#28 最近聞いた呼び方と、捕獲される椎菜

「ん、んん……こ、ここは……えっと、僕は……」


 つん、と鼻にくる消毒液の匂いで目が覚めた僕は、どうしてこの場にいるのかを思い出してみる。


 ……あ、そうだ。

 たしか、シャワー室で転んで頭を打っちゃったんだ……。


 と、とりあえず、一度起きないと……。


「いつっ……うぅ、頭が痛い……」


 起き上がると、ずきり、と頭が痛んだ。

 多分、転んだ時にたんこぶか何かになっちゃったのかも……。

 うぅ、痛い……。


「椎菜ちゃん、目が覚めた!?」


 僕が起き上がると、不意にカーテンが開いて、麗奈ちゃんが安堵した表情で声をかけてきました。


「あ、麗奈ちゃん。んっと、麗奈ちゃんが運んでくれたの……?」

「そうだよ! もう、びっくりしたよー……椎菜ちゃん、転んで気絶しちゃったから」

「ご、ごめんね?」

「いいのいいの。あ、寒くない? 一応体は拭いたけど、まだちょっと生乾きかもしれないから」

「う、ううん、大丈夫。んっと、運んでくれてありがとう」


 にこっ、と微笑みながらお礼を麗奈ちゃんに言うと、麗奈ちゃんはうぐっ、となぜか胸を抑えだしました。

 どうしたんだろう?


「麗奈ちゃん?」

「う、ううん、気にしないで。……あ、そうだ。今日なんだけど、頭を打ってるから、泊まるならここで泊まっていきなさい、って保健の先生が言ってたよー」

「そうなの?」

「うん! ほら、頭は大事だし、もし何かあってもすぐ対応できるようにって! あ、安心して、クラスのみんなにはあたしの方から言っておくから!」

「そっか……ありがとう、麗奈ちゃん」

「気にしないでいいよー。あ、椎菜ちゃんのスマホ、横に置いてあるからね!」

「うん」

「じゃ、あたしは戻るけど、椎菜ちゃん、安静にね!」

「うんっ、おやすみなさい!」

「はーい、おやすみー!」


 お互いに笑顔でそう言い合うと、麗奈ちゃんは保健室を出て行きました。


「ん~~っ! ふぅ……じゃあ、僕も寝ようかなぁ……」


 軽く伸びをしてからぽふっ、と再度寝転ぶと、すぐに眠気がやって来て瞼が重くなっていって、僕の意識は夢の中へと落ちていきました。


 ……そう言えば、ちゃんと僕が持って来たパジャマになっていたけど……麗奈ちゃんが着せたのかな……?



 ブー! ブー!


「んっ、んん~~ぅ……ふあぁぁぁ~~~~……んゅ……」


 セットしておいた目覚ましで目が覚め、大きなあくびを一つして、くしくし、と目を擦り、ベッドから降りて上履きを履く。

 軽く伸びをしたり、体を捻ったりすると、ぽきぽきと、小気味いい音が鳴る。

 体を軽く動かすと、一気に目が覚めました。


「んっ! 今日も頑張ろうっ!」


 なんて、一人でそう言ってから、まずはとばかりに調理室へ向かいました。



「うん、朝ご飯は温かい物が食べたいよね~」


 朝起きて、軽く顔を洗ってから調理室に来た僕は、エプロンをして朝ご飯を作る。

 朝だし……うーん、昨日の夜と同じになっちゃうけど、おにぎりにしよう。

 ただし、具材は変えないとだね!


「んーっと、昨日がエビマヨ、梅、鮭、塩むすびだから……一つは昨日の夜に仕込みをしておいたものを使って……あとはツナマヨとおかかでいいかな? それと塩むすびで! お味噌汁は……ネギとわかめかな」


 何を作るか決めて、ささーっと作り始める。


 今の時間は朝の五時。

 こんな時間に起きている人はほとんどいない……というより、多分先生たちや生徒会の人たちくらいかな? あとは、準備が遅れちゃってるクラスとかかな。


 僕はご飯を作るのが大好きだし、食べてもらうことも大好きなので、こうしてるけどね。

 去年もやったものです……。

 あの時の笑顔と美味しかったの言葉が好きで、一週間ずっとやっていたからね。


「ふんふんふ~ん♪」


 昨日の夜、この時間に炊けるようにセットしておいた熱々のご飯を握っていってるうちに、時間が過ぎていき、みんなの分が完成する頃には空は完全に明るくなっていました。


 もうすぐ起きる頃かな?

