#27 友達とお風呂、ちょっとしたアクシデント

 それからドッキドキ状態で順番待ちをしていると、遂に僕たちの番に。

 ただ、やっぱり脱衣所は当然服を脱いでいる人ばかりなので……この時点でぎゅっ! と目を瞑っていて、そんな僕の手を麗奈ちゃんが握ってぶつからないように移動させてくれました。


 運が良いことに、角の方を取れたようで、そこでようやく目を開けてもぞもぞ、と服を脱ぎ始める。


「じー……」

「ふえ? あ、あの、麗奈ちゃん……?」


 ふと、麗奈ちゃんがこっちをじっと見ていることに気が付いて、困惑しながら声をかける。


「いやー……椎菜ちゃん、本当に胸が大きいなぁって」

「ふえ!?」

「というか、ブラ可愛いねそれ! どこで買った奴?」

「え、あ、あの、えと……しょ、ショッピングモールの、一階にあるお店、だけど……」

「あぁ、あそこかー! へー、大きいサイズなのに、可愛い物が売ってるんだね」

「そう、みたい、だよ……?」


 僕自身は女の子の下着のこととかよくわからないけど……ただ、純粋な女の子の麗奈ちゃんがそう言うのなら、そうなのかもしれない。


 ……あんまり、わかりたくはないけどね……。


「あ、椎菜ちゃん、そろそろ目隠ししとく?」

「あ、う、うん。そう、だね。それじゃあ、タオルで……」


 僕は持ってきていたタオルで目元覆って、後ろの方で縛る。

 そうすれば、視界が真っ暗になって周りの音だけが聞こえて来る。

 これはこれでちょっとドキドキする……。


「れ、麗奈ちゃん、大丈夫……?」

「うん、こっちもおっけー。じゃあ、行こっか!」

「う、うんっ……!」


 麗奈ちゃんの楽しそうな声を聞いて、僕は手を差し出すと麗奈ちゃんが優しくその手を握り、ゆっくり歩き始めました。


 ガラガラ、と音がすると同時に、もわっとした熱気と湿気が体にまとわりついてきて、足元は水で濡れていて、ちょっとだけ滑りやすい。

 め、目隠し状態でこういう場所に入るの、すっごくドキドキする……。


 そんなことを考えながらも、麗奈ちゃんに手を引かれるままに進んで行く。


「あー、れなちーおっすおっすー。れなちーもお風呂―?」

「そうだよー! みーちゃんも?」


 ふと、麗奈ちゃん立ち止まって、それを感じ取った僕もその場に止まる。

 お友達かな?


「いやぁ、思った以上に出店の準備が肉体労働でさー、汗だくぅー。……ところで、そっちの目隠しをした胸がでっかいちっちゃい女の子は?」


 僕の方に言及されて、ぴくっと肩を震わせた。

 む、胸がでっかいちっちゃい女の子……。


「友達の椎菜ちゃん! ちょっとわけあって目隠しで入ってるんだー」

「そ、そうなの? 特殊性癖の持ち主とか?」


 特殊性癖ってなに……?


「あははっ、椎菜ちゃんはそんなんじゃないよ~。色々と事情がね」

「ふ~ん、そっかー。まあ、こっちからは何か言うあれじゃないよねー。じゃあ、またねー。椎菜ちゃんもまたねー」

「あ、は、はいっ」

「じゃ、行こ行こ」

「う、うん」


 麗奈ちゃんのお友達と別れてから、ちょっと歩いたところで、再び麗奈ちゃんが立ち止まる。


「んー、この辺の方がいいかなー。椎菜ちゃん、中に入るよー」

「う、うんっ! お、お願いします……!」

「あはは、そんなに緊張しなくても大丈夫だいじょーぶ!」


 笑いながらそう言ってくれて、僕は少しだけほっとしながらシャワー室の中へ。

 シャワー室自体は二人で入るとちょっとだけ狭いかもしれないけど、今の僕は小さくなっている関係上、そこまで窮屈には感じていません。

 それは麗奈ちゃんも同様みたいで、楽しそうに鼻歌を唄っています。


「さて、それじゃあまずは頭を洗おっか! 椎菜ちゃん、大丈夫?」

「う、うん、大丈夫」

「おっけー。それじゃ始めよう! というわけで……まずはブラッシングするからねー」

「あ、洗わないの?」

「いい? 椎菜ちゃん。椎菜ちゃんの髪の毛はすっごく綺麗で、すごくさらさらふわふわしてるの。これはね、世の女の子からしたらすっごく羨ましがられるんだよ?」

「そ、そう、なの?」

「そうなんです! そんな髪の毛を、いきなりお湯で流してシャンプー! なんてやると、維持できなくなっちゃうからね。だからまずは髪の毛をブラッシングして、絡まないようにしたり、もつれを無くすの」


