#30 学園祭の開幕と、最初の客

 翌朝。


 なんとなく、いつもより早く目が覚めてしまいました。

 起き上がって周囲を見回してみても、まだみんなは眠っています。

 元々早起きだったけど、なんとなく、緊張しちゃってるのかも。


 ……メイド服だし。


「……メイド服……」


 ちらっと着替えが引っかけられているハンガーラックを見つめる。

 ……そうして、気が付くとハンガーラックの前にいて、手にはメイド服を……って!


(なんで手に持ってるの僕!?)


 半ば無意識にメイド服を持っていて、心の中で自分で自分にツッコミを入れるなんていう、ちょっとおかしなことをしてしまった。

 べ、別に気に入ったわけじゃない……と思う、けど……。


「……き、着ようかな……?」


 う、うん。どうせ、ね? 今日明日は一日メイド服なんだし……そ、それなら、もう今のうちに着ちゃって、今のうちに朝ご飯を作ろっかな……!


「……う、うん、別に着たくて着てるわけじゃなくて、ただ……そう、ただ今のうちに着ていた方が楽かなって、思ってるだけ……それだけだから……!」


 自分でも、誰に言い訳してるんだろう……なんて、つい思ったけど……。

 と、ともあれ、着替えよう。


「……よいしょ、っと……」


 ごそごそ、となるべく起こさないように服を脱いでメイド服を着て、教室を出ると調理室へ。

 なんだかこの一週間、ずっと調理室にいたような気がしてならないなぁ。

 まあでも、それが僕の役割だったし、お料理は好きだから全然いいんだけどね。


「とりあえず、今の内に朝ご飯を作っちゃおう。メニューは……サンドイッチかなぁ」


 あぁでも、おにぎりでもいいかもしれないし…………両方作ろうかな。時間もあるし。

 体力、付けないと!

 ご飯を作り終え、教室に戻って振舞うと、なぜか泣かれました――……。



『あー、あー、マイクテス、マイクテース。んんっ! よし、聴こえてますね? はい、全校生徒のみなさん、おはようございまーす! はい、遂に遂に! 姫月学園学園祭の日がやってまいりました! お店の準備は大丈夫ですか? やり忘れはありませんか? まあ、今更そんなことに気付いて慌ててももう無駄ですがねぇ! さてさて、ただいまの時刻は午前八時五十九分! 一分後、遂に学園祭が開催されます! 毎年やっているこのイベントですが、当然毎年同じなどということはありません! この瞬間の学園祭は一生に一度きり! 全力で楽しんでいきましょう! それでは、姫月学園学園祭……開幕でーーーーーーーーす!』

『『『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!』』』


 放送委員の人の開催の言葉が学園中に響き渡ると、そこかしこから歓声が上がって、学園祭が始まりました!



 というわけで、学園祭が始まると一気に校舎内が騒がしくなりました。

 外の方も喧騒が聞こえて来てかなり賑やかで楽しい雰囲気。

 それで、僕の方はと言えば……


「ふええぇぇぇぇぇ!? そ、それを言うのぉ!?」

「「「お願いしますッッ!」」」


 なぜかクラスのみんなから土下座されていました。


「は、恥ずかしいよぉっ!」

「大丈夫! 椎菜ちゃんならなんとかなる! というか、あたしが言われたい!」

「朝霧、お前願望が出てんぞ俺も聞きてぇ」

「お前もだよ」

「ともかく、お願いっ! 絶対人気が出ると思うからぁ! お願いします本当に!」

「あぅぅ~~~~っ!」


 えっと、なんで僕がこうして恥ずかしがっているのかわからないと思うんだけど……あの、はい、接客です……。

 僕のイメージでは普通に『いらっしゃいませ!』くらいのことだと思っていたんです……それがまさか……まさかっ!


「お帰りなさいませご主人様は恥ずかしいよぉっ!」


 そこまで本気だとは思わなかったよ僕っ!

 あと、元男だよぉっ!


「大丈夫! やるのは接客担当全員だから!」

「安心しろ椎菜。俺も『お帰りなさいませ、お嬢様』とか言わなきゃいけないんだ。死ぬときは一緒だッ……!」

「柊君もすごい顔してるよ!? あと、死ぬのは嫌だよっ!?」


 苦虫を嚙み潰したようような顔って、こういう感じのことを言うんだろうなぁ、ってくらいの顔だよ!?


