#56 後の祭りと、副作用

「…………………………」


 チュンチュン――


「…………………………………………………」


 チュンチュンチュンチュン――


「……………………………………………………………………………死にたいっ」


 ……朝、僕は強烈な自殺衝動に駆られていました。


 それはどうしてか……答えは簡単で…………。


「僕っ、なんであんなことをぉ~~~~~~っ……!」


 この数日間の僕の状態が原因でした。

 より正確に言えば、その状態でしでかしちゃったこと、というのが正しく……ふぇぇぇぇ……。


「な、なんで僕、ほっぺにちゅーしたり、ぺろってしたり、お耳を舐めたり、甘噛みしたり……そんな恥ずかしいことしちゃってるのぉ~~~~……」


 穴があったら入りたいどころか、地獄への穴があったら落ちたいくらいの羞恥心と罪悪感と自殺衝動で頭がおかしくなりそうだよぉ……もう既に頭がおかしいことをしちゃった後だけど……。

 あぅぅっ……しかも、結局土曜日になっちゃってるし……ずる休みだよぉ……授業に遅れちゃうよぉ……。


「うぅっ、ぐすっ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」


 じわり、と涙が出て来て、遂には泣いてしまいました……。

 なんだか、女の子になってから涙もろくなっちゃったと言うか、泣くことが増えた気がします……ぐすん。


「ふぇぇ……ひっくっ……あぅぅっ……」


 あの時、変身なんてしなければよかったよぉ……。

 お姉ちゃんだって、途中からすごく真っ青だったもん……すごく冷たかったもん……あまりにも冷たかったからぎゅってしたり、一緒にお風呂に入ったり……入った、り………………ふあぁぁぁっ!? そ、そう言えば僕、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入っちゃってたよぉ~~~~~っ!


「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」


 もう頭の中がぐるぐると色々な考えが浮かんでは消えてまた別の悩みが出て、そんな風に思考のいたちごっこが始まって、また大きな声で泣いてしまいました……。


 ……とりあえず、謝りのメッセージを入れておかないと……。

 し、しかも、栞お姉ちゃんが一番酷かったし……うぅっ、明日のお出かけの時、どんな顔をして行けばいいのかわからないよぉ……。


『水曜日はほんっっっっっっっとうに! すみませんでしたっ!』


 ポチポチ、とメッセージを入力して送信。

 すると、すぐに返信が返ってきました。


『大丈夫だぞ……椎菜ちゃんは悪くない……』

『そうだね……私もなんと言うか、貴重な体験をしたよ』

『ん、気にしたら負け』

『そうやなぁ。死人が出えへんかっただけマシやわぁ』

『そ、そそっ、そうですぅ~~~っ! そ、その、わたしは、す、すごくて、天国で……うへへへ……』

『このコミュ障うさぎは置いとくとして……いやまぁ、あれは想定外というかイレギュラーだったし、気にしなくてもいいわ。むしろ、ご褒美でした!』

『愛菜から色々聞いたけどよ、なんか大変だったらしいじゃん? で、その愛菜も今は名誉の負傷ってことで、ベッドに寝てるらしいし……まあ、愛菜なら100%悦んでると思うしいいんじゃね? 他の奴らも大なり小なり喜んだみたいだしな!』

