、うさぎも案件が来てますかね。こっちは二人ともゲーム系の案件ですが。

 ただ、それ以外のライバーたちにも案件の依頼が来る時があるんですが、大抵

『いや、自分たちがやったら逆にマイナスにならない?』

 という理由で断ってます。

 その辺の線引きはちゃんしてる愛すべきバカたちです。

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