「椎菜ちゃん、あたしも同じことするから大丈夫だって!」

「まあ、断られるのが目に見えてたから、椎菜だけに知らせてなかったけどな」

「高宮君それは言っちゃだめな奴!」

「ふえ!? そんなことしてたの!?」

「だって絶対嫌がったよね?」

「…………まぁ、うん……」


 だって、恥ずかしいもん……。

 さすがに、ご主人様は恥ずかしいし……。


「うーん、じゃあ代替案!」

「代替案……?」


 嫌がる(というより恥ずかしがる)僕を見てか、麗奈ちゃんがはい! と手を上げながら代替案と言って来て、僕は少し不安になりながら内容を聞く。


「ご主人様が嫌なら、もういっそ、お兄様、お姉様の方がいいのではないかと!」

「ぶふっ――」


 にっこり笑顔で言って来た代替案に、僕はうぐっとなり、柊君は僕の正体を知っているから噴き出してしまっていました。


「おや? 高宮君どしたの? 噴き出して」

「い、いや、な、なんでもない……」

「ねね、どうかな!? ほら、椎菜ちゃんって妹っぽい……っていうか妹じゃん? だから、その方が面白そうだし! ね? ね!?」

「う、うーん……」


 お兄様、お姉様、かぁ…………あれ? それって、おにぃたまとおねぇたまに比べれば遥かにマシなんじゃ……?

 今でこそそこそこ慣れて来たけど、それでもちょっと恥ずかしいし……。

 それに比べたらお兄様、お姉様呼びの方が恥ずかしくないような……?


「……そ、それなら、いい、よ?」

「ほんと!? じゃあ、それで行こう!」

「う、うん」


 ……考えてみれば、この経験って配信に活かせるような……? こう、恥ずかしがらないようにする、みたいな感じで……。


 たしか、らいばーほーむもリアルイベントみたいなものがあったはずだし……僕もらいばーほーむに所属している以上、いつかはそれに出なきゃいけないと思うしね……。


 そういえば時期っていつだったっけ……?

 冬だったような記憶はあるんだけど。


「とはいっても、あたしたちのクラスは飲食店だし、最初の内はあんまり人が来ないと思うけどねー」

「そうだな。来るにしても……あー……いや、一人だけ思い当たる人がいるな、真っ先に来る人……」

「……き、奇遇だね、柊君。僕もなんとなく、そうじゃないかなぁ、って言う人がいるよ……」


 苦い顔をしながら話す柊君に、僕も苦笑いしながら柊君が思い当たったであろう人が僕の頭の中に浮かんできました。

 多分だけど、もうそろそろ……。


 チリーン……


 と、ドアに取り付けた小さなベルが鳴りお客さんが入ってきました。

 そして、最初のお客さんは……


「やっほー、椎菜ちゃーん! 一週間ぶりぃ!」


 お姉ちゃんでした。

 お姉様のテンションはすっごく高くて、それはもうにっこにこでした。


「あー、椎菜、とりあえず、接客接客」

「う、うん……お、お帰りなさいませっ、お姉様っ!」


 柊君に言われて、裏から出て来て、お姉ちゃんの前へ。

 内心かなり恥ずかしいと思いつつも、なるべく笑顔で接客をしました。


「(ピシッ)」

「お、お姉ちゃん……?」


 なぜか笑顔で固まったままのお姉ちゃんに恐る恐る声をかけると、急にぐらりとふらついたと思ったら……ばたーん! と笑顔のまま後ろ向きに倒れました。


「お姉ちゃん!?」

「あー、やっぱこうなったか……」

「え、なんかすっごい美人なお姉さんが来たと思ったら死んだんだけど」

「いや正直わかる。だって、今の桜木のお姉様呼びはヤバいだろー……」

「あ、誰かティッシュ持ってない? 鼻血出ちゃった……」

「お前……女としてどうなん?」


 倒れたお姉ちゃんに慌てて駆け寄って、ゆさゆさと体を揺さぶっても、返事がない。

 あれ!? なんで!?