『だねー。ボクは詳しく知らないけど、本人たちが良いって言うならいいんじゃないかなー?』

『なんか、すごいことになってたらしーけど、気にしなくてもいいっしょ? 別に、椎菜っちが悪いわけじゃないし』

『くっ、用事が無ければ私も死地に向かいましたのにぃ~~~~っ!』

『いや、絶対千鶴さんは死んでたぞ』

『違いないね』

『ん、絶対死ぬ』

『愛菜やから耐えられただけやんなぁ』

『死ぬぜ、絶対』

『一撃であの世に行ってたと思うねー』

『100%信頼できるっしょ』

『千鶴さん、悪いことは言わないから、本当にあの状態の椎菜さんには会わない方がいいわ。本気で死ぬ』

『み、みたまニウムは、よ、容量用法を守って摂取しましょうっ……!』

『私の扱い酷くないですかぁ~!?』


 うぅっ、みなさんが温かいよぉ~~~……。


『ありがとうございます……』

『まあ、うん、あれだよ。あの惨状は忘れた方がいい。その方が後腐れはないよ』

『はいぃ……』


 そう、だよね……皐月お姉ちゃんの言う通り、この数日間のことは忘れよう……。

 うん……。

 だけど……お姉ちゃん、入ってこないなぁ……。

 それに、僕が泣いても来なかったし……そ、そんなに酷い……よね、絶対……。

 あぅぅ、お掃除しないと……。


「けど、お姉ちゃんの方が心配だし…………たしか、ベッドに寝てるって…………うん、看病してあげよう。もとはと言えば、僕がその、生理中に変身なんてしなければよかったんだもんね……それなら、責任を取って、お姉ちゃんの看病をしないと……!」


 と、そこまで言ったところでふと、視界にある物が映り込みました。


「メイド服…………あっ!」


 そこにあったのは、学園祭の時に着たメイド服。

 それを見て、いいことを思いつきました。

 うんっ! これを着て看病をすれば、お姉ちゃんもきっと喜ぶし、すぐに元気になるよね!

 そうしよう……って、あれ?


「そう言えば僕、まだ神薙みたまのまま……?」


 あ、組み紐を外すの忘れてた。

 んっしょ、と……。


「…………………………あれ」


 も、戻らないっ……!?

 え、どうして!? なんで元の姿に戻らないの!?

 え、あれ!? あれぇ!?


「ど、どどどど、どうしてぇ!?」


 もう一回組み紐を付けて、もう一度外しても変化なし。

 体は神薙みたまのまま……え、えぇ?

 もしかしてこれって……。


「……ば、バグ……?」


 生理中に変身したことで発生したあれこれが原因で、もしかして変身する能力がバグっちゃったの……?

 そ、そんなのあり……?


「ど、どうしようっ! このままだと学園にも行けないよぉっ……!」


 幸い今日は土曜日だから何とかなるけど、もしも明日までに戻らなかったら……え、どうしようこれぇ!?


「な、何か、何かいい方法は……」


 んーと、んーと……!

 ……あっ! そう言えば変身方法を色々変えられるなら、衣服とか髪の毛も変えられるんじゃ!?

 というより、もうその可能性に賭けないと……!

 最悪の場合この格好でお外に出ることになっちゃうもん!

 それだけは避けないと!


 ……まあ、一応元の姿とは違って、耳と尻尾も生えてるし、服装も巫女服(結構アレンジは加わってるけど)だから、僕とはわからないかもしれないけど……。


 ただ、見た目そのものは神薙みたまだからね……つい最近、100万人も行っちゃったから余計にその……目立ちそう。


 コスプレ、ということで誤魔化せばいいとは思うけど……。

 コスプレも何も本人なんだけどね……。


「と、とりあえず……えと、転神っ」


 ポンッ! と、試しにこの状態で転神と言うと、変身能力そのものは使用できました。

 そして、服装については……。


「あっ、変わったっ! けど…………あれ? この衣装って、前にわたもちおかぁたまに見せてもらった僕の衣装案……?」


 以前わたもちおかぁたまとコラボした時に見せてもらった、神薙みたまの別の衣装案。

 それも、和風メイド服のようなデザイン。


「髪色は……うぅ、銀髪のまま……」


 多分、大本が神薙みたまだから、髪色は変えられないのかも……。

 それに、耳と尻尾も消えないし……。

 ということは、これがデフォルトなんだろうなぁ……。


「あ、で、でも、もしかして他二つの衣装にも着替えられる……?」


 たしか、あの時は浴衣と十二単があったはず……とりあえず、やってみよう。

 そうして、試しに使ってみると、予想通りにあの時見せてもらった二種類にも変身できました。

 あ、でも、この場合変身というよりお着替えの方が近い?