 なんて思いながら、僕はワゴンにご飯を載せて、自分のクラスへ。

 幸い、昨日の夜ほどはいないから、視線も少なくて助かります。


 そうして、多少の視線を浴びつつも、クラスに到着。

 ガラッ! と扉を開けて、中に入ると、まだ眠っている人や、起きて軽く体操をしている人、スマホを弄ってる人など様々でしたが、突然扉が開いたからか、一斉にこっちを見ました。


「みんなー、朝ご飯だよー」

「「「やったぜ!」」」

「「「桜木(椎菜ちゃん)のご飯!?」」」


 と、声を掛けながら入ると、起きていた人たちは嬉しそうに笑い、眠っていた人たちはガバッ! と勢いよく起き出して嬉しそうな顔に。

 わっ、すっごく期待されちゃってる……!


「んっと、食べたい人は顔を洗ってから並んでね! 十分な量があるから争っちゃだめだよー。あ、おかわりもあるからね、遠慮しないでたくさん食べてね! 今日も一日動くからね、いっぱい食べて、ちゃんと体力をつけるよーに!」

「「「ママ……」」」

「ふえ!? ま、ママ!?」


 最近言われたばかりの呼ばれ方にちょっとだけドキッとする。

 ミレーネお姉ちゃんもママって呼ぶんだけど……僕ってそんなに、お母さんっぽいのかな……?


「さすがというかなんと言うか……まあ、椎菜は昔から裏でママって呼ばれてたぞ」

「あ、柊君おはよう……って、僕そんな呼ばれ方してたの!?」


 初耳なんだけど!?


「あぁ。例えば中学時代のカレー作り。同じ班の奴があまりにもこう、危険だったと言うことで慌てて椎菜が変わって、そのカレーをほぼ一人で完成させるわ、バレンタインに貰った物はちゃんと作って返すわ、他にも家が貧乏で困ってる奴に対して弁当を作って来るわで……思い返せばかなりおかんだな、椎菜」

「柊君!?」

「去年とか、みーんな椎菜ちゃんのご飯を楽しみにしてたよねぇ……あれはすごかった。学園祭が終わるのが惜しい! って思う理由が、椎菜ちゃんのご飯が食べられなくなるからだったもんねー」

「そうだったの!?」


 あっ、だから去年、クラスのみんなが残念そうに泣いてたんだ……!

 というより、僕のお料理、そんなに喜ばれてたんだ。

 すっごく嬉しい……。


「でも……そっか。じゃあ、今年も頑張っちゃうね! というわけだから、顔を洗っていない人は洗ってくることっ! 守れない人は朝ご飯が少なめになっちゃいますよ!」

「抜くと言わない辺り、おかんだな……」

「そうだねー」


 僕の言葉で大半の人が顔を洗いに行き、既に顔を洗っていた人たちは僕の前に並びました。



 そんな風に朝ご飯を振る舞い、一日準備二日目。

 今日も今日とて準備。


 内装の人たちはある程度のことを終わらせて、半分くらいが外装に取り掛かっていました。

 衣装班の人たちはかなり順調みたいで、もうすぐ完成とのこと。


 僕たちメニュー班の方もかなり順調で、メニューの味はもう決まり、今はみんなが練習中だけど、もう完璧に近い状態。

 お昼にはその試作の物をみんなに振舞って評価してもらって、大丈夫なようなら練習は終わり。


 とは言っても、最終日には確認で作るけど……その間にたくさん作って、たくさん練習したから大丈夫だと思います。


 そんな試作のお料理の方はと言えば、かなり好評で、これならいける! という評価を貰いました。

 これには僕だけじゃなくて、他のみんなもそうでした。

 うん、よかったです。

 僕としても安心。


 と、二日目はそんな感じで、昨日と同じように一日を過ごして、夜ご飯を作って、振舞って、お風呂に入って、今日は麗奈ちゃんと隣同士で寝て……そんな風な日をしばらく過ごし、気が付くと学園祭まで残り三日である、9月20日に。