「お、お姉ちゃん!? 起きて! お姉ちゃん! 風邪引いちゃうよ!」

「「「いやそこ?」」」

「あー、椎菜。とりあえず、だな、こう言ってみてくれないか?」

「ふえ?」

「―――――」

「……え、そんなことでいいの……?」


 柊君に耳元で言われて、思わずそう訊き返すと、柊君は頷く。


「あぁ、多分起きる」

「う、うん、じゃあえっと…………お姉様ぁ、だぁいすきっ♥」

「ヨッシャァァァァァァァァァッッッ!」

「ふあ!?」

「「「うおぉ!?」」」


 柊君の言う通りに耳元で囁いてみたら、すごい声と共に起き上がりました。

 お、お姉ちゃん……。


「いやぁ、メイド服椎菜ちゃんを見て、ついつい心臓が止まっちゃったよー」


 あはは、と後頭部を手でさすりながらそう話すお姉ちゃん。


「お姉ちゃん、それ笑顔で言う事じゃないと思う……」

「……絶対今の、冗談じゃないんだろうなぁっ……!」


 うん、それは僕も思う……。

 最近のお姉ちゃんを見ていると、本当に心臓が止まってそうで笑えないと言いますか、なんか怖いです……。


「もしかして、あの人って椎菜ちゃんのお姉さんなのかな?」

「なんじゃね? 桜木がお姉ちゃん呼びしてるし」

「あ、そういやあの人、ちょっと前に校門前にいたよなー」

「あったあった! 椎菜ちゃんが嬉しそうに駆け寄ってたよね」

「へぇ~~、桜木、あんな美人な姉がいたのかぁ」

「なんかすっごい声上げてたけどな」


 後ろで色々と言われてるみたいだけど……とりあえず、お姉ちゃんの対応をしないと。


「と、ともあれ……こほんっ! お姉様、こちらへどうぞ!」

「ぐふっ――」

「お姉様?」

「あ、い、いや、なんでもないよー。……これ、私の心臓もつかな……」


 なぜか口元と胸を抑えるお姉ちゃんにきょとんとしながらも、席に案内。

 大丈夫なのかな?


「こちらメニューになりますっ!」

「はいはい。椎菜ちゃんのおすすめはなに?」

「んっと、メイン料理の二つかなぁ。パスタとオムライス。他だと……パンケーキとか」

「なるほどー。じゃあ、今はパスタにしよっかな! あと、ドリンクにスムージー!」

「かしこまりましたっ! 少々お待ちください!」


 にこっ、と笑顔でそう言うと一瞬だけお姉ちゃんの体がびくっ! としました。

 本当に大丈夫? お姉ちゃん。

 というわけで、注文を受けた物をちゃちゃっと作って、お姉ちゃんの所へ。


「お待たせしましたっ! キノコのクリームパスタですっ! それと、こちらがベリースムージーになります!」

「おー、美味しそう! じゃあ、いただきますっ!」


 お姉ちゃんはそう言うと、パスタを口に運び始めました。


「ん~~~っ! 美味しい! さっすが椎菜ちゃん! すっごく美味しいよ!」

「えへへぇ、ありがとう、お姉ちゃん!」

「おうふっ」

「お姉ちゃん?」

「ううん、大丈夫大丈夫―。……それにしても、本当に美味しいねぇ……」


 そう言いながらお姉ちゃんはぱくぱくと食べ進めて行って、すぐに平らげていました。

 わ、早い。


「ふぅ……それじゃあ、私は田崎先生の所に行こうかなぁ」

「あれ? もう行っちゃうの?」

「んー、個人的に一日中ずっと窓際且つ隅の方の席に座って、働いている椎菜ちゃんをじっと眺めつつ、動画に収めたいんだけど」

「絶対しないでね!?」

「さすがにしないよー。さすがにここは飲食店なので、私は早々に退散します! あ、椎菜ちゃん休憩何時?」

「んっと、一時半かな?」

「りょーかい! そしたら一緒に回る?」

「うん! あ、えと、他にも一緒に回る人がいるんだけど、大丈夫?」

「いいよいいよー」

「よかった! じゃあ、また後でね!」

「はいはーい! それじゃあ、お代置いてくねー」

「うんっ! いってらっしゃいませ! お姉様!」


 と、一応決まっているセリフをそう言うと、


「ぬぐぁっ!」


 お姉ちゃんの膝が曲がって、一瞬倒れそうになっていました。

 え、大丈夫なの……?

 だけど、お姉ちゃんはすぐにちゃんと立つと、どこかふらふらとした足取りでお店を出て行きました。

 心配なんだけど……。


「嵐のように来て、嵐のように去っていった気分だな……」

「あ、あはは……」

「ねね、椎菜ちゃん。さっきのが椎菜ちゃんのお姉さん?」

「あ、うん。そうだよー。愛菜お姉ちゃん。見ての通りというか、ちょっと僕を溺愛していて……いつもあんな感じ……あ、でも、今日はまだマシ、かなぁ」

「「「あれでマシなの!?」」」

「う、うん」

「そうだなぁ……ヤバい時は荒ぶる」

「「「荒ぶるって何!?」」」

「んっと、すっごい声を上げて、喜びを表現する……感じ? あ、その後倒れて気絶します」

「「「えぇぇ……」」」

「まあ、そういう反応になるわなぁ……」


 お姉ちゃんのことを聞いたクラスのみんなは何とも言えない微妙な声を漏らしました。

 うん、柊君の言う通りだと思う……。


「ま、まあ、最初のお客さんも来たし! みんな、頑張るよー!」

「「「おー!」」」


 麗奈ちゃんの掛け声で、僕たちは一層の気合を入れました。


======================================

  ようやく、学園祭本編。

 今日なんですが、間に合えば、閑話を一話出そうかなぁって考えてます。間に合わなかったら、多分明日とか? まあ、はい。そんな感じです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る