 どっちでもいいけど……。


「でも、とりあえず……和風メイド服の方に着替えよう」


 今はお姉ちゃんの看病をしないとね!


 たしか、お姉ちゃんすっごくその……吐血してたからレバニラ炒めの方がいいよね。

 となると、材料は……あっ。


「に、ニラはあってもレバーがないっ……!」


 肝心のレバーがありませんでした。

 これはもう、買い物に行けということですよね……こ、この姿で?

 で、でも、さすがに、僕だとはわからないはず……だって、髪の色や瞳の色、髪の毛の長さもこっちの方が長いし、それに尻尾と耳が生えてるもん!

 きっと大丈夫……!

 少なくとも、神薙みたまを知っていなければ、だけど……。


「う、うんっ、もとはと言えば僕が色々やっちゃったのが悪いんだもん……これくらいはしてあげないと、ただ迷惑を掛けちゃっただけっ……! 大丈夫……なんとかなる……!」


 自分に言い聞かせながら、僕はお財布とお買い物袋を持って家を出る。

 ……リビング掃除しないと。

 血が凄かったしね……。


 そう言えば、あの状態の僕の被害に遭ったみんなはあの後大丈夫だったのかな……? さっきは一応返信はいつも通りに来たけど……。


「うん、準備は大丈夫……行こうっ!」



「うぅ……」


 外に出ると、案の定と言いますか、視線がすごいです……。

 しかも、今日は土曜日だから平日よりも人通りが多いし、ちらちらと見る人もいれば、じろじろと見て来る人もいて……あぅぅぅ~~~っ!


「ねぇ、あれ神薙みたまじゃない……?」

「うっわ、そっくり過ぎない!?」

「でも、あんな衣装あったっけ?」

「前にわたもちママとコラボした時に見た衣服に似てるような……?」

「え、一から造ったってこと!? すごっ!」


 うぅっ、なんだか声も聞こえるような……。

 この体って、色々と五感も強くなってるんだよね……狐の耳もついてるから余計に……。


 ちなみにだけど、この体になると狐の耳だけになります。

 人の耳はなぜかなくなる……というより、多分だけど人の耳が狐の耳になってるんじゃないかなぁ……。

 だからこの時の聴覚って頭の上というすごく不思議な状況で……。

 慣れないと、なんて思う必要はないくらいになぜか慣れちゃってるけど。

 多分、違和感がないように調整されてるのかも?

 不思議なことにいつもの耳の位置で聴こえるような感覚しかないもん。頭の上で聞こえてるはずなのに。


 と、ともかく、早くお買い物を済ませて、お姉ちゃんのために美味しい物を作ってあげないと!

 ……と、思ったものの、やっぱり視線はたくさんだし、恥ずかしいです……。


 うぅ、本当にあの時変身しなければよかったよぉ……けど、辛さはなかったわけだし……色々な意味で死にたくはなったけど、ね……ふふ……。


 はぁ、と溜息一つ吐きながら、僕は商店街に。


 さすがにこの格好でスーパーに行く度胸なんてないです!

 それに、商店街の方を昔から活用してるし、何より……みんないい人だから!

 たとえ、VTuberの姿をした人が来てもきっと大丈夫!


 そんな信頼があるからこそ、僕は商店街を選択しました。

 昔から知ってる人ばかりだしね……あ、そう言えば商店街ってミレーネお姉ちゃんが住む古書店があったよね?


 余裕があったら寄った方が…………やっぱりやめよう。

 すごく嫌な予感がするから。

 なんとなく、すごいことになる気がします……。


 色々と考えながら歩き、商店街に到着。

 美月市の商店街は活気があります。

 地元の人たちのほとんどはこっちを利用して、反対に外の街から引っ越してきた人たちはスーパーを利用する、そんな感じでしょうか。

 僕のお家は商店街派です。

 運がいいとおまけがもらえるからね!