 そう言いながら、麗奈ちゃんは僕の髪の毛のブラッシングを始める。


「あ、すっごい通りがいい。TS病って髪の毛の質もよくなるのかな?」

「ど、どうだろうね……? お医者さんが言うには、すっごく魅力的な異性になる、ってお話だったけど……」

「なるほどねぇ。つまり、椎菜ちゃんはすっごく魅力的な女の子! ってことだね!」

「あ、あはは、僕はその、ち、ちっちゃいし、そこまででもない、と思うけど……」

「いや、椎菜ちゃんが魅力的じゃなかったら、どんな人が魅力的な女の子になるの」


 なんて、呆れながら言われました。

 僕、魅力的なの……?


「うん、ブラッシングはこれでよし! じゃあ次は、ぬるま湯をかけてくよー」

「お湯じゃないの?」

「うん。まずはぬるま湯で予洗いをするの。そうやって髪の毛についた汚れを取ったり、皮脂が余分に落ちないように、ぬるま湯でやるの。これは十分な時間やらないとだめだからね? あと、お湯の温度を高くすることも厳禁!」

「な、なるほど、です」

「じゃあ、流してくよー」


 そう言ってから、麗奈ちゃんがぬるま湯を頭からかけていく。

 すると、優しく髪の毛を手で梳きだす。

 優しく丁寧だから、かなり気持ちがいい……。


「ふあぁぁ~~~……」


 だからか、気が緩んで声が出てしまいました。


「おっ、どうどう? 気持ちいい?」

「う、うん……じょ、上手だね?」

「ふふふー、まあねー。あたし、妹がいるから、よくやってあげてたの。だから手慣れてるんだー」

「へぇ~、妹さんがいるんだね~」

「うん。やんちゃだけど、可愛い妹でね。それに、歳もそこそこ離れてるから、尚更かなぁ」

「そうなの?」

「妹、小学生なんだよね。小学五年生」

「あ、じゃあ、六歳差なんだね! 僕も六歳上のお姉ちゃんがいるよ~」

「そう言えば校内を回ってる時にそんなこと言ってたね! なんだか、すごい偶然だねぇ。でも、やっぱり姉としては、妹がすっごく可愛いってもんだよ。何をしてもちょこちょこついてきて、どんだけ辛いと思っていても、妹の笑顔でそんなことがふっ飛んじゃうんだよねー」


 そう話す麗奈ちゃんの口調は、すっごく楽しそうなものでした。

 それだけ、妹さんが好きなんだろうなぁ。


「あ、それ僕のお姉ちゃんも似たようなことを言ってたよ。なんでも、『椎菜ちゃんの笑顔があれば、私は一ヶ月間のデスマーチだって耐えられるッ!』って」

「あははっ! 椎菜ちゃんのお姉さん、個性的なんだね?」

「そう、かなぁ。お姉ちゃんはすっごく個性的、かも?」


 突然倒れるし、鼻血を出すし……他にも突然叫びだしたり、気絶しちゃったり……あれ? もしかしてお姉ちゃんってすっごく変……?


「そっかそっかー。でも、そんなことを言うってことは、お姉さんには好かれてるのかな?」

「そうだね~。僕もお姉ちゃんは大好きだよ」

「お、じゃあ、姉妹仲はいいんだね! うんうん、やっぱり仲良しが一番! ってね」

「ふふっ、そうだね~」


 なんて、姉妹話で盛り上がる。

 僕は妹……じゃなかった、弟だけど、麗奈ちゃんはお姉ちゃんだから結構視点の違いがあって面白い。

 お姉ちゃんは六年生の頃からずっと一緒だったけど、その前はそうじゃなかったわけで。


 だからこそ、こうやって最初から姉妹だった人のお話を聞いていると、もし最初から姉弟だったら、どんな感じだったのかなぁ、って気になっちゃったり。


 でもきっと、今とあんまり変わらない気がする。

 それかもしくは……今以上に過保護になるかも?

 お姉ちゃんだもん。


「うん、予洗いは終わり! じゃあ、シャンプーしていくからねー」

「はーい」

「お、良い返事! じゃあ……わしわしわし~~~!」


 そう楽しそうに口にしながら、麗奈ちゃんがシャンプーを始めました。

 ただ、僕とは違って、こう、マッサージをするような手つきで。


「いい? 椎菜ちゃん。シャンプーをする時は、指のお腹を使って、ゆっくり、優しくマッサージをするようにやるんだよ?」

「んっと、擦っちゃだめなの?」


 男の時は特に気にせずにやってたけど……。


「ダメだねー。頭皮に傷が付いちゃうし、頭皮トラブルになっちゃうかもしれないから。あ、それとね? シャンプーは手に取って、その時に泡立ててから洗いはじめること! これ、大事だからね?」

「う、うん。でも、大変なんだね、髪の毛を洗うのって」

「んー、世の男の人たちがどうやってるのかはわからないけど、女の子は髪の毛の手入れはちゃーんとやるの。ほら、髪は女の命、って言うでしょ? それに、椎菜ちゃんの髪はとっても綺麗なんだから、ちゃんと手入れはしないとね♪」

「……ちょっと大変だけど……うん、頑張ってみる!」

「その意気その意気!」


 これから、僕は一生女の子として生きていくし、何より今は会う人が増えたから。

 それなら、身だしなみには気を付けないとね!


 本音を言えばちょっと嫌だけど……。


「それにしても、髪の毛が長いねぇ。腰元まであるけどこれ、暑くないの?」

「一応、登校している時は日傘をさしてるけど……ちょっと首筋とか背中が熱くなっちゃうかなぁ、黒髪だし……」

「あー、やっぱり? こんなに綺麗な黒髪なんだし、そりゃ熱も持っちゃうよねぇ……」

「うん。でも、多分慣れると思うし、今は我慢かなぁ」

「そっか。でも、無理はしちゃだめだからね?」

「大丈夫! 最近は体調管理に気を付けてるから」

「へぇ~、そうなんだ。さっすが優等生!」

「あはは、僕は優等生じゃないよ~」

「優等生はみんなそう言う! ……なーんて。ん、これでよし! じゃあシャンプーを流してくよー」

「あ、うん」


 そう返事すると、温かいお湯がシャーとかけられ、髪の毛に付いていた泡が流されていく。

 とは言っても、今は目隠し中だから、何も見えないけど……。


「椎菜ちゃん、頭を洗う時は、このすすぎが大事だよ!」

「そうなんだ?」

「うん。すすぎ残しがあるとダメだからね。だからしっかり、落としそびれていないか確認すること! 特に、椎菜ちゃんは髪の毛が長いから余計だね」

「うん、教えてくれてありがとうっ!」

「いいのいいの! あたしのほうが女の子として大先輩だからね! あとの細かいことは、お姉さんに教えてもらうといいかも。多分知ってると思うよ?」

「そうだね、お姉ちゃんに訊いてみるよ~」

「うんうん、っと。はい、最後! トリートメントはしてる?」

「ううん? してないよ?」

「……え! し、してないの!?」

「う、うん」


 トリートメントをしていないって言うと、なぜかすごく驚かれました。


「うっそ……してないのに、あのさらさらふわふわ……? あの、椎菜ちゃん? それって男の娘の時から……?」

「そうだよ? 昔からだけど……」

「えぇ……トリートメントなしであのレベルって……本当にそう言う人って現実にいるんだ……なんだろう、ショック……」

「な、なんか、あの、ごめんね……?」


 どういうわけかショックを受けてる麗奈ちゃんに申し訳なくなって、ついつい謝る。

 僕、何か変なことを言っちゃった……?


「ううん、いいの……人間は生まれながらに平等じゃないんだね、って思って……」

「そ、そう、なんだ……?」

「まあでも、トリートメントはやっておいた方がいいし、軽く教えちゃうね。トリートメントはね、頭皮にまでするんじゃなくて、髪の毛だけに付ける感じでやるの」

「んっと?」

「まあ、手に延ばして、それを髪の毛に塗るような、そんな感じのイメージで大丈夫」

「あ、うん、わかったよ。なるほど、そうやってやるんだね」

「そうそう」


 そう、髪の毛の洗い方について色々と教えてもらいつつ、洗ってもらっていると、遂に体を洗うタイミングに。


「あー、椎菜ちゃん。さすがに、その……体は自分で洗う?」

「う、うん、そうだね……ちょっと、体は恥ずかしい、かなぁ……」


 いくら女の子同士になったとは言っても、中身はまだ男だからね……だからこそ、体は同じでも、やってもらうことは抵抗があると言いますか……。

 さすがに恥ずかしいです……。


「だよね! じゃあ、あたしは隣にいるから、終わったら声かけてね! あ、ボトルが高い位置にあるから、床に置いておくよー」

「う、うん、あの、ま、周りは大丈夫かな……? ひ、人はいない……?」

「そこは大丈夫! 壁際の方を選んだから、隣はあたしだけ! だから安心して!」

「ありがとう、麗奈ちゃん」

「いいってことよー。じゃあ、あたしは隣にいるから、終わったら教えてねー」

「うん、わかったー」


 そんな風に言ったあと、ガチャ、と音とペタペタという足音が隣に移動して、そこから少し経った頃に目隠しを外す。


「んっ……」


 しばらく目隠し状態だったから、いきなり視界が明るくなって思わず目を細める。

 ん~~っ……うんっ、戻った。


「んっと、あ、これかな?」


 麗奈ちゃんが置いておいてくれたボトルを見つけて、近くに一緒に置かれていた垢すりをにボディーソープを染み込ませてから泡立てる。


 もこもこと泡立って来たので、それを使って体を洗っていく。

 かなり汗をかいていたから、すごく気分が良くなってくる。

 動き回って、汗をかいた後だと、そう快感がある気がします。


「……んっ! もう大丈夫かな?」


 どこにも泡が残っていないことを確認して、一人で頷く。


「麗奈ちゃん、終わったよ~」

「あ、はーい! あたしも終わったらそっちへ行くねー」

「うんっ」


 と、僕の方が終わったので、約束通りに麗奈ちゃんを呼ぶと、終わったらそっちへ行くと言われたので、しばし待ちます。


 考えてみれば、僕の頭を洗ってくれてたんだもんね。

 いくらでも待ちます。


 なんて思ってから十分くらい経った頃に、麗奈ちゃんの方は終わったようで、これから行くよー、と言われました。

 なので、ごそごそ、とタオルで目隠しをする。


「はーい、じゃあ戻ろっか」

「うん! って、あ」


 この時、僕が目隠し用に使っていたタオルが濡れていて、最初の時より重くなっていました。

 その結果どうなったかと言えば……びちゃ、とタオルが床に落ちました。


「「あ」」


 すると、丁度こっちに入って来ていた麗奈ちゃんが視界いっぱいに現れました。

 僕は身長が低いので、あの、と、当然と言いますか……その、あ、頭の位置が、ですね……お、お腹当たりになっちゃっているので、その、ちょ、ちょっと視線を下にすると……って!


「ご、ごごごごごごめんなしゃい!?」


 ぼんっ! と顔を一気に熱くさせた僕は、慌てて視線を頭ごと大きく逸らして、麗奈ちゃんの体を見ないようにしました。


「あっ、椎菜ちゃんそんなに勢い良く動いたら!」

「ふえ? きゃぁ!?」


 麗奈ちゃんに言われた直後、僕は思いっきり足を滑らせてしまい、すてーんっ! と派手に転んでしまいました。


「あうっ!?」

「椎菜ちゃん!? 椎菜ちゃん! し……ち……………な……――――」


 その際、ごちんっ! と勢いよく頭を打ってしまい、心配そうに声をかける麗奈ちゃんの言葉を最後に、ぷつん、と意識が途絶えました。

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