 残り三日になって来ると、かなり出し物は完成して来ていて、ちらほらと、見て歩く人が多くなってきました。


 僕は僕で、委員会の集まりがあったので、そっちへ顔を出して、今はクラスに戻っているところです。


 ちなみに、委員会の内容は当日の注意事項についてのプリントと、ミス・ミスターコンテストの募集についてでした。

 一応ある程度は集まったみたいなんだけど、もうちょっと人が欲しいとかで。

 まあ、僕は出るつもりはないけどね!


 ……そう言えば、他者推薦もありってあったし、飛び入りもオッケーなんだっけ?

 うーん、まあ、何も無いよね!


 そんなことを思いつつ、クラスに戻って来る。

 僕たちのクラスの出し物は、執事・メイド喫茶で、名前は『いこい』になりました。

 シンプルと言うか、うん。何のお店かわからないよね、喫茶店っぽいなー、くらいしか。


 外観はモダンな雰囲気になっていて、軒先テントもちゃんとあるなど、結構外観は本格的に。

 内装はと言えば、将来家具職人を目指している和浦君主導のもと、こちらも木製の椅子とテーブルが完成。

 すっごく落ち着いた雰囲気の内装になりました。

 というか、和浦君のセンスがすごい……。

 それに、景観をよくするために観葉植物も置いているしね。


「戻ったよ~」


 と、中に入ると、バッ! とみんなが一斉に視線を僕の方へ。


「ふえ? みんな、どうしたの……?」


 状況がわからず、訝しんでいたら、キラリ、と女の子の目が光った気がしました。


「来たぞー! 捕獲だ捕獲―!」

「「「おー!」」」


 その瞬間、麗奈ちゃんが突然捕獲? の指示を


「ふえぇ!? な、なになに!? あっ、ど、どうして持ち上げられてるの!? あの、ど、どこへ!? あっ、まっ――ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 突然麗奈ちゃんの指示動き出した女の子たちが、なぜか僕の体を抱き上げると、わっせわっせと衝立の向こう側へ連れ込まれました。

 な、なになになにぃ~~~!?


「よーし、椎菜ちゃんを脱がせ脱がせー!」

「ふやぁ!? な、ななななっ、なにをしてるのぉ~~!?」

「はい、ぽーんぽーん!」

「あぁっ!? や、やめてぇ! 脱がさないでぇ~~~~~!」


 僕の制止を無視して、女の子たちは僕の制服を脱がして下着姿にしてきました……。

 あぅぅ~~~っ、は、恥ずかしいよぉ~~~~っ!



「なあ、高宮、俺、向こうが超気になるんだ。どうすれば見れると思う?」

「……いいか、椎菜に手を出そうだなんて考えるなよ。覗きもだ」

「おいおい、なんだよ高宮ー。お前、桜木を狙ってる感じ?」

「まあわかるよ。桜木、メッチャ可愛いし胸デカいし、あと、すんげぇ家庭的だもんなぁ」

「俺、マジで桜木の飯が今の楽しみになっちまったよ……」

「あんな可愛い娘と付き合えたらなぁ」

「……それ以上言うな。というか、マジで。いやほんとに……」

「どした? なんでそんなに顔が蒼いんだよ? しかもすんげぇ真剣だし」

「……いいか? 悪いことは言わない。椎菜を狙うのだけはマジで止めとけ……死ぬぞ」

「「「死ぬって何ィ!?」」」


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 二話前くらいに、しばらく配信回がないと言ったかと思います。

 そうなると、ただでさえわからなくなってそうな掲示板回が遠のくなぁと思ったので、近々どっかのタイミングで掲示板回を突っ込みたいなって思います。

 もしそれが来ても、配信回じゃないので、間違えないでね!

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