 家計的には大助かりなんです。

 ただ、この体になってからよく貰うようになったけど……小さい女の子の体だからかなぁ。


「んーと、お肉屋さんお肉屋さん……」


 早く買って帰ろう。そう思うくらいにいろんな人たちの視線を貰いながら、足早にお肉屋さんへ。


「おじさん、レバーください!」

「おっ、その声は椎菜坊……って、んん!? なんだその姿は!?」

「え、おじさん、僕ってわかるの!?」


 さすがに気付かないと思っていたのに、お肉屋さんのおじさんはすぐに僕だと気づきました。


「そ、そりゃぁなぁ、椎菜坊が女になっちまった後もよく利用してくれたし、何より常連の声だ。覚えてるだろ……って、そうじゃなくてだな、そいつはコスプレ、って奴なのか……?」

「あ、あー、えっと、そ、そんなようなもの、です……」

「そ、そうか。その割には……その耳と尻尾動いてないか?」

「さ、最近のコスプレアイテムって、動くんですっ……!」

「そ、そうか? ならいいが……で、レバーだったか? なら丁度いいのが入ってるぞ。新鮮な奴でな、臭みもなく、ただただ美味いのがな!」

「ほんとですか! じゃあそれを……んっと、とりあえず500グラムください。あ、それと豚ロースを二切れください」


 豚ロースは今日の夜ご飯です!

 とんかつかな。


「あいよ! おまけで切り落としの牛バラ肉も付けとくよ」

「わぁっ! ありがとうございますっ!」

「いいってことよ! んじゃ、お大事にな」

「あ、あははは……」


 おじさん、僕がレバーを買った理由に気付いてる……。

 なんと言いますか、その……僕がレバーを買いに来る理由をおじさんは知ってます。

 あと、八百屋のお爺さんも。

 だって、お姉ちゃんがよく吐血したり鼻血を出したりするからね……だから、おじさん的には、


『あぁ、また出血多量なんだなぁ』


 なんて苦笑いするそうです。

 お姉ちゃん、認知されてるよ、色々と……。


「んっと、あと切れてる物はないよね……?」


 元々レバーを買いに来ただけだし……卵はあるし牛乳もある……洗剤もあるし、シャンプーやリンスもあるし……うん、大丈夫。

 じゃあ、帰ろう!


「ん? なああれ、めっちゃ神薙みたまじゃね?」

「うわすげぇ! クオリティー高すぎんだろ!」

「なぁ、声かけてみようぜ」


 と、そんな声が聞こえて来てチラッとそっちを見れば、なんと言いますかその……クラスメートがいました。

 今の状態で話しかけられるのは色々とまずいよぉ!?


 え、えとえと、どんどんこっちに近づいて来てるし……!

 だ、大丈夫……今の所僕だってわかってるのはおじさんだけ……!

 それならっ!


「やぁっ!」


 僕はTS病の身体能力が上がった体で思いっきり跳躍して、そこから神薙みたまの霊術で強い追い風を生んでびゅんっ! と飛んで行きました。


 思い付きでやったのにできちゃったよ……。


 下からはすごくざわざわしたような声とか、歓声? のようなものが聞こえて来たけど、あのままあの場にいたら多分大変なことになっていたと思うから……けどこれはこれで、大騒ぎなんじゃ……。


 ……だ、大丈夫、少なくとも僕だってバレるよりは全然っ……!

 それにしても、これ上手く調節すれば空が飛べそう……。

 今は一方向に強い風を出して空中で動かすくらいしかできないけど……それでも、慣れれば色々できそうだし、ちょっとだけ練習してみようかなぁ。


「……いつからこんなにファンタジーな体になっちゃったんだろうなぁ、ボク……」


 あはは……と苦笑いを零しながら僕はお家に帰りました。


======================================

 記憶がないわけがないんだよなぁ……。

 変身時の姿の変更については方法がありますが、まあ本編を読んだ通りの条件だと思ってください。

 それから、体が元に戻らなかったのはマジでバグ。発情状態のせいで色々と変身能力がバグりました。ちゃんと直りますよ。よかったね、椎菜!

 尚、マジで霊術を扱いこなせれば空が飛べる模様。どこに向かってるんだ、このロリっ娘VTuber